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閑話

ミランの憂鬱

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 僕はミラン。平民だ。「一撃必中」というスキルがあるおかげで、弓の命中率はほぼ百発百中だ。おかげで騎士団入団試験も楽々受かり、食いっぱぐれる心配はなくなった。

 僕はフィメルだけど、蓄えはあった方がいいし、手に職は絶対に必要だ。
 伴侶だよりにというのはなんだか違う気がしたし、同期で同室の子たちとも仲良くなったので騎士団入りは後悔していない。

 していないけど、心配はある。
 騎士団は行き遅れの巣窟という噂だ。

 いや噂ではない。入団して、見習いになる。正騎士になるのは平民は早くて18歳。貴族はもう少し早くて16歳。教育の質が違うから仕方ないけれど。
 この18歳という年齢。この時期に恋人を作って結婚までの伴侶を見つけないと20歳になったら行き遅れのレッテルが張られるのだ。フィメルには。

 メイルは30歳くらいまでは許容範囲らしいので、なにその違いは!差別反対!と内心思ったが、子供産んだりするから早い方がいいにきまってる。
 18歳で正騎士になって任務に慣れた頃には行き遅れ。そこから頑張っても、25歳くらいまでが許せる範囲だ。

 なので、成人迎えた15歳位から周りが色めき立ったのがわかった。
 その頃には発情期と精通がきて、フィメルとメイルに明確な違いが出るから、色気づくのが早い連中はデートだ合コンだと忙しい。正騎士になるまでは結婚はしないけど、婚約しちゃう子もいる。
 でもそうでない子もいる。

 同室のメルトだ。入団したころから同室で、無口だけど、表情がくるくる変わるから、慣れれば顔に出やすい素直な子だとわかる。頭で考えすぎていて、口に出るとぶっきらぼうだから、誤解する子もいる。
 無口だと思われているけれど、好きな事には饒舌になる。

 特に、死ぬほど訓練が好きだ。
 自主トレーニングと言って朝も晩も、団のカリキュラム以外も剣を握っている。
 それほど努力するのは魔法が使えないのも一因だと僕は知っている。
 浄化もできないから汗を水を含ませたタオルで拭っているのを知っている。

 魔法をかけられるのもダメで、僕が試したら、気持ち悪そうにしてた。
 親の魔法には耐えられるそうで、時たま浄化してもらってた。
 魔道具にも魔力を流せないので、魔道具も使えない。
 魔力がないわけじゃなく、放出ができないのだと、魔法医の診断結果を教えてくれた。
 支援魔法も治癒魔法も受け付けないのだ。

 だからメルトは体を鍛えている。身体強化を使っている者を魔法なしで蹴散らさなければ上に行けないのだ。

 魔法を受け付けないなら、恋人との行為はどうするのだろうと心配になる。
 魔力の相性がいい方がいいらしいというのは周りで言われていることだ。
 キスでも魔力を交換するので相性が悪かったら最悪の思い出になる。
 特にメルトは。

 そんな老婆心にも似た思いでメルトの恋の世話をやこうと思っているけれど、恋愛に物凄く鈍いメルトは、言いよるメイルを袖にし続けた(いや、ふったことに気付いてない)。
 それでいて、自分は恋愛とは無縁だからと言っているのを聞いた時に、鈍いんだよ!と突っ込まなかったのを褒めて欲しい。

 綺麗な金髪、零れそうな綺麗な翠の目。細身でしなやかな手足。あれほど外で走っているのに透けるような白い肌。年頃のメイルたちは割とメルトを狙ってた。
 メイルのいやらしい視線が着替えの時のメルトに向けられるのを知っている。メルトは隠さないから。それを知ってる僕たちはさりげなく視線からメルトを隠したりしてるのだ。

 遊びより鍛錬と言って何度も誘いを断っているメルトはそういったことは何も知らない。
 同期のロステあたりだと真面目に付き合ってくれそうな感じだからデートの誘いに乗ってあげたらいいのにと思うけど。ロステも、天然鈍感のメルトに遠まわしは通じないといつわかるのだろうか。ドMか。

 今日も玉砕したロステは友人に慰められている。どうしたら鈍感が治るのだろうとじっと見ていたら、食事を取られる心配をしてた。取らないよ!カウンター行けばもらえるし!

 聞いたらダンジョン演習の事で頭がいっぱいだった。メルトらしいよ。

 そのダンジョン演習で事件が起きた。
 シャドウバットの群れに遭遇した僕たちの班は、メルト以外が避難できたのに、身体強化のできないメルトが置き去りになった。
 魔物に壁に吹き飛ばされて反撃しようとしたところで何かが光って光が収まった時にはメルトがいなかった。

「メルト!嘘だ、罠!?」
 動揺する僕たちを、リンドが制する。
「緊急事態だ。一旦地上に戻る。お前たちまで、どこかに飛ばされたらまずい。まずは来た道を戻る。一気に駆け抜けろ。」
 シャドウバット以外は脅威のある魔物には会わず、罠もなかった。

 捜索隊が組まれ、2週間の期限で見つからなければ撤収するとのことだった。メルトは食料は携帯食が少し。水は4日分しか持ってなかった。
 捜索隊は冒険者と第5騎士団とが組まれて、新しい罠に関する検証で、魔術師と斥候隊が呼ばれた。
 罠は見つからず、メルトも見つからなかった。

 ダンジョン内をくまなく当たって見つからなかったら捜索は諦めろと言ってきた。
 諦められないよ。あれほど、騎士団に受かって喜んでて、必死に努力して、技を身につけて。あの子ほど、騎士団の事考えてる子はいないのに。

 期限の二週間まで待ってくれと頼み込み。最後の捜索隊が戻ってくるのを待った。
 いてもたってもいられず、リンドの許可をもらってダンジョンの入口まで見に行った。

 入口前に何かが現れた。メルトに似ている。
「…メルト!」
 メルトだ!駆け寄ってメルトを見る。

 驚いた。

 物凄く綺麗になっていた。
 髪も肌もつやつやで、臙脂の防具と、見たことのない上着とズボンを身につけていた。腰に佩いた剣は見たことのない剣だった。
 まるで高ランク冒険者のようないでたちに思わず肩に手を伸ばした。

「二週間も、行方不明で…どこに飛ばされてた…もう、死んだかと…今日引き上げる予定で…メルト?この服、それに剣は…」
 そう問いかけたら、メルトの目から涙が零れた。

 僕はメルトが泣いたところを見たことがない。びっくりしてメルトを見つめる。
「わからない、わからないんだ。俺は何か、大事なことを忘れてしまった気がする…どうしよう。とても大事な、ことなのに…」
 逆に服を掴まれて、縋られた。

 何も覚えてない?どういうことだ?
 ずるりと、メルトの身体が落ちた。気を失っていた。

「メルト!リンド!誰か来て!メルトが戻ってきた!」
 首筋に、キスマークのような痕がうっすらと見えた気がした。

 結局メルトは4日間も目を覚まさなかった。王都へと馬車で戻って来て、2日。医療棟の診断では疲労だろうということだった。傷はなにもなく、健康だということだった。

 無事寮に戻ったメルトは、身につけていた一切を取られてしまっていた。
 身に覚えのない(メルトがいうには)ペンダントだけは手元に戻って来ていたがメルトは辛そうな顔をしてそれをしまいこんでいた。

 身につけていたモノ全部剥いで剣すらも取り上げるってどうなんだよ?さすがにおかしいんじゃないのか?

 アレは絶対、ダンジョンで出会った誰かがメルトにあげたものだ。

 その記憶がなくてメルトは塞ぎこんでいる。
 持っていれば思い出すかもしれないのに、それを手がかりに出会った人物を探し出せば、真相に近づくかもしれないのに。

 その機会を奪った。

 団の上は貴族ばかり。
 あの剣は素晴らしかった。鞘に収まったままでも銘剣だと僕でもわかる。身につけていた装備も素晴らしいものだとわかった。

 それを取りあげたのは、嫌な理由に違いない。

 メルトはますます鍛錬にのめり込んだ。食事を驕ろうと言われない限りは街にも出ない。
 同期のフィメルとは割と話すが、街の人も、騎士団のほかの同僚にも、あまり話さない。

 18歳になって、第一騎士団に正式配属になって街の見回りをするようになっても、口数は増えない。
 大体単語か、頷くだけだ。暴漢をぶちのめしても、黙々と縛りあげて引きずっていく。だからついた。

 『沈黙の騎士』の二つ名が。

 街の人にももてるようになって、告白に気がつかずに相手が撃沈するのは、そう遠い未来でもないだろう。

 僕?僕はいいんだ。気になる奴はいるしね。ああ、ほんと、メルトが心配だよ。
 装備をあげた誰かさん、早く迎えに来てあげてよ!

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