アーリウムの大賢者

佐倉真稀

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再会編(ヒューSIDE)

魔の森⑤

 ちょっとがっかりした気持ちで背を向ける。やや経って、衣擦れの音と水音が響いた。そのほかには遠くで聞こえる、魔獣や鳥の声くらいで、いやにメルトの立てるその音が響いて、俺は意識せずにはいられなかった。
 俺はこんなに性欲強かったっけ?
 いや、これはあれだ、魔力の相性がいいから、だ。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
 油断せずにゆっくりと振り返った。つい上着を確認して着ていることに安堵した。
「言わないで見てた方が役得だったけどね」
「見ても筋肉の塊だから面白くないだろう。昔の職業柄、メイルと一緒に着替えていたから別にどうも思わないけどな」

 は? 今なんて言った? メイルと一緒に着替えていた、だって?
「だ、だめだよ? メルト。そこが特殊だったんで、世間一般ではそれじゃダメ。メイルに間違われやすいといっても、実際、メイルの前で肌なんか晒したらメイルは気があるというか誘われてるって思って、襲われちゃうからね!」
 信じてない様子で、首を傾げるメルトは何言ってるんだ? という表情だった。
「そういうものか? ヒューだけそう思ってるんじゃないのか? 今までそんな色っぽい話はほとんどなかったからな。まあ、ヒューがそういってくれるのなら考えを少し改めてみるか」
 よ、よく無事……いや、無事じゃなかったのか? 経験はその辺?? あ、だめだ。メルトの裸見た奴全員殺したい。いや、落ち着け、俺。

『落ち着いてられるわけない!! 俺のメルトの肌を他のメイルが見ただって?』

 ああ。メルトと会ってから俺は心を乱されてばかりだ。
「そうして? メルト。絶対だよ?」
 念を押して、わかってない表情のメルトに肩を下げた。
 移動しようとした俺の傍を黒い影がすり抜ける。

 蝶!!

 反射的に蝶に手を向けて、ファイヤーボールを撃とうとした。
「ファ……」
 その瞬間、俺の腕をメルトが握って、蝶から視線を切るように前に立った。
「ヒュー、今何か魔法を撃とうとしなかったか?」
 俺はだらだらと背中に汗を流しつつ、視線を逸らした。
「あー、ファイアボールを……」
「森の中で火魔法は禁止だ。ヒュー。それにあれは魔物のモスじゃない。ただの蝶だ」
 わかっている。わかっているけど!! 無理なんだ!
「……だ」
 カッコ悪いことこの上ないけど!!
「僕は虫がダメなんだ! 怖いんだ!」
「え?」
 メルトが間の抜けた声を出した。

「僕、虫全般がダメなんだ。もちろん虫系の魔物もダメ。見ただけで嫌悪感に震えが出るんだ。特にあれ。台所によく出る黒い奴なんか……」
「ん? もしかしてあれか? コ……」
「わああああ!!」
 思わずメルトの口を塞いでしまった。
 メルトはびっくりした顔をしてから噴き出した。
「ラーンでは見たことはないが、噂では聞く」
 そっと俺の手を外しながらそういった。ラーン? メルトはラーン王国の出身なのだろうか。あ、メルトの唇に触ってしまった。大丈夫かな?
「僕の国はあったかいから気が付くと大繫殖していることはよくある」
 思い出してブルリと震えた。
「滅んでしまえばいいのにと思う」
 きっと俺の目のハイライトは消えている。
「わかった。虫は苦手じゃないから、俺が何とかしよう。だから森で火魔法だけはやめてくれ」

 神!!

 虫の対処をしなくていいということで、森の中を歩くのに気が楽になった俺は足取りも軽くなっていた。
 余裕ができたので、魔力を抑え、そこそこの魔物が寄ってくるように調整した。
 魔の森はその名の通り、魔素の濃い森だから、希少な薬草や素材がそこかしこに溢れている。
 俺は、せっかくなので、薬草や、素材を見掛けるとその度に採取をした。それをメルトが興味深そうに見ていたので薬草の種類や、採取の方法などをその都度教えた。

 メルトは冒険者の経験はないそうで、森の歩き方もあまり知らない。一般的な野営の仕方は知っているのだが、こういう魔素の多い森での気を付けるべき点や、魔獣や魔物の痕跡、縄張りの見つけ方、危険な植物や、木、擬態する危険な魔物など。美味しい木の実や高く引き取ってもらえる物など、採取の注意点とともに教えた。

 途中、森狼が襲ってきた。開けた場所ではなかったので囲まれはしなかったが不意打ちになった。
 メルトが素早く剣を抜いて森狼の横面を叩きつけるようにして吹き飛ばした。
「盾! 守護強化! フィジカルアップ!」
 メルトに魔法を重ねがけする。目に見えて動きがよくなったメルトは、ちらっと俺を見たあとはもう、森狼に集中し、次々斬っていった。

 メルトを避け、俺の方に向かってくる森狼は麻痺の魔法で動けなくすると、メルトが首を落とした。
「メルト、強いね」
 思わず感嘆のため息を洩らしながら言った。いくら俺が支援魔法をかけたからと言って戸惑いもせず、傷も受けずに5匹を始末した。腕前だけならAランクの剣士に相当すると思う。
「この森狼しまっちゃうね?」
 アイテムボックスに丸ごとしまおうと声をかけた。

「は?」
 んん? なんでそんなに驚いてるのかな?
「解体はしないのか?」
 メルトは、丸ごとしまうと言うがマジックバックの容量は大丈夫なのかとか、血抜きもせずしまったら汚れる等、畳みかけてくる。
 俺はきょとんとした顔して首を傾げてたら、大きなため息をついてメルトが解体を始めた。
 俺? 俺はそのままギルド持ち込みで人任せにしてたよ。その方が高く買い取ってくれる場合もあるしね。第一めんど……いや、その、時間かかったらまた魔物に襲われるからってことにしておいた。納得はしてないが飲み込んでくれたようだ。

 解体している間、戦闘についてメルトが支援魔法を褒めてくれた。凄く体が軽く感じたそうだ。気持ち悪くもなってないし、まともに支援魔法を受けたのは初めてだったそうだ。
「凄いな。ヒュー。魔法っていうのは」
「ううん。メルトが凄いんだよ。というか、解体も手早いね」
「親が元冒険者で、鍛えられたからな」
 俺は現役で冒険者なんだけど、ギルドに解体を頼む方なんだ。
 解体自体はメルトが鮮やかにあっという間に終わらせてしまった。

 それを見た俺は浄化の魔法を使ってメルトの身体や服、道具等に付いた地や油などの汚れを綺麗にした。
「凄い」
 尊敬のような眼差しで見られて照れる。
「ただの生活魔法だよ。肉は夕飯にして、売れそうなところは袋に入れてしまって、村か街に出たら冒険者ギルドで売ろう。あ、そういえばメルトは冒険者登録は?」
 俺は照れかくしにそう言ってアイテムボックスから革袋を出して解体した森狼をしまっていく。
 メルトは俺の言葉に肩を竦めた。
「故国で前職をクビになって放浪中なんだ。まだ何するかも決めていない」

 クビ?

 なんで? こんな真面目な性格で、腕の良い剣士だ。何故クビにする必要があるんだ。
 あの剣術を見れば、時間をかけて育てたはずだ。その経費はかなりの額に上るだろう。手塩にかけた剣士をためらいなく斬り捨てられるとは思えない。

 何かあったんだ。
『助けてって言ってた……間に合わなかったんだ』
 胸に広がった不安に森狼を仕舞う手が震えた。

「メルト、剣が得意だよね。とりあえず、冒険者をやるのはどう?」
「冒険者か、とりあえず、それでもいいか」
 メルトが冒険者になるのなら、パーティーを組もう。街についても別れる気はない。
 決めた。
 俺はメルトと一緒に冒険者活動をする。
 そして……。

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