これも愛のカタチ《完結》

アーエル

文字の大きさ
1 / 5

……烏滸がましい

しおりを挟む

「ねえ、彼女。もしかして……例の?」
「え? ああ、そうね。……気の毒に」

そんな声が離れた私の席まで届く。
同情される理由は簡単、相手が来ないからだ。
来たとしても、話すら始まらない。
私がこの店に呼び出されるようになってから、このひと月一度も呼び出した相手と時間を共にしたことはない。

彼と会ったのは知人のパーティーでだった。
馴れ馴れしく言い寄ってきたのだ。
そのパーティーはそんな出会いを求める場所ではなかった。
にも関わらず「一目惚れした」と言って付き纏ってきた。

気がついたら、勝手に婚約者にされていた。
侯爵家の次期当主だとかで、権力行使で一方的に婚約したらしい。
しかし、私は相手を知らない。
それ以前に私はすでに婚約者がおり結婚も間近だ。
そのため一方的な婚約宣言の理由を聞くために何度も呼び出しに応じるのだが、話し合いにもならない。


最初のデートは手紙で指定。
それがここの喫茶店。
そのときは五時間も待たされた。

「約束したの忘れててさあ」

それが待ち合わせの場所に遅れてきて開口一番のセリフだ。
もちろん、このときはそのままお開き。
そして肩に手を回していった「これから一夜を一緒に過ごそうぜ」
断ったら「夜は今からだぜ? いいのか?」
ちょうど迎えの馬車が来て、私はそのままその日は別れた。
……何故か、一緒に馬車に乗り込んでこようとしたが、侍女に「遅れて来られなければご一緒できる時間は十分にございましたでしょう?」と断られてさすがに引きさがった。
五時間も遅れたのだから仕方がないだろう。

それからも、遅刻やドタキャンは続いている。
それは手紙が原因だと思われる。

『ひとり寝は寂しい。きみが許してくれるなら今夜きみのすべてを食べたい』

「この手紙が私に?」
「はい。いかがいたしましょう」
「……コピーを。原本は残してコピーをお返しいたしましょう」
「すぐ魔導具をお持ちいたします」

そしてコピーと共に『このようなものを頂いても迷惑です』と一筆書いてお返しした。


*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:..。♡*゚¨゚・*:..。♡*゚¨゚゚・*:.


その日、自称婚約者が珍しく二時間の遅刻でやってきました。

「すまない。妹が熱を出してしまったんだ。君が待ってると思ってきたが……また今度にしてもらえないか?」
「私、ここで二時間待ってたんですよ?」
「だから、すまないと最初に言ったじゃないか」
「すまないの一言で終わりですか?」
「……嫉妬か? 見苦しい奴だな。ここまで心の狭い女だと思わなかったよ!」
「その熱を出した妹って何番目? っていうか、あなたに妹はいないわよね。ベッドで足を開いてあなたを待っているのは、淫乱っていうのですよ」
「い、妹を侮辱するのか!」
「事実を申し上げ……」
「黙れ!」

男は私にティーポットを投げつけてきた。
それと同時にフタが飛んで、中の紅茶が私に向かって飛びかかる。

「きゃあああ!」

周りから悲鳴があがった。
私の悲鳴だったら、男の溜飲は下がっただろう。
しかし私は一言も声をあげていない。
真っ直ぐに相手の顔を見ていた。

「レディーに向かって何をやったんだ!」
「違う! これはコイツが!」
「こちらのレディーにティーポットの中身をぶちまけたのは貴様じゃないか!」
「ち、ちがう……」
「違わない!」

オープンテラスが一気に騒然となった。
ここは人気店な上、私はこれまでにも十回ここで待ち合わせをして、九回ドタキャンされてきた。
十回目もドタキャン。
私が嫌味を言っても許容範囲で認められるだろう。

正義の紳士たちが男を地面に押さえつけて騒いでいる。
男は私に救いを求めるように顔を上げたが、私の冷ややかな目を見て助けてもらえないと理解したようだ。
冷めていたとはいえ紅茶をかけて謝罪もなく、責任転嫁をした挙げ句に助けてもらおうなんて……烏滸がましい。
さらに暴れて、大暴れをして、一人の男性が太ももを蹴られて押さえていた手を離してしまった。
その一瞬の隙を見て逃げ出した男は…………
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セラフィーネの選択

棗らみ
恋愛
「彼女を壊してくれてありがとう」 王太子は願った、彼女との安寧を。男は願った己の半身である彼女を。そして彼女は選択したー

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

諦めない男は愛人つきの花嫁を得る

丸井竹
恋愛
王命により愛人のいる女と結婚した男の話。

勇者パーティのあまりもの

小寺湖絵
恋愛
魔王討伐から約半年、勇者ロルフと聖女リッカが結婚式を挙げた。 今世紀最強のカップルを世界中の人々が祝福する中、その隅でひっそり乾杯する男女がいた。 *オチはないです *男女混合4人組で男主人公と女主人公を挟んで口論してるチャラ男枠と毒舌枠が、最終話で匂わせるのを書きたかっただけの話

【完結】遅いのですなにもかも

砂礫レキ
恋愛
昔森の奥でやさしい魔女は一人の王子さまを助けました。 王子さまは魔女に恋をして自分の城につれかえりました。 数年後、王子さまは隣国のお姫さまを好きになってしまいました。

幸せになれると思っていた

里見知美
恋愛
18歳になったら結婚しよう、と約束をしていたのに。 ある事故から目を覚ますと、誰もが私をいないものとして扱った。

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

「ばっかじゃないの」とつぶやいた

吉田ルネ
恋愛
少々貞操観念のバグったイケメン夫がやらかした

処理中です...