短編集

アーエル

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タイトルなし

4-1


高校に入ってできた、友人から恋人を経由して夫になった彼。
彼が不倫をしていると知ったのは来週末に5度目の結婚記念日を迎える日のこと。


「フミヒト?」


道路の反対側にいたのは間違いなく夫のフミヒトだった。
しかし今日は休日だけど仕事だといって朝から出かけていた。
だから一人でショッピングに来たのだけど……


「隣の女は、ダレ?」


腕を組んで親密さをアピールしている。
すぐに写真を数枚撮る。
数回バーストさせたけど、そんなことは気にしない。
そしてビデオに変更。
録画を始めて2秒後に立ち止まってのフレンチキス。
舌を絡め合う姿が気持ち悪くてアップにできなかった……

二人は睦み合うとそのまま百貨店の入り口の雑踏へと消えていった。


「すみません。ちょっといいですか?」


サラリーマン風の男に声をかけられても相手になどする気分ではない。


「気分が悪いので」


そう言って足早にその場から離れる。
背後から何か言っている声がする。
その声が紡ぐ言葉を私の脳は理解しない。

しばらく続いたその声も、怒りを含んだように刺々しいため息と共に終わりを告げたようだ。
だから、気づかなかった。
その後もずっと後ろをついてきていたことを。







「すみません。何でもします。だから許してください」

「頼むノリカ。何でもする」

「そう? じゃあ……」



十日前の会話が脳裏をぎる。
周囲の目が痛い。
でもそれは同情からではない。
もちろん、私が白い目で見られているわけでもない。


「ノリカ、大丈夫?」

「ええ、ここまで愚かだったとは思わなかったわ」


フミヒトとは離婚した。
慰謝料はフミヒトの両親が「息子が迷惑をかけたお詫びだ」と、提示した額よりも結構な額をくれた。
さらに、「このままでは周囲の目が痛いだろう」と、引越しをするときに役立ててほしいと、これまたまとまった金額を渡してきた。

断ったものの、やはり噂をされているような錯覚を覚えて、強引に渡されたその引越し代金をありがたく使わせてもらった。
これも、この家が賃貸じゃなかったら簡単に決断できなかっただろう。

フミヒトの不倫相手の両親もまた、娘が妊娠している事実を知り、慰謝料を工面してこちらも一括で支払った。
不妊の理由が娘にある、と彼女の夫からDVを受けていたらしい。
…………不妊なんて、男にも原因があることくらい知られていると言うのに。


あの二人は遺書を遺して10階から抱き合って飛び降りた。
だって言ったんだもの、「だったらそこから飛び降りて」って。
でも……違う。



『私たち二人は許されない罪を犯しました。
死ぬ気持ちでお詫びするしか方法はありません。
ノリカ本当に悪かった』


「これで、いいか?」

「ええ。じゃあそこの封筒に入れて」


フミヒトは言われた通りに封筒に入れて私に渡す。


「じゃあ、覚悟ができたらいつでも飛び降りていいわ。飛び降りたら私は許してあげる」

「…………わかった」


三者だけで最後に話し合ったその日。
私は謝罪文と言えないような言葉を書いてもらった。
他人ひとが読めば遺書のようなその内容。
『私たちの決別』はある意味とも取れるからだ。

優しい私は「抱き合って足から飛び降りれば、お腹の中の子も驚くけど大したことにはならないわ」とちゃんとアドバイスをしてから帰った。


その二人がマンションから飛び降りたのは十日後。
慰謝料の交渉に来たアサカさんの元夫と口論になり「ベランダから飛び降りて死んで詫びろ!」と怒鳴られたそうだ。
その声は近隣住民が聞いただけでなく、元夫婦の立ち合いで来た弁護士も聞いており、さらにICレコーダーにも入っていた。

こちらは夫のDVや夫の両親たちの心ない暴言によって、慰謝料が相殺になったのは私も知っている。
同行した弁護士はそのことを知らず。
「慰謝料を支払わない」と言う、夫とその実家の言葉だけを鵜呑みしていた。

二人は偶然だろう、アサカさんの元夫の目の前に降ってきた。
弁護士からマンションの外に連れ出されて「発言には注意してください」と注意を受けた直後だった。


『私たちは許されない罪を犯しました。
元夫と弁護士が来て、私たちを許さない。
そう罵られました。
私の両親がノリカさんに慰謝料を支払ったのを聞きつけて、「相殺になった慰謝料を払え!」とも言われました。
支払う意思がないと伝えたところ「ベランダから飛び降りろ」と怒鳴られて「死んで詫び入れろ」とまで言われました。


「そこから飛び降りれば許してあげる」

私たちは十日前にそう言われました。
驚いた私たちにノリカさんは笑って「そこソファーの上から飛び降りたら許してあげる」と言ったのです。
「清水の舞台から飛び降りるのは無理よね。でも、そのソファーから飛び降りるだけでも妊娠しているあなたには恐怖ではないかしら?」って。
たしかにお腹の赤ちゃんが流れてしまうかもしれないと思ったら怖かった。
けれど、ノリカさんのアドバイスどおりに下に布団を折りたたんだら、高さが10センチもありませんでした。
ビデオ通話に繋いで、二人で飛び降りるところを見てもらいました。
ノリカさんは「よく頑張った」と誉めて許してくださったのに……
私の元夫にはそんな優しさはありませんでした。

ノリカさん、ひとときでも私たちに祝福された時間を与えてくれてありがとうございました。
こんな形で終わってしまう私たち三人を許してください』



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