15 / 28
第2章
13
しおりを挟む「すいません。修理費をお支払いするので、許して頂けませんか?」
「あんた、この子のお姉さんだったのか。」
「ええ、まあ。」
ゲームセンターを出た私たちは、歩き始めた。
路面は、昼すぎまで降っていた雨でぬれていて、ここ数日のなかでは、いちばん歩きやすい気温に感じた。
「あ、ありがとうございました。」
「外波山くんだよね?」
「は、はい。」
名刺を受け取った彼は、私の名前を確認するかのように、それを眺めた。
「古島といいます。」
「は、はじめまして。」
「はじめましてじゃないのよ。お父さんのお葬式で、顔は合わせてるから。」
「すいません。」
私が彼を一方的に見知っていただけだ。謝る必要はない。
「なんで、あんなことしたの?」
「あんなこと?」
私がゲーム機をパンチするジェスチャーをすると、彼はうつむいた。
「―。むしゃくしゃしてました。」
「そうなんだ。」
「―、怒らないんですね?」
「いいじゃない。解決出来たんだから。」
「あ、必ずお返しします。」
「いいのよ。」
大通りに出ると、彼は重そうに自転車を押しながら、歩き始めた。その横を、自転車に乗った学生たちが、下っていく。また雨が降りそうだ。私たちも急いだほうがいいと思った。
「ゲーム、好きなんだね。」
「いえ、まぁ、普通です。」
「普通なのに、ゲームセンター行く?」
「あまり家に居たくないので。」
「お母さんが嫌いなの?」
「―。」
変な聞きかたをしてしまったのかもしれない。
ただ、私は彼の、家の事情を知りたいと思っていたから、ついつい、そんな聞きかたをしてしまったし、それを続けてしまった。
「お父さんが亡くなったとき、ショックじゃなかった?」
「それは、まあ。もう話せないんだ、とかは。」
「おかしいとは思わなかった? 急に亡くなられたから。」
「食事の時に、薬を飲んでいるのを見たことがあったので、おかしいとは思いませんでした。」
不可解な亡くなりかた。私は、田部の言葉を思い出した。薬も毒薬とかに聞こえてくる。
「つまらないことを聞くんだけど、外波山さんは、どうして亡くなったのかな?」
イヤな間があいた。顔を見ようとしても、うつむきすぎで、分からない。
彼は自転車を押しつづけながら、口を開いた。
「喋らなきゃいけませんか?」
「ごめんなさい。気になっていたから。」
こっちを向いた彼の顔を見ながら、その言葉を口にした時、私はなんで、外波山さんが亡くなったことを、気になっていたのか分かった。
父に似ていたからだ。声も似ていた。骨格が似ていたんだろう。
それに、外波山くんもどことなく、弟に似ている。イライラがはじけて、モヤが消えたような気がした。
「母が言うには、松山区のホテルで亡くなっていたそうです。その、女性と一緒に。」
「え?」
消えたはずのイライラが戻ってきた。わけもわからず、彼に聞いていた。
「どういうこと?」
「あ、父は、急性の大動脈解離だったらしいです。」
血管の破裂。じゃあ、病死だ。
彼が不思議に思わなかったのも、おかしくない。
「それに、その、女性が亡くなっていた、っていうのは、母の妄想かもしれないので。」
「妄想?」
頭に重さを感じて、つむじらへんを触ると、髪が濡れていた。とたんに雨音が聞こえはじめた。
最悪。私たちは、2階がファミレスになっている、建物の前で立ち止まっていた。
ちょうどいい。
「もう少し、お話聞いてもいいかな?」
「あ、でも。」
「家に帰りたくないんでしょ?」
19:52。
迎えの連絡をもらい、私は、松山署に車を戻そうとしたが、建物のだいぶ手前の道中に、古島の姿があった。
彼女は助手席に乗り込むと、勢いよく、扉を閉めてくれた。
「早過ぎない?」
彼女を降ろしてから、15分も経っていない。座席に深く腰掛けながら、「一応、言伝だけ残してきました。」と返された。
「アポは、取って無かったの?」
「取ったところで、意味ないですよ。縦割りですから。」
「―。ご苦労様。」
じゃあ、何のために来たんだ。と言いたくなったし、一瞬、自分のほうが労われるべきじゃないか、とも思えたが、買っておいたミルクティーとタバコを手渡した。
「いいですよ。そんな、気を遣って頂かなくても。」
「いいよ。もう買っちゃったし。紅茶、苦手だし。」
「じゃあ、頂いておきます。あとでお支払いするんで。」
「うんまぁ、どっちでもいいよ。それより、明日も空いてる? 今の時間。」
喋りながら、デートの誘い文句のように思えて、嫌になった。
「無理です。当直なんで。」
「いらっしゃいませ。どうぞ。」
「じゃあ、ブルドッグを。」
「かしこまりました。」
店の電話が鳴った。彼女は、入口側に置いてある、電話を取るために、カウンター内を小走った。
「はい、『パッション』でございます。今日ですか。あいにく、コースのご利用は―。ええ。かしこまりました。お時間は、はい。お名前、頂戴してもよろしいですか。タベ様。はい。お待ちいたしております。失礼いたします。」
彼女が受話器を降ろしたタイミングで、お客からの声がかかった。
「サキさーん、そろそろ一曲聞かせてちょうだいよ。」
「ごめんなさい。ちょっとだけ、お時間頂けますか。」
グレープフルーツをカットし、絞っているようだ。棚からスミノフを取った。
今日は水曜にも関わらず、お客が多い。この店の定休日は日曜だが、火曜や水曜、週の真ん中を定休日にしている店もある。
どうやら最近、愛知出身のロックバンドが、彼女の歌をカバーしたらしく、おかげで店内は、黄色い声が多い。
「お待たせしました。」
彼女はロックグラスをカウンターテーブルに置いた。
グラスの中には、乳白色の酒と、そこに浮く角氷。
縁には、塩の結晶。
「少し、失礼いたしますわね。」
彼女は、カウンターを出て、店の片隅に置いてあるギターを肩掛け、丸椅子に座った。
「では、えー、『カガリマチ』を。」
何百回と聴いたイントロが奏でられる。
口端で塩の味がした。
「はぁあああ」
思わず、大あくびが出る。
田部は車を、ビジネスホテル提携の機械式駐車場に入れると、こっちに向かって歩いてきた。
「出庫の際に、お渡し下さい。」
「どうも。」
係員から駐車券を受け取ると、これもまたボロボロの、折り畳み財布にしまっていた。
腕時計を見ると、20:37。そりゃ、あくびも出ますわ。
「どっちですか、お店。」
私が尋ねると、田部はスマホを見ながら、向かって奥を指差した。伸ばした腕が、通行人にぶつかりそうになると、腕を縮め、「すいません。」と謝っていたが、私は、他人のふりをしてやった。
いたるところの街灯に、『一3』と書かれた旗が、吊り下がっている。
一色三丁目。名古屋有数の繫華街。居酒屋にラウンジ。ホテルに、バーに、ファッションヘルス。
少し歩いただけでこれ。幾人もの、欲と人生が詰まっている。
「そのビルみたいだよ。」
少し後ろから、田部の声が聞こえた。右を向くと、商業ビル。集合看板の文字を目で追うと、3階に目的の店『PASSION』があった。
一歩、ビルに入ったところで、後れて来る田部を待った。
「歩くの早いね。」
あんたが遅いだけだ。正面奥にエレベーター、左には、外にせり出た階段がある。
「行きましょう。」
私は階段を上がり始めた。
運転でお疲れであろう、田部には悪いが、頭か身体を動かしていないと、このままバッタリ眠ってしまいそうだ。
「こういう店には、良く来るの?」
田部の質問とほぼ同時に、上のほうから、嬌声が一瞬聞こえた。
その直後、サラリーマンが降りてきて、階段ですれ違う。お楽しみでしたか。お盛んですこと。
「酒が強くないから、一人でバーとか入るの、気が引けちゃって。」
飲めない男が、一人でバーにいる姿を想像すると、笑えた。私が店員なら、早く帰ったら?って、言ってしまいそうだ。ってか、返事してないのに、よく喋るな、こいつ。
3階まで上がり、少し通路を進むと、通路左右に、扉が1つずつ。その奥にエレベーター扉。
さらに進んで、店の名前を確認した。
「ここみたいですよ。」
後ろを振り向くと、田部の頭だけが見えた。
おっそい。肩で息を切りながら、階段を上り終えて、私の目の前で止まった。400M泳ぎ切った直後か。
「入ろう。」
口だけは達者だ。そんなことを考えている私を無視して、田部は取手に手をかけ、扉を引き開けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる