【ハルピュイアの鎮魂】―禁忌を超えて、魂に、触れる。― ディストピアSFホラー×異形吸血鬼譚×異種族恋愛BL

静谷悠

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高校生編

一(2026、冬)*

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 高校生になった晶は、中学時代よりも更に、人と馴れ合うことの少ない言葉少なな青年になっていた。

 彼は多くの稲敷の子がそうするように、エスカレーター式に稲敷第二高等学校に進学したが、進路としては理系研究コースを選んだ。これには周囲が驚いた。彼は、勉強が苦手というわけではなかったが、むしろ、飛翔部での活躍が目立っていたため、実践実務コースに行くものとばかり思われていたのである。しかし、高校に入った晶は、誰もが期待した飛翔部には入らなかった。繰り返される熱心な勧誘にもかかわらず、そして、理由もあかさずに、晶は、飛翔を止めた。変化へんげするたびに、大きく伸びやかに広がっていく虹色の翼、そして、色素が薄まったときに明らかになる七色の瞳を、人目に晒すわけにいかなかったからである。
 そして、彼の、声――
 必要なとき以外、彼は口を開くことがなかったが、その声は透明な中にも落ち着いた和音を持ち、聴くものの心を無作為に揺さぶった。崇、紫穂、そして、たまに唐沢とは話すことがあったが、およそ、クラスの中では、遠巻きにされる存在となっていた。
 高校の敷地が樹の職場である中学校と大して離れていないのをいいことに、帰宅部になった晶は、帰り道に度々中学校に侵入した。
 このときには、既に晶も、大して意識しなくとも、樹のように、周りの「生命」の存在を自由に認識できるようになっていたから、教師や生徒に見咎められないようにすることは容易だったのである。
 その樹は、「ひとりでに鳴るピアノの怪」として、稲敷第二中学校の七不思議に数えられていた。彼に音楽室の合鍵を与えた老齢の音楽教師が、そのことを引き継ぐこともなく退任したため、樹は好きなように音楽室に入り浸っていた。
  
 放課後の校舎は人が少なく、晶は勝手知ったる中学校の廊下を、いつものように音楽室に向かっていた。
 この日、「ひとりでに鳴るピアノ」の選曲は、ショパンの「告別」だった。穢狗の曲がった小さい手だというのに、その音色はごく滑らかで、たそがれ始めた校舎の廊下に、穏やかに、透明に響いた……
 音楽室に入った晶は、樹が最後の一音を奏で終わるまで待った。
 そっと小柄な身体に手を回す。
「あきぁ」
 見上げてくる顔には微笑があった。
「気づいてただろ」
「わかう、いつでも。とおくにいても」
 晶は、身をかがめ、腫瘍の間の薄い唇に口づけた。その甘さに陶然としながら、彼は手の中の恋人が折れ拉がれた身体の穢狗から、伸びやかな肢体の青年に変わるのを待った。樹は、くすくす笑いながら、晶の頰を舐め、瞼に口づけた。
「あきや……あきら、すき」
「うん、俺も……」
「あきら、きてくれる、うれしい」
「時間ないんだろ。どうする、もっとピアノ弾く? それとも、おまえの部屋に行く?」
 見つめてくる黒い眼を見る前から、答えは分かっていた。滑らかにピアノを奏でていながらも、座る樹の火は明るく大きく、近づく前から燃えるように熱く感じられていたのだ。
「あきらも、あつい」
 樹は、晶の思考を読んだかのように、答えた。

 通常の穢狗は、彼の姉のように、十代で番を作り、子育てをする。そして、老齢と腫瘍のために三十代、四十代で多くのものが死んでいく。まれに五十すぎまで生きるものもいたが、それは、ごく一部だった。
 人間になった樹はどう見ても晶と同じく初々しい若者で、あと数年で平均寿命を迎えるようには到底見えなかった。
 滑らかな背にしがみつき、火のような彼の唇に呻き声を漏らしながら晶は念じた。
 あるいは、これもアシュエラ結合の効果なのかもしれない。そうであってくれればいい。あと数年で樹を失うかもしれないなど、考えるだけでも、耐え難かった。

 そう。もしも樹を失えば、そのときは、自分も間違いなく死ぬことになるだろう……

 それは、生理的な真実である以上に、ひとりで生きていくことなどできない、という圧倒的な実感でもあった。
「あきら……あきら、すき」
 掠れた声で樹はいい、愛しむように耳に歯を立てた。
「あっ、い、樹っ、も、もう……」
 何度も挿れられることに慣らされ、喜びを覚えさせられた身体は、容易く高みへと突き上げられていく。しかし樹は満足していなかった。首筋にきつく歯を立てながら、これ以上入れないところまで強く押し込み、体液をこすりつける。
「うっ、うっ、うっ、くぅっ、……」
 何回達したか分からなかった。暖房もない室内というのに、樹の肌の熱さに酔いながら、晶は身を震わせた。
「時間……鐘が、ああっ、鳴る、のに」
 最奥に熱い体液が弾けた。ぎゅっと自らの内臓が収縮し、震えるのを、晶は感じた。樹のそれを飲み下し、吸収しようとしているのだ……
「ふ、うぅう……」
 樹は、耳元で呻き、晶に覆いかぶさってきた。
 指先まで熱が巡り漲る。しかし晶は、それを抑え込んだ。意図せぬ翼化を、彼は制御するようになっていた。翼化してしまえば、その都度、もはや人間でないかもしれない自分、(戻らなくなるのではないか)という不安と戦わなくてはならない。
 息をついて、身を起こしとき、樹は、ちょっと不満そうだった。
「きれいなのに……」
「何が?」
「あきら、きもちいと、はね、でる。きれい」
「おまえなぁ」
「きもちくなかった?」 
「馬鹿」
 口づけながら、彼は囁いた。「ちゃんと、気持ちいいよ……」
 音を立てて、樹はその唇を吸った。身体に舌を這わせ、晶が腹に零したものをぴちゃぴちゃと啜る。「あきら、おいしい……あまい」
「こら、やめろよ。ふ、ふふっ、くすぐったいって……」
「もっとしたい……」
「馬鹿、もう時間だろ」
 絡めてくる腕を振り払って、晶は立ち上がった。翼化を抑えたこともあり、身体の隅々まで力が巡っている。例え身体を今どのように傷つけられたとしても、瞬時に癒えると思われた。晶は、樹の髪を撫でてやった。
「あきら、かえるのやだ」
「土曜日はいつも泊まってるだろ……」
 土日はほとんど入り浸っている晶なのである。「あ、そういや、今週、土日これないや。ごめん」
「あきら、いない?」
「うん。稲敷第二生体研究所のインターンシップが始まるんだ。最初だけ土日なんだよ」
「こんしゅう……けんきゅうじょ」
「そう」
 晶は、自分が貼ってやったカレンダーを指さした。「十二月十二日と十三日な」
 樹が顔を伏せたので、晶は彼の表情を見損ねた。「だめ、あきら。いかないで」
「ワガママいうなよ、来週も再来週も泊まりに来るからさ」
「やだよ、おれ……」
「あまったれだな、ほんと、おまえは」
 抱きついてくる頭のてっぺんにキスしてやる。「今年はさ、クリスマス、どっか行かない?」
「クリスマス……」
「なんか、プレゼントするよ。恋人っぽいことしたいな。たまには出かけるのも良くない? デートしよ」
「デート……したい」
「ちょっと遠くにいけばいいじゃん。東京とかさ。しっかり受血して、在来人っぽくして」
「いきたい」
「うん、約束な。他の予定入れないから」
 ようやく、樹は微笑んだ。「たのしみ」
「うん、俺も」
 そのときの晶は、(やっぱり、ちょっと甘やかしすぎなんかな……)と考えただけだった。
  
 
 
 
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