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第1部 魔族王都編
第19話 ラザロ・グレイルの名
レヴィ戦の夜が明けてから、黒燈ギルド本部から紙の音は消えなかった。
保全卓では、押収した写しが乾かされ、封書の端へ回収者と時刻が添えられる。革紐が締め直されるたび、乾いた音が石造りの部屋へ落ちた。夜が来ても、朝が来ても、その音は途切れない。
最初の数日は、負傷者の治療と証人の移送に費やされた。
セリオとその家族、文書保管庫の管理官と家族は、それぞれ別の保護先へ移される。ひとつの場所へまとめれば、居場所が割れた時にすべてを失うからだ。
ジルたちも、医務室と食堂、一時滞在用個室を行き来した。
裂けた外套は縫い直され、血のついた薬布は細い包帯へ変わる。夜通し術式の再調律を重ねたゼルの右手から震えが抜け、カインの足音も、ようやく普段の低い重さへ戻っていった。
クロの首輪の登録札も、何度か医務室の寝台の脚へ当たった。
ちり、と小さく鳴るたび、ジルは顔を上げる。
「走るな」
「きゅう」
「跳ねるな」
「きゅ……」
「返事が弱い」
ルシが横で笑う。
「そこは自信ないんだな」
「甘やかすな」
「今の、オレじゃなくてクロに言ってる?」
「両方だ」
「ひどくない?」
そんな短いやり取りの間にも、黒燈の動きは止まらなかった。
西区からは、白弦商会の荷が通常とは異なる倉庫へ運び込まれたという報告。
貴族街からは、ラザロ・グレイルが押さえている古い迎賓館で、使用人と警備の出入りが増えているという短札。
水路側からは、白い封蝋を付けた箱を積んだ荷車が、旧水門へ続く道へ入り、そのまま表の荷路へ戻らなかったという知らせ。
どれも、それだけでは証拠にならない。
荷が別の倉庫へ入ったからといって、白弦商会全体が白梟へ協力しているとは限らない。迎賓館の人員が増えたのも、慈善夜会の準備だと言われれば、それまでだった。
ダリウスは、一枚の報告札を結論へ変えることを許さなかった。
「同じ場所を、別の目で見ろ」
低い声が、保全室へ落ちる。
「一人の報告で決めるな。荷と人と金を分けて追え」
別の実動員が、違う時間帯に同じ倉庫を見る。
貴族街へ入れる者が迎賓館の人員を拾い、裏通りを知る者が水路側の荷車を追った。
そうして戻ってきた短札が、保全卓へ一枚ずつ増えていく。
保全卓は、押収した証拠や封書へ回収者と時刻を添え、勝手に触れられない形で扱うための黒い作業卓だ。その周囲では、紙をめくる音と、革紐を締める乾いた音が、昼夜を問わず続いていた。
ルシは報告時刻と荷路を並べ、食い違う箇所へ印を付ける。
ジルはその隣で、白梟が監視へ気づかせる時の動きと、本命を隠す時の順序を拾った。
「この荷は、見せるためのものだ」
ジルが一枚の報告札を押さえる。
「根拠は?」
「積み替えが丁寧すぎる。見られると分かっている運び方だ」
「囮か」
「本命を別へ通すためのな」
ルシが別の短札を引き寄せた。
「なら、消えた一台はこっち」
「ああ」
「最初からそう言えよ」
「今言った」
「情報屋に優しくない」
「自分で繋げ」
「はいはい」
照合の合間には、小規模な監視や記録確認の任務も入った。
任務がない夜にも、ジルは黒燈へ顔を出した。
報告が残っている。クロの様子を見る必要がある。保全札の確認が終わっていない。
そのたびに理由はあった。
食堂では、相変わらず出口の見える席を選ぶ。背後を人が通れば視線を上げる。ルシが向かいへ座っても歓迎はしない。
だが、席を立つことはなくなった。
ただ、それだけの変化だった。
それを最初に覚えたのは、たぶんクロだった。
「きゅう」
食堂へ向かう廊下で、クロがジルの外套の裾を咥える。
「引くな」
「きゅ」
「用があるなら鳴け」
「きゅう」
「鳴いているな」
ジルは眉を寄せたが、裾を振り払わなかった。
クロがくい、と引く先には、たいてい食堂があった。たいてい、ルシがいた。椅子の背に肘を預け、香草茶を片手にこちらを見る。
「クロ、またジル捕まえてきたのか」
「捕まっていない」
「外套、咥えられてるけど」
「毛玉が勝手にしているだけだ」
「それ、捕まってるって言うんだよ」
ルシが笑うと、クロの首輪の黒銀札が、ちり、と小さく鳴った。
ジルは何も返さない。
ただ、外套の裾を取り戻すことなく、食堂の端の椅子を引いた。
好きな匂いが二つ近くにある日は、クロの尾がよく揺れた。
*
十日近く積み上げられた紙と沈黙が、その夜、ひとつの保全卓へ並んだ。
セリオが残した差し替え前の写し。
文書保管庫の管理官が証言した搬出日。
白弦商会の擦れた荷札。
途中まで改竄された資金移動記録。
金額と移送先だけを記した、モルガン・グレイルの指示書。
黒い木目の上に、白い紙と白い蝋だけが冷たく浮いている。
紙の端には焼け焦げた跡が残り、封じ布を開くたび、乾いた薬品と煤の匂いが薄く立った。
見慣れた白だった。
白梟では、整えられた記録だけが残った。都合の悪い声は削られ、余白は埋められ、誰かの責任は別の誰かの罪へ変わる。
黒燈の者たちは、証拠品へ黒い札を添えていく。
誰が、いつ、どこで押さえたものか。
紙束は別々の封筒へ分けられ、革紐で締められる。ひとつを奪われても、すべてを消せないように。
封筒が閉じられるたび、白梟が焼こうとした声が、黒い灯りの下へ残されていく。
ジルは壁際から、その手順を見ていた。
出入口は背後にひとつ。
右手には保全庫へ続く扉。
室内の者は証拠を囲んでいても、ジルの退路までは塞いでいない。
セリオと家族は生きている。
文書保管庫の管理官と、その家族も保護された。
モルガンと白弦商会の男は、別々の場所で保全下に置かれている。
守れたものはある。
だが、終わってはいない。
セリオの数字と、モルガンの指示書にある金額は一致していた。
管理官が証言した搬出日には、同じ日付を刻んだ荷札が残る。資金移動記録の空白も、その数字を入れれば不自然なほど綺麗に埋まった。
監視班が拾った荷の時刻とも重なる。
モルガン一人で決められる金額ではない。
その上に、誰かがいる。
慈善夜会の名は、モルガンが最初の供述で吐いたわけではない。
最初に出たのは、寄付品、紹介状、旧迎賓館、白弦商会の名義貸し。どれも、ひとつでは決め手にならない断片ばかりだった。
黒燈は、それを十日かけて繋いだ。
セリオの写し。
管理官の証言。
白弦商会の荷札。
資金記録。
グレイル家から出た封筒の流れ。
そして、昨夜ようやく押さえた、翌夜開催の慈善夜会の招待状控え。
紙の上でばらばらだった線が、ひとつの場所へ集まる。
ラザロ・グレイル。
明日の夜、ラザロが押さえている旧迎賓館で開かれる慈善夜会。
その名を出した時、モルガンは初めて顔色を変えた。
「ジル」
ルシの声がした。
いつもの軽さは薄い。
視線は卓上ではなく、部屋の奥へ向けられていた。
モルガン・グレイル。
黒燈へ運び込まれ、保全下に置かれた当初の尊大さは、何度かの供述確認を経るうちに影を潜めていた。
今は供述確認のため、手枷をかけられ、拘束椅子へ座らされている。額には脂汗。レヴィの刃がかすめた喉元には、細い赤い痕が残る。
息を呑むたび、手枷の金具が肘掛けへ触れた。
視線は何度も扉へ向かう。
だが、足音が近づくたびに肩が硬くなる。助けを待つ者の反応ではなかった。
ルシはモルガンの前へしゃがみ込む。
視線の高さを合わせるが、手を伸ばせば届くほどには近づかない。
「さて」
卓上の指示書と招待状控えへ指を置く。
「ラザロが白梟と会う場所は、旧迎賓館。日取りは明日の夜。違うか」
モルガンの唇が震えた。
「知らない……」
ジルが壁際から一歩出る。
「嘘だな」
怒鳴ってはいない。
それでも、モルガンの肩が跳ねた。
「本当に知らない! ラザロ様は、私にすべてを話してはいない!」
「すべては、だろう」
ジルの声は冷たい。
「なら、一部は知っている」
モルガンは口を閉ざした。
視線が右へ逸れる。
扉でも窓でもない。誰かが割って入る場所を探すような動きだった。
だが、ここにはモルガンを守る白梟も、グレイル家の者もいない。
ルシが言う。
「話した方がいい。白梟はあんたを切った。ラザロも助けに来ない。黙っていても、守る相手はいないぞ」
「私は……本家の命令に従っただけだ」
「人質を取ったのも?」
ルシの目が細くなる。
「筆写師の家族を攫ったのも、本家の命令なら責任はないって?」
「私は直接は――」
「手を下していない、で切れる話じゃない」
ジルが告げる。
刃は抜かない。
ただ、相手を見る。
呼吸の乱れ。言葉の限定。逃げる視線。喉が動く回数。
嘘と責任逃れの継ぎ目を拾っていく。
部屋の隅で、クロの爪が石床を小さく鳴らした。
「きゅ……」
長い耳が後ろへ伏せられている。
「そこにいろ」
「きゅ」
クロは保全卓の手前で座り直した。
白い蝋と香料の残り香へ鼻先を上げた途端、尾の動きが止まる。
「きゅぅ……」
ルシが一瞬だけ振り返った。
「嫌な匂いか」
「今のは顔に出てた」
「毛玉の顔を読むな」
短いやり取りが、張り詰めた空気をわずかに緩める。
ダリウスが保全卓の向こうから告げた。
「モルガン・グレイル。お前をここで裁くつもりはない」
モルガンが顔を上げる。
「だが、消させもしない。白梟にも、グレイル本家にも、お前の口を勝手に塞がせる気はない」
「……私は」
「話せ」
低い言葉が石室へ沈んだ。
誰も続きを急かさない。
椅子がわずかに軋む。
手枷が木へ触れ、かすかな音を立てた。
やがてモルガンは、かすれた声を絞り出した。
「……そこまで、掴んだのか」
ルシの指が、卓上の短札を一度だけ叩く。
「掴んだ。だから確認してる」
モルガンは喉を鳴らした。
「明日の夜だ。貴族街の東端にある、グレイル本家の古い迎賓館。表向きは慈善夜会だ」
沈黙が落ちる。
黒燈が十日かけて繋いだ線を、モルガンの声が最後に結んだ。
ルシが続ける。
「ラザロはそこで、誰と会う」
「白弦商会の代表だ」
「本当の代表か?」
「違う」
モルガンは顔を伏せた。
「白梟から来た者だと聞いた」
カインが低く問う。
「レヴィか」
「違う。レヴィは伝令と実働だ。もっと上の者が来ると……」
空気が変わった。
黒い札を証拠品へ添えていた手が、ほんの一瞬止まる。
レヴィより上に立ち、記録や任務を動かせる白梟の者。
白梟長本人が、この黒い王都へ姿を見せる段階ではないだろう。
だが白梟には、刃を振るう者だけがいるわけではない。
証人を消し、記録を整え、罪の形を変える者。
直接手を汚さず、正しい記録だけを残す者。
ジルの指が、外套の内側へわずかに向かう。
短剣ではない。
黒銀の仮札がある場所だった。
触れる前に手を下ろす。
ルシの視線がその動きを追ったが、問いには変わらなかった。
「そこで」
モルガンが続ける。
視線が、恐る恐るジルへ向いた。
「あなたの引き渡しについても話すはずだった」
ルシの表情から、残っていた軽さが消えた。
「ジルの?」
「ああ」
モルガンは小さく頷く。
「ラザロ様は、あなたを捕らえれば、白梟が機密文書の場所を吐かせると言っていた。あなた自身と、あなたが持っていると白梟が見ている文書。その二つを引き渡せば、グレイル家には支援が入る。金も、暗殺者も、必要なだけ」
それまで卓の端を叩いていたルシの指が止まった。
小さく続いていた音が消える。
「人を荷札と同じ数え方で言うな」
低い声だった。
モルガンが息を呑む。
ジルはルシを見る。
「向こうにとっては事実だろう」
「向こうがそう数えてるだけだ」
ルシの声の温度は戻らない。
「お前まで、それを事実みたいに言うな」
「慣れている」
室内が静まった。
いつもなら軽口で間を埋める男が、すぐには答えない。
「……慣れるな」
その声には、薄い刃のような硬さがあった。
「そんな数え方に、お前まで従うな」
ジルは視線を逸らす。
「お前が怒ることじゃない」
「そうかもな」
ルシは一拍置く。
「でも、嫌なものは嫌だ」
答えれば、余計なものまで出そうだった。
白梟では、名前より役目が先に来た。
任務へ向ける刃。
扉を開くための手段。
誰かの正しさを押し通すための道具。
いつから疑問を持たなくなったのか、分からない。
分からないことが、ひどく気分を悪くした。
左鎖骨下の古い痕が、布の下でわずかに疼く。
ジルは呼吸をひとつ整えた。
ルシは問いを重ねず、一歩だけ引く。
ただし、ジルの隣からは離れなかった。
ダリウスが口を開く。
「白梟の目的は変わらん。ジルの確保と、機密文書の回収だ」
ゼルが、卓上の証拠を指先で分ける。
「場所と名義、資金はグレイル。荷と倉庫の経路は白弦商会。けれど、指示と刃は白梟だね」
「ラザロは、その刃を買ったつもりでいる」
カインの声は冷たい。
「だが、白梟は買われる側じゃない」
「利用する側だ」
ジルが言う。
モルガンの視線が喉の傷へ落ちた。
レヴィに口を塞がれかけた時点で、力関係は見えたはずだ。
自分たちが白梟を使っていたのではない。
白梟が、グレイルの名義と欲を使っていた。
*
ゼルが迎賓館の見取り図を広げた。
厚い紙が保全卓を擦る。
表の馬車寄せ。
使用人が出入りする厨房口。
裏手の水路へ降りる細い階段。
監視班の報告と照らし合わせながら、必要な箇所だけを指で示していく。
「招待客は?」
ルシがモルガンへ問う。
「商会関係者、貴族街の寄付者、孤児院への支援者、何人かの役人……」
「人の出入りへ紛れるには都合がいいな」
「だから接触に使う」
ジルは見取り図を見下ろす。
正面入口はひとつ。
使用人用の扉が二つ。
二階の窓には、外から足を掛けられる装飾。
裏の水路は、退路にも増援経路にもなる。
「人が多いなら、白梟は表では動かない」
「表向きはな」
ルシが馬車寄せを指で叩く。
「給仕、楽師、警備、帳簿係。実働を紛れさせる場所はいくらでもある」
「外周と退路は俺が押さえる」
カインが言った。
「私は会場内の術式を見る。拘束符か、逃走用の仕込みがあるはずだ」
ゼルが続ける。
「オレは商会関係者へ混ざる。偽の代表と帳簿係、その周囲を拾う」
ジルは地図から目を離さない。
「俺は招待客側から入る」
カインの片目が鋭くなる。
「自分を囮にするな」
「囮にはならない」
ジルは黒銀の仮札へ触れかけ、指を止めた。
白梟に運び込まれるのではない。
グレイル家に差し出されるのでもない。
「向こうが俺を出す場所を決めるんじゃない。姿を見せる場所は、俺が選ぶ」
ルシが眉を寄せる。
「一人で見せるなよ」
「お前は会場内で動け。俺だけでは商会側の流れが読めない」
ルシの表情が一瞬止まった。
「……それ、オレが必要って言ってる?」
「情報屋としてな」
「今の注釈、いらなかった」
「誤解するな」
「少し味わいたかっただけ」
「味わうな」
クロが片耳を向ける。
「クロは待機だ」
ジルが即答すると、黒い耳が跳ねた。
「きゅう」
「夜会は人が多い。踏まれるぞ」
ルシがしゃがみ、クロの頭を撫でる。
「きゅ……」
「会場近くとの往復は、小伝令獣へ任せよう」
ゼルが穏やかに言う。
「クロには伝令房から作戦室まで、戻った短札を運んでもらう」
「きゅう!」
クロは座り直し、胸を張った。
「札を運べ。伝令房と作戦室だけだ」
「きゅ」
「返事だけはいいな」
「任務をもらえてよかったな」
ルシが笑う。
太い尾が、石床を小さく払った。
「張り切りすぎるな、毛玉」
張り詰めた空気が、少しだけほどける。
ダリウスが見取り図の上へ黒い札を置いた。
木と紙が触れる低い音。
「明日の夜、慈善夜会へ入る。目的は三つだ」
全員の視線が集まる。
「ラザロ・グレイルと白梟側の接触を押さえる。荷、帳簿、資金、名義の接続を確定する。そして、ジルを取引材料にする手を潰す」
ジルは目を上げた。
「俺個人の問題じゃない」
「分かっている」
ダリウスは即答した。
「だから、黒燈の任務として扱う」
黒燈の任務。
白梟で任務と呼ばれたものは、刃を向ける先を決める命令だった。
標的。
報告。
処理。
終われば、誰かの名が消える。
黒燈は、ジルの意思を無視して会場へ立たせようとはしなかった。
ジルが入ると言ったから、その周囲を任務として組み直している。
まだ、信用とは呼ばない。
だが、白梟とは違うと判断することはできた。
「……分かった」
ルシがこちらを見る。
「今、ちゃんと分かったって言った?」
「耳が悪いのか」
「貴重だから」
「数えるな」
「まだ数えてない」
「顔が数えている」
「顔に出るほど嬉しいってことで」
「黙れ」
カインの足が、石床を低く鳴らした。
「浮かれるな。夜会は罠だ」
「分かってるって、兄貴」
「お前は分かっている時ほど余計なことをする」
「兄貴の信頼が重い」
「信頼ではない。経験だ」
ゼルが小さく笑う。
「白梟が狙うなら、まず連携の間だ。会場内で二人の距離を切られないように」
「了解」
ルシが片手を上げる。
ジルは目を細めた。
「勝手に決めるな」
「お前が姿を見せる場所を選べるように、オレが周りの目を散らす」
「勝手に前へ出るな」
「隣にいるだけだ」
ジルは返さなかった。
拒む言葉も出ない。
任務中だけ。
そう言い訳すれば、まだ許せる距離だった。
*
ダリウスはモルガンを、引き続き黒燈の保全下へ置くと告げた。
「お前の責任は消さん。だが、白梟の都合で口も塞がせない」
モルガンはうつむく。
無罪だと言われたわけではない。
許されたわけでもない。
それでも、浅く漏れていた呼吸の音は、少しだけ静かになった。
ジルはその変化を見ていた。
白梟なら、利用価値の落ちた者は残さない。
黒燈は、責任を残したまま、声も残す。
似ているようで、刃の向きが違う。
保全室を出ようとした時、ルシが横へ並んだ。
「ジル」
「何だ」
「さっきの、慣れてるってやつ」
「忘れろ」
「無理」
「しつこい」
「うん」
ルシは否定しなかった。
「お前が自分を物みたいに数えるのは、オレは嫌だ」
所有するという宣言ではない。
取り返すとも、守ってやるとも言わない。
ただ、嫌だと言われている。
それが一番、扱いにくい。
「……任務の話に戻れ」
「逃げた」
「戻れ」
「はいはい」
ルシはそれ以上、沈黙をこじ開けなかった。
理由も聞かない。
ただ、隣には残る。
その距離へ、拒絶の言葉が出てこないことが、まだ慣れなかった。
*
作戦の確認は、夜が深くなるまで続いた。
証拠品は、それぞれ別の封筒と棚へ分けられていく。
白い紙が黒い布へ包まれる。
革紐が締まり、保全札が乾いた音を立てた。
ジルはその手順を最後まで見ていた。
逃げ道を探すためだけではない。
黒燈が何を残し、何を切らないのか。
それを見極めるために、まだここにいる。
作戦室を出ると、クロが二人の間を歩いた。
首輪の黒銀札が、爪音に混じって小さく鳴る。
「明日、無茶するなよ」
ルシが言う。
「お前に言われる筋合いはない」
「言う必要があるから言ってる」
「カインの真似か」
「兄弟だからな」
「面倒な兄弟だ」
「よく言われる」
ルシは笑い、すぐに声を落とした。
「白梟が何を言っても、敵の言葉だけで決めるな」
ジルは足を止める。
以前にも聞いた。
レヴィの言葉が刺さった夜、この男は同じことを言った。
自分を信じろとは言わなかった。
黒燈を選べとも言わない。
ただ、敵の言葉だけで決めるなと告げた。
「お前の言葉なら、決めていいのか」
ルシが目を瞬いた。
「……それ、罠?」
「質問だ」
「なら答えるけど」
わずかな間のあと、ルシは言った。
「オレの言葉でも決めるな。お前が見て決めろ」
その答えは面倒だった。
自分に従えとも、信じろとも言わない。
選ぶ責任を、ジルから奪おうとしない。
それでいて、選ぶ時には隣にいるつもりらしい。
だが、嫌ではなかった。
「そうか」
「そう」
「なら見る」
ルシの目元が、ほんの少し緩む。
「おう」
「白梟も、黒燈も。お前も」
「オレも?」
「見る対象だろ。情報屋」
ルシは口元を押さえた。
「今の、かなりいい」
「何が」
「言うと怒られる」
「なら黙れ」
「はいはい」
クロがジルの靴先へ頬を押しつける。
「きゅう」
「明日は留守番だ」
「きゅ……」
「伝令役をしろ」
クロの耳が勢いよく立った。
ルシが笑う。
「明日は頼んだぞ、相棒」
「きゅ!」
魔石灯は、夜更けの明るさまで落とされていた。
ルシの右腕に巻かれた包帯は、もう細い。ジルの外套にあった裂け目も縫い直され、前腕の傷は袖の下で浅い痕へ変わっている。
工房から持ち帰った煤と薬品の匂いは、服から消えた。
代わりに、何日も保全室へ通った紙埃と、薬草の薄い匂いが袖口へ染みついている。
傷は塞がり始めた。
だが、白梟の手はまだ伸びている。
明日の夜。
慈善という名の灯りの下で、誰が誰を差し出すのか。
ジルは、それを見に行く。
誰かに連れていかれるのではなく。
自分で選んだ足で。
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花崎はバレーボールに汗を流す鵜飼の姿をカッコいいじゃん、と思い始めたけれど。
『惚れ薬』の効果がきれたら…?
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不定期更新です💦スミマセン💦
失恋相手に魔王討伐のご褒美にされてたんだが
魔王討伐の為の勇者召喚に巻き込まれた蕪木透。その勇者は苦い思い出のある高校時代の同級生井上朝陽だった。すれ違いから疎遠になった2人が異世界に召喚される話。当て馬的な女の子が出てきますしわりと性悪です。プチざまぁあり。途中主人公があまりいい目にあっていませんがハッピーエンドなので安心してください♪( ´θ`)同性婚ありな世界線です。※他サイトにも掲載あり


