ドリームランド

入間しゅか

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ドリームランド

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   ドリームランド。名前とは裏腹にそこは遊具の墓場だった。今では廃墟と化したが、かつては夢が詰まっていたらしい。俺はここの歴史を知っていると得意気に話していた先輩はきっとまだ青春を引きづっている。
    ドリームランドは十数年前に閉館した遊園地だ。先輩はここで大学生のころ、警備のアルバイトをしていたらしい。
当時から夢も希望もへったくれもなかった。都心から離れていること、山奥にあること、最寄り駅からバスで三十分かかること、都市部にすでに大型の遊園地がいくつもできていたことなどなど、様々な負の要因があり、オープン当初から土日でも閑散としていたという。山奥に突如聳えるピンク色の城はどう見てもラブホテルだったから、カップルが間違えて入ってきたという都市伝説がある。
    そんなドリームランドこと夢の廃墟を前にして、俺と先輩は今猛烈な悪寒に襲われていた。先輩の帰ろうとは言ってないけれど、帰ろうと言ってるような視線を感じる。俺だって帰りたいさ。でも、行くって決めたんだから、今更帰れないだろうよ。行きますよ!と先輩を引っ張って俺たちは朽ちた門を乗り越える。

    メリーゴーランドが光ってたんだよ!と先輩が興奮気味に言ってきた。俺はいつも通り出席表を友人に託し講義を抜けて、喫煙所兼オカルト研究会会議室にいた。俺と先輩だけの非公認サークル。先輩と言っても四十五歳で、会社を経営してるらしいが、学びたいことがありこの大学に二度目のキャンパスライフを送りに来た。その辺の詳しい事情はよく知らないけど、とりあえず学年は一個上なので、先輩は先輩。もともとこのサークルは先輩が一人で作ったサークルで非公認だから部室がない。仕方なく人があまり来ないキャンパスの隅っこにある喫煙所を勝手に会議室と称してたまり場にしている。オカルトに興味はなかったが、教科書あげるから入ってくれ!と懇願された。教科書の値段の高さに悲鳴をあげていた身として、二つ返事で入会を決断したのだ。活動は非常に地味で、喫煙所で百円であなたのとびきりの怪談を買いますと、プラカードを掲げて人が来るのを待つのだ。奇特な人がたまに現れて怪談を話していくが、本当に怖い話はひと握り。買い取った怪談をもとにフィールドワークをするが、オカルトな事象と出くわしたことがなかった。
    ある日、オカルトとは全く無縁の猥談を繰り広げていた時、女の子がウチを訪ねてきた。化粧っ気のない素朴な子で「ここで怪談を、買取ってもらえるってきいて……」とおずおずと彼女は話し出した。
「あ、え、あ、どうぞこちらに」不意の来訪者に先輩は思春期の中学生がエロ本隠すみたいに慌てて取り繕った。いい歳こいて女子に狼狽えるなんてと呆れつつ、俺も内心バツが悪くないわけではなかった。
ぺこりとお辞儀をして喫煙所の丸椅子に腰掛けると、彼女は俯いてしまった。先輩がどうしようと目で訴えてくるので、仕方なく「えっとまずお名前と、何年か教えてください、俺は一年の吉木です。どうぞよろしく」
俺はいつも通りメモ帳とペンを取り出して取材モードに入る。
「私一年の米田です。部活は城郭研究会です」
俺は素早くメモをとる。城郭研究会か。城跡を調査する部活だ。これはガチもんの幽霊話かもな。落ち武者の幽霊でも出るんじゃないか?
「それで、怪談っていうのは?」と先輩がようやく落ち着きを取り戻した様で(おそらく城郭研究会というワードに惹かれたのだろう)えらく真剣な態度だった。
「ドリームランドって知ってます?」米田さんは俯いたまま話し出す。
「ああ、知ってる。あの廃墟と化した遊園地だ」先輩が頷く。
「そうです。あそこって実はかつて城があった場所なんです。と言ってもこじんまりした山城で、今は堀が残ってるだけなんですけど。その山城があった山の中腹に建てられた遊園地なんですよ」
知らなかった情報だ。メモが捗る。
「この前、部の先輩と一緒にあの遊園地の周りを調べに行ったんですけど、ちょうど遊園地を上から見下ろせる場所があって、色の褪せた遊具や、風に軋む音が気味悪いなって思ってたら、先輩が音楽が聞こえるって言い出して……」
「音楽……」
「はい、音楽。何かの宗教か政治結社の街宣車かとも思ったのですが、こんな山奥ですし、よく聞いてみたらどこか楽しげなマーチのようなんです。どうも、遊園地のほうから聞こえてる気がして、見下ろしてみると光ってたんですよ」と言ってようやく米田さんは顔を上げた。
「なにが?」俺と先輩がハモる。
「メリーゴーランドです。メリーゴーランドだけが皓皓と光ってて、でも誰も乗ってないんです。昼時だったのに、メリーゴーランドだけ浮かび上がってるみたいに光ってて、気味が悪くて先輩と二人で急いで下山したんで、ちゃんとは見てないんですけど……すみません、オチのある話じゃなくて」
「いやいや、十分興味深い話だったよ、ありがとう」そう言って先輩は米田さんに百円を渡した。
「ほんとに百円もらえるんですね」米田さんは少しはにかんでそれを受け取るとお辞儀をして去っていった。

     翌日、さっそく先輩は一人で調べに行き(俺はだるいから断った)、実際にメリーゴーランドが光っているのを確認したというわけだ。
「いや、きみ、ほんとに光ってたんだよ。誰も乗ってないのに愉快な音楽流しながらね」と先輩はいつになく興奮気味だ。そりゃそーだ、初めての本格的な怪奇現象の予感だからな。俺はタバコ吸いながら別のことを考えていた。あの米田って女子のこと。
「なあ、先輩。あの子どうして俺たちにこの話したのかな」
「吉木くんよ、それがどうしたって言うんだ?そんなの百円もらえるからだろう?それよりも我々オカルト研究会の日々の行いの良さがこうしてモノホンの怪奇へと導いてくれたことを喜びたまえよ」
「そんなもんすかねぇ。行いの良さって無許可で怪談ビジネスをキャンパスで展開してるくせに良さもクソもないっすよ。てか、行いがいいのなら怪奇を呼び寄せたくないもんすね」
「きみはわかってないな。不可思議との出会いが人生を豊かにするんだぞ。それでもオカルト研究会のサブリーダーか?」
「サブリーダーなんすか?俺。だいたい俺は教科書を手に入れるって目的達成してるんで、後は惰性で付き合ってるだけっす」
「つれないこと言うな、青年。さっそくだが、今夜ドリームランドへ乗り込もうと思う!もちろん、ついてきてくれるな?」
「えーやだなー、だる。てか、なんで夜なんすか?暗いじゃん」
「怪奇は夜だろ!必修科目のノートやるから来てくれよ、吉木くん!」
「なんすか?その理論。ま、そこまで言うなら行きますけど」

    午後、俺は珍しく講義に出ていた。出席点が重要な科目だったから仕方ない。九十分間机に落書きをして過ごした。講義終わり、誰かに方を叩かれ振り向くと米田さんだった。
「あ、ども」
いささか素っ気なかったかもしれないと思いつつ、なんとなく頭を下げる。
「学部一緒だったんですね」彼女もつられてか、頭は下げた。
「昨日の話、ガチだったんだね、あ、いや、疑ってたわけじゃないけど、テキトーな作り話持ち込む人多いからさ。先輩があの後すぐに確かめに行ってほんとに光ってるって喜んでて、あの人オカルト変態だから……」そこまで言ってなんでこんな話を俺はしてるんだ?と我に返る。
米田さんは何度か頷いて、「あのことはほんとに気持ち悪くて……」と言ったきり黙った。俺は相変わらず化粧っ気のない彼女の顔をジロジロ眺めながら、化粧したら化けるタイプだななんて非常に失礼な批評をしていた。
「そだ、どうして俺たちに話そうと思ったの?」
「前からオカルト研究会って変な人たちがいるって知ってて……」変な人とは失礼だな。変な人は先輩だけだぞ。
「あ、ごめんなさい。変な人って言って」
失礼だなって思ったの態度に出てたかな?しまった。いや、しまったって思うこともないのか。
「そうなんだ、へぇ、有名人なんだな、俺たち。でも、変な人たちにわざわざ話さなくていいのに。まさか百円ほしさで来たわけじゃないだろ?」
「あの、変な話なんですけど、私、見える人が見えるんです」
「は?」
米田さんは赤面して俯いた。
「あの、私はお化けとか見えないんですけど、お化けが見える人が見えるんです。見えるっていうか、この人お化けが見えるんだろうなって感じるんです」
「はあ、仮に見える人が見えるとして、うちの先輩が見える人だから話したってこと?」
「いいえ、吉木さんがです」
「はい?」

    俺は一度もお化けを見たことがない。幽霊なんて幻覚だとすら思っている。だが、今俺は猛烈に怖い。門をくぐった正面にはラブホ城(正式な名前は知らない)があり、城の内部の設備室に向かっていた。懐中電灯を持つ手が震えている。先輩のやつ「動画撮るから先に行きたまえ」と俺を先頭に立たせやがって、後ろからあーだこーだ言ってくる。なんでもドリームランドで警備のアルバイトをしていた時の記憶をもとに電気系統の設備をチェックしようということらしい。どこもかしこも朽ちていて、鍵もかかっていなかったので、簡単に設備をチェックしたが、もちろん電気がきているわけがなかった。てか、城の中はスプレーの落書きだらけで近所の不良のたまり場になっているようだ。これはもしや、不良がメリーゴーランド付近でどんちゃん騒ぎをしていただけな可能性が出てきたな。城を抜けるとメインのジェットコースターや観覧車がデーンと出てくる。その奥に例のメリーゴーランドがあるわけだ。おっと、すでに光ってるのがここからでも分かる。何やら愉快な音楽も聴こえる。あそこに行けば何があるかわかるんだろうけど、嫌な予感しかしないのは俺だけか?後ろで先輩はスマホ片手に実況している。なんだよ、入口でビビってたくせに。しかし、行くしかないとも思っている。行って帰るだけ、行って帰るだけ。行ったらなんかやべーもんと出会う予感にワクワクしている自分もいる。そんなぐらついた気持ちのまま歩を進めていく。先輩が後ろでさあ、光が一層強くなってまいりました!ここ曲がると遂にメリーゴーランドが姿を現します!と実況にも熱が入る。うるせえ、でも、一緒に黙られても心もとないから許す。おそらく先輩なりに怖いんだろうな、ほんとは。

    で、結局どうだったかと言うと、メリーゴーランドはピカピカとネオンを光らせて、ぐるぐる回ってた。でも、米田さんや先輩が言ってたみたいに無人ではなかった。だが、有人かと言われたら微妙なんだ。先輩が「ご覧ください。無人で回っています!」って言ったから、あ、俺見えちゃいけないもん見てる?ってなったわけで。
「先輩見えないんすか?」って確認したけど、「見えるよ!メリーゴーランドが回っている!」と返したもんだからダメだこりゃ。
そんなわけで、最近様子がおかしいんだよ。お化けなんてたしかにいなかった。俺は正しかった。見ちゃいけないもん、見えちゃいけないもんがあるのがよくわかった。ほら今もぐるぐるぐるぐる回ってる。俺はあの日以来ずっとここに突っ立ってる。そうさ、ようやくわかったんだ。先輩ってやつも、米田ってやつも初めからいなかった。彼らこそ見えちゃいけないものだった。俺はまんまとここに導かれたってことだ。しかし、何のために?それがわかればよかったんだが、今となってはどうでもいい。おい、そこのお前、お前ら、聞いてんのか、このクソ田舎ヤンキーども!おい!おーい!……………………!



   彼は見えちゃいけないものが見える質だったから、きっと、見えちゃいけないものに囲まれて、見えるべきものが見えなくなって、そうして人は狂って行くのね。夢の廃墟だもの。それと、自分自身が見えちゃいけないものだとは一度も疑わないなんて皮肉な話ね。私たちの心は脳の信号でしかないのに、ね、先輩。
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