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ロックンロールでさよなら ザ・クロネコズ最後の夜明け
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「――こうして、図らずも俺たちバンドマンのやっている事の正しさが証明されてしまったわけだ。国家権力の栄光によって」
「ゼンキチ、一体全体ガリルは何を言ってるんだよ?」
「あいつは俺たちを否定したこの国に文句を言ってるのさ、ダニー」
昨日付けで封鎖された場末のライブハウス、その楽屋で『ザ・クロネコズ』の面々は、政府のエージェントによって思い思いに壊された楽器を抱えて歯ぎしりするなり悔し涙を流すなり、あるいは事態を受け止めきれずに呆然とするなりしていた。
「ここだって俺たちだけじゃない、たくさんのバンドがホームにしてたんだ。だけど、もうルージュ・バックじゃ酔えない。歌えない。騒げない。歌うことは正しくて、正しいことはこの国じゃ罪深いんだ。分かるかダニー?」
「呑み過ぎだよガリル」
「呑まずにやってられる場合じゃない」
ウサギを模した政府広報のマスコットキャラクターがニコニコ笑って『ロックンロールにNO!』というキャッチコピーを突きつけてくるポスターが、楽屋から舞台に繋がる扉に貼り付けられている。ガリルはそれにビール瓶を叩きつけた。ガシャンと鋭い音がして、ガラス片が飛び散る。
「性欲の象徴に自分たちを投影するこんな国なんてクソ喰らえだ」
「ガリル。ダニーの言う通りお前はちょっとやり過ぎてる。あいにく水道は止められてるみたいだが、近くの店でジュースを売ってたから買ってきてやるよ」
一見道化役のゼンキチはこういう時になると大抵調停を買って出る。他のバンド同士の諍いの時もそうだったし、こうしてクロネコズ内で揉めた時もそう。
「何がジュースだ。子供扱いしやがって」
「梨のジュースだよ。二日酔いに効くっていうだろ? 明日ゲロ吐いて嫌な気分になるのはお前だけじゃないんだからな」
「へいへい、お前の奢りでな」
「まったく」
笑いながらため息をつくと、ゼンキチは封鎖されていない方のドアから街へ出ていった。壊されてしまったストラトを、誰かが置いていったこれまたぶっ壊れたアルトサックスの脇に立て掛けて。
「ねえ、ガリル。俺もう一度ステージで歌いたいよ」
「みんなそう言ってる」
分かりきった事を改めて言葉にされて、ガリルは腹が立ったというよりも呆れていた。やれやれ、うちのボーカル様の頭の中は相も変わらず年がら年中お花畑ですってか。このロックご法度のイカれた世界でCLOSEDになってないライブハウスなんてもう見られやしない。
だが次の瞬間ガリルはもっとイカれたダニーの言葉に呆れ返ることになる。
「俺、一回でいいからあそこで演ってみたかったんだよね。国立記念ホール」
「……嘘だろ?」
その時空気を読まずドアが開いてゼンキチが戻ってきた。あるいはナイスタイミングと言うべきか。
「すまん、ジュースは売り切れだった。代わりに酔い醒ましの水を買ってきたけど、良かったか?」
「おい、聞いたかゼンキチ?」
「聞いてるわけないだろ。今帰ってきたんだから」
ニヤッと笑って、ガリルが、我らが狂ったボーカル様を指差して、共犯者のような口調で囁いた。
「こいつ、明日の国立記念日のスピーチ会場を乗っ取りたいって言ってんだぜ」
一瞬きょとんとしたゼンキチだったが、経緯を素早く読み取りこちらも不敵な笑みを浮かべる。
「ああなるほど。全員揃って頸をはねられる代わりに最高のショーを世界中継でお届けしましょうってか」
「最高のアイデアだろ?」
「ちょっと、ふたりとも! 俺はそこまで言ってないよ!」
トントン拍子で進んでいく話に慌てるダニー。その様子を見て意地悪なふたりはニヤニヤ笑っている。
「ん、じゃあ別日にやるのか?」
「うーん……確かに話を聞いてたら、明日演る方が面白そうに思えてきたけど」
「それ見たことか。お前は結局筋金入りのロックンローラーなんだよ」
意気消沈して酔い潰れそうになっていたガリルもとっくに目を覚まし、千切られたリッケンバッカー4001の弦を張り直す。
「サポートドラムスを頼めそうな奴いるか?」
「明日死にたいバンドマンならいくらでもいるだろ、こんなご時世じゃな。そいつに最高のフィナーレが付いてくるっていうんなら、溢れかえるほど立候補が立つぜ」
「じゃあ募集をかけろ」
言われる前からゼンキチは、ルージュ・バックを根城にしていたバンドマン達に一斉送信で、今持ち上がった計画について喧伝していた。符丁とスラングの入り混じった下品なメッセージをお偉方がハッキングして解読するには、ざっと三時間程度はかかるだろう。つまるところ、今は午前四時なのだから、早朝ゲリラライブを開催するには十分な余裕があるということだ。
おまけにいの一番に乗り気な返信をくれたドラマーは、ダニーの親友でこの街一番のベテラン、エーミールときている。風が吹いている。
「まあ、じゃ、やりますか。死ぬ覚悟いっちょ持っていって」
こんなに大事な事なのに、自分達は忘れかけていたのだ。
バンドマンがステージに上がるんだったら、魂ごと燃え尽きる覚悟がないといけないという事を。
きっと二時間後の国立記念ホールで、クロネコズは駆けつける警官隊が放つ銃弾の雨に撃たれボロボロになりながら、指が動かなくなるまで弦を弾き、喉が震えなくなるまで声を枯らすだろう。
それが英雄譚として語り継がれようが、見るも無残な愚行として指さされようが、彼らにはどうだっていい。
ただ、自分達は「歌いたい」だけなのだから。
「ゼンキチ、一体全体ガリルは何を言ってるんだよ?」
「あいつは俺たちを否定したこの国に文句を言ってるのさ、ダニー」
昨日付けで封鎖された場末のライブハウス、その楽屋で『ザ・クロネコズ』の面々は、政府のエージェントによって思い思いに壊された楽器を抱えて歯ぎしりするなり悔し涙を流すなり、あるいは事態を受け止めきれずに呆然とするなりしていた。
「ここだって俺たちだけじゃない、たくさんのバンドがホームにしてたんだ。だけど、もうルージュ・バックじゃ酔えない。歌えない。騒げない。歌うことは正しくて、正しいことはこの国じゃ罪深いんだ。分かるかダニー?」
「呑み過ぎだよガリル」
「呑まずにやってられる場合じゃない」
ウサギを模した政府広報のマスコットキャラクターがニコニコ笑って『ロックンロールにNO!』というキャッチコピーを突きつけてくるポスターが、楽屋から舞台に繋がる扉に貼り付けられている。ガリルはそれにビール瓶を叩きつけた。ガシャンと鋭い音がして、ガラス片が飛び散る。
「性欲の象徴に自分たちを投影するこんな国なんてクソ喰らえだ」
「ガリル。ダニーの言う通りお前はちょっとやり過ぎてる。あいにく水道は止められてるみたいだが、近くの店でジュースを売ってたから買ってきてやるよ」
一見道化役のゼンキチはこういう時になると大抵調停を買って出る。他のバンド同士の諍いの時もそうだったし、こうしてクロネコズ内で揉めた時もそう。
「何がジュースだ。子供扱いしやがって」
「梨のジュースだよ。二日酔いに効くっていうだろ? 明日ゲロ吐いて嫌な気分になるのはお前だけじゃないんだからな」
「へいへい、お前の奢りでな」
「まったく」
笑いながらため息をつくと、ゼンキチは封鎖されていない方のドアから街へ出ていった。壊されてしまったストラトを、誰かが置いていったこれまたぶっ壊れたアルトサックスの脇に立て掛けて。
「ねえ、ガリル。俺もう一度ステージで歌いたいよ」
「みんなそう言ってる」
分かりきった事を改めて言葉にされて、ガリルは腹が立ったというよりも呆れていた。やれやれ、うちのボーカル様の頭の中は相も変わらず年がら年中お花畑ですってか。このロックご法度のイカれた世界でCLOSEDになってないライブハウスなんてもう見られやしない。
だが次の瞬間ガリルはもっとイカれたダニーの言葉に呆れ返ることになる。
「俺、一回でいいからあそこで演ってみたかったんだよね。国立記念ホール」
「……嘘だろ?」
その時空気を読まずドアが開いてゼンキチが戻ってきた。あるいはナイスタイミングと言うべきか。
「すまん、ジュースは売り切れだった。代わりに酔い醒ましの水を買ってきたけど、良かったか?」
「おい、聞いたかゼンキチ?」
「聞いてるわけないだろ。今帰ってきたんだから」
ニヤッと笑って、ガリルが、我らが狂ったボーカル様を指差して、共犯者のような口調で囁いた。
「こいつ、明日の国立記念日のスピーチ会場を乗っ取りたいって言ってんだぜ」
一瞬きょとんとしたゼンキチだったが、経緯を素早く読み取りこちらも不敵な笑みを浮かべる。
「ああなるほど。全員揃って頸をはねられる代わりに最高のショーを世界中継でお届けしましょうってか」
「最高のアイデアだろ?」
「ちょっと、ふたりとも! 俺はそこまで言ってないよ!」
トントン拍子で進んでいく話に慌てるダニー。その様子を見て意地悪なふたりはニヤニヤ笑っている。
「ん、じゃあ別日にやるのか?」
「うーん……確かに話を聞いてたら、明日演る方が面白そうに思えてきたけど」
「それ見たことか。お前は結局筋金入りのロックンローラーなんだよ」
意気消沈して酔い潰れそうになっていたガリルもとっくに目を覚まし、千切られたリッケンバッカー4001の弦を張り直す。
「サポートドラムスを頼めそうな奴いるか?」
「明日死にたいバンドマンならいくらでもいるだろ、こんなご時世じゃな。そいつに最高のフィナーレが付いてくるっていうんなら、溢れかえるほど立候補が立つぜ」
「じゃあ募集をかけろ」
言われる前からゼンキチは、ルージュ・バックを根城にしていたバンドマン達に一斉送信で、今持ち上がった計画について喧伝していた。符丁とスラングの入り混じった下品なメッセージをお偉方がハッキングして解読するには、ざっと三時間程度はかかるだろう。つまるところ、今は午前四時なのだから、早朝ゲリラライブを開催するには十分な余裕があるということだ。
おまけにいの一番に乗り気な返信をくれたドラマーは、ダニーの親友でこの街一番のベテラン、エーミールときている。風が吹いている。
「まあ、じゃ、やりますか。死ぬ覚悟いっちょ持っていって」
こんなに大事な事なのに、自分達は忘れかけていたのだ。
バンドマンがステージに上がるんだったら、魂ごと燃え尽きる覚悟がないといけないという事を。
きっと二時間後の国立記念ホールで、クロネコズは駆けつける警官隊が放つ銃弾の雨に撃たれボロボロになりながら、指が動かなくなるまで弦を弾き、喉が震えなくなるまで声を枯らすだろう。
それが英雄譚として語り継がれようが、見るも無残な愚行として指さされようが、彼らにはどうだっていい。
ただ、自分達は「歌いたい」だけなのだから。
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