神さまは生贄がお嫌いなようで

都茉莉

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生贄嫌いのホズミ

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 神域の境界を何者かが越えた感覚がして、ホズミは瞠目した。結界が破られたわけではないし、綻びがあったわけでもない。
 ーーだがこの気配は紛うことなく人間だった。
 結界を越えられる人間は二種類。徳の高い修行者か、……贄だ。
 どちらの方が多いかは場所によりけりだが、この山では前任者の性質のせいで高確率で後者だ。

 ホズミは深い溜息をついた。
 土地が不安定な自覚はあった。しょうがなかったのだ、先代が引き継ぎもなしに出ていってしまったのだから。
 でも、しばらくだ。土地が不安定だったのは短い期間だった……神の感覚では。
 それに、あとほんの僅かで土地は安定する予定だったのだ。

 なのに。それなのに、だ。生贄なんて送ってきやがって。ホズミは憤りでいっぱいだ。
 追い返そうそうしよう。不機嫌を隠しもせずー-別に隠さなきゃいけない相手もいないが--ツカツカ境界付近まで歩いていく。

 境界を越えた犯人は、やはり少女だった。
 年の頃は十五、六。きちりと正座しており、姿勢はまっすぐ。手は合わせられ、祈るように伏せられた長い睫毛が影を落としている。腰ほどまである射干玉の髪はたっぷりと美しい。左前の白い衣服は死装束。
 彼女が生贄であることを如実に示していた。
 ホズミが先手必勝とばかりに啖呵を切ろうと口を開きかけたそのとき、いきなりパチリと少女が目を開けた。

「あなた様が、ホズミ様でいらっしゃいますか?」

 驚くほど真っ直ぐな目。覚悟を決めた者の目だ。
 純粋な思いに弱い神たるホズミは、それを悟られぬよう先手を打った。

「確かに、私がホズミだ。でも、贄は受け取らない。それ以外の話なら聞こうじゃないか」
「受け取っていただかなければ困ります!」

 荒げた声を恥じるように頬に手を当てた少女は落ち着いた声音で繰り返した。

「わたくしを、さくやを贄として受け取り、どうか我が村に豊穣をお授けください」
「贄はいらない。供儀を捧げたいなら酒にしてくれ」

 ホズミはさくやから目を逸らし、突き放すように言った。自分の支配する土地に豊穣を授けるのはもともとホズミの仕事だ。だから贄などなくとも初めからするつもりだった。
 そんな事情など欠片も知らないさくやは苛立ち始めていた。仮にも神相手にたいした神経である。

「……今までずっと少女を受け取ってきたじゃないですか。わたしの何が不満だって言うんですか」

 ずいと身を乗り出し詰め寄るさくやになじられ、ホズミは浮気を責められる男の気分を味わうはめになった。
 今までとは別神べつじんだとか、君に限定したわけではなく生贄そのものが嫌だとか、弁解もいっそ哀愁漂う。本当に浮気男みたいだ。
 やっと神側の状況が伝わると、さくやは俯き、震える声を絞り出した。

「それじゃあ、わたしは無駄死だったって言うの……!?」
「死んでない! まだ死んでないから落ち着いてくれ!」

 泣いているのかと慌てて宥めたが、顔を上げたさくやの瞳はやり場のない怒りに燃えていた。

「死んでないってどういうことよ!」
「私に贄と認められていない君はまだ死んでいない。少し時間がかかるかもしれないけれど、外に出してやるから安心して」
「安心できるわけないでしょう!? 帰ったって、居場所なんかないわ」
「は……? 居場所がないってどういうことだよ」

 予定通り土地を安定させてさくやを返せば丸く収まるとばかり思っていたホズミは、思わず間抜けな声をあげた。

「当然でしょ? 贄の役割も果たせない出来損ない。神にすら拒まれた醜い魂、ってね」

 吐き捨てた彼女の言動には神への畏敬など欠片も残っていない。ホズミの神らしさとは違い本物だったのに。
 神的に真摯な子は好ましいし、もっと人と近くていいんじゃないかと常々思っているホズミ個人としても好ましく思う。どうにかしてやりたいと願ってしまった。

「私が一筆書いて先に送っておこう。大丈夫、そういうのは得意なんだ。準備が整うまではうちにいていい。何もないけどね」

 「そういうの」とは、説得ではなく丸め込みのことだ。伊達に100年以上生きてはいない。雅な筆致の裏から要求を突き刺すことなど雑作もない。
 ホズミが選んだ手段はさくやを正気に戻すのに足りたらしく、自分がしでかしたことを冷静に振り返り、赤くなったり青くなったり忙しい。
 ようやく落ち着いた彼女は小さく呟いた。

「神様らしくないけど、とっても神様ですね、ホズミ様は。傲慢で、理不尽で、でも、慈悲深い」
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