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半身の決裂
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家の外が騒がしかったが、外出禁止令を出されているミアには関係のないことだった。いつものように歌っていたが、ふと思い立って、そっと外を覗いてみた。
人々は慌ただしく行ったり来たりしていて、よくよく聞いてみると、シーアが行方不明だとわかった。
ミアは隙をみて抜け出し、古城へと向かった。慣れた道でも、いつも以上に人目を気にしなければならないから時間がかかる。やっとのことで辿り着いた古城は、いつもとどこか違った。てっぺんに向かう途中ふと思い当たった。
王子さまの歌が聞こえないんだわ。
何かあったのだろうか? それとも、しばらく来れなかったから心配している?
長いこと部屋に閉じこもっていたせいで重くなった身体を急がせた。
てっぺんに近付くにつれて、何か異臭がし始めた。だんだん明らかになっていったそれは、死の臭い。袖口を鼻にあてて室に乗り込んだ。
「な、なに……これ……」
愕然としたミアが目にしたのは、人の形をした消し炭と、側で呆然とへたりこむ王子さま。きっと消し炭はシーア。古城を気にしていたのは彼くらいだし、行方不明だと騒ぎになっていた。王子さまの服は胸元に穴があき、血に染まっていた。でも怪我は見当たらない。
「……」
暗く紅い瞳が力なくミアを写した。少し前まで人形じみた無表情だったのが嘘のように人間らしい複雑な表情が浮かんでいる。ゆっくりと開けた口から紡がれる歌声に乗せた感情は、ミアに浸透した。
途惑い。失望。孤独感。
巧妙に絡み合った溢れ出る感情。
その全てを受け取ったミアは、急にストンと納得してしまった。
王子さまは魔族で、ミアは人間。
ミアはご飯を食べなければ死んでしまうけれど、魔族である王子さまは魔力があればご飯はいらない。帰ってこなかった城への侵入者は、王子さまの魔力になったのだろう。
魔族は魔力を糧に生きる。他の生物の生気を魔力にして。
そう気付くと、ミアは笑ってしまった。何が半身だ。欠片も相手のことを理解できていなかったくせに。
ミアはじっと王子さまを眺めてみた。シーアを殺したのは王子さまだというのに、不思議と怖くはない。これまでとなんら変わらない王子さまだ。
変わったのはミアの方。
「あのね、わたし、ここに来てることバレちゃったの」
歌声を遮り、ミアはゆっくり切り出した。
「本当は外に出ちゃいけないんだけど、何も言っていなかったから……。だから、ね。もう、お別れなの」
魔王の証である紅い瞳を真っ直ぐ射抜いてそう言った。動揺する王子さまは人間くさくて、人形のようだった頃を思い出して、決心が鈍りそうになる。
口を開こうとする王子さまを無視して、ミアは続けた。
「ありがとう、さよなら。ーー大好きだわ」
突き刺さるような視線を感じたが、決してふり返らず町へ走った。
振り返ってはいけない。偶然が重なって、本来交わるはずのなかった人生が交錯したに過ぎなかったのだから。決して半身などではなかったのだから。
人間と魔族は一緒にいられない。
取り残された魔族の王子さまは、溢れ出る熱いものをそのままに、ミアの去った扉を見つめていた。
町の外れには人の寄り付かない古城がある。古城といっても、つい数十年前までは魔王が住み、魔族が集っていた。魔王が勇者に討たれてからは誰も住んでいないはずなのだが、時折美しい歌声が聞こえてくる。
悲哀が滲む、歌詞のない旋律だけの歌声と、懐旧が滲む、誰もが知る童謡が…………。
人々は慌ただしく行ったり来たりしていて、よくよく聞いてみると、シーアが行方不明だとわかった。
ミアは隙をみて抜け出し、古城へと向かった。慣れた道でも、いつも以上に人目を気にしなければならないから時間がかかる。やっとのことで辿り着いた古城は、いつもとどこか違った。てっぺんに向かう途中ふと思い当たった。
王子さまの歌が聞こえないんだわ。
何かあったのだろうか? それとも、しばらく来れなかったから心配している?
長いこと部屋に閉じこもっていたせいで重くなった身体を急がせた。
てっぺんに近付くにつれて、何か異臭がし始めた。だんだん明らかになっていったそれは、死の臭い。袖口を鼻にあてて室に乗り込んだ。
「な、なに……これ……」
愕然としたミアが目にしたのは、人の形をした消し炭と、側で呆然とへたりこむ王子さま。きっと消し炭はシーア。古城を気にしていたのは彼くらいだし、行方不明だと騒ぎになっていた。王子さまの服は胸元に穴があき、血に染まっていた。でも怪我は見当たらない。
「……」
暗く紅い瞳が力なくミアを写した。少し前まで人形じみた無表情だったのが嘘のように人間らしい複雑な表情が浮かんでいる。ゆっくりと開けた口から紡がれる歌声に乗せた感情は、ミアに浸透した。
途惑い。失望。孤独感。
巧妙に絡み合った溢れ出る感情。
その全てを受け取ったミアは、急にストンと納得してしまった。
王子さまは魔族で、ミアは人間。
ミアはご飯を食べなければ死んでしまうけれど、魔族である王子さまは魔力があればご飯はいらない。帰ってこなかった城への侵入者は、王子さまの魔力になったのだろう。
魔族は魔力を糧に生きる。他の生物の生気を魔力にして。
そう気付くと、ミアは笑ってしまった。何が半身だ。欠片も相手のことを理解できていなかったくせに。
ミアはじっと王子さまを眺めてみた。シーアを殺したのは王子さまだというのに、不思議と怖くはない。これまでとなんら変わらない王子さまだ。
変わったのはミアの方。
「あのね、わたし、ここに来てることバレちゃったの」
歌声を遮り、ミアはゆっくり切り出した。
「本当は外に出ちゃいけないんだけど、何も言っていなかったから……。だから、ね。もう、お別れなの」
魔王の証である紅い瞳を真っ直ぐ射抜いてそう言った。動揺する王子さまは人間くさくて、人形のようだった頃を思い出して、決心が鈍りそうになる。
口を開こうとする王子さまを無視して、ミアは続けた。
「ありがとう、さよなら。ーー大好きだわ」
突き刺さるような視線を感じたが、決してふり返らず町へ走った。
振り返ってはいけない。偶然が重なって、本来交わるはずのなかった人生が交錯したに過ぎなかったのだから。決して半身などではなかったのだから。
人間と魔族は一緒にいられない。
取り残された魔族の王子さまは、溢れ出る熱いものをそのままに、ミアの去った扉を見つめていた。
町の外れには人の寄り付かない古城がある。古城といっても、つい数十年前までは魔王が住み、魔族が集っていた。魔王が勇者に討たれてからは誰も住んでいないはずなのだが、時折美しい歌声が聞こえてくる。
悲哀が滲む、歌詞のない旋律だけの歌声と、懐旧が滲む、誰もが知る童謡が…………。
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