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第35話 敗北するものたち

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通い慣れたルールス先生の部屋だが、今日は雰囲気が違う。
入るなり、槍を突きつけられて、取り押さえられるところを、フィオリナが相手を殴り倒して、頭をふみつけようとしたところに、ぼくが止めに入りつつ、攻撃魔法を紡いでいた魔導師に手直にあった花瓶を投げつけて昏倒させた。

以上は一瞬で起こったので、ネイア先生も止めることは出来なかった。
それにしても。

フィオリナを連れてきておいて良かった。ぼくひとりでは、ここまで余裕たっぷりの迎撃などできなあから、怪我人かもしれない。

「まあ、こうなるなわなあ。」
ルールス先生が疲れた声で言った。

ランゴバルド伯爵は苦虫を噛み潰したような顔で、ぼくとフィオリナを睨んだ。
部屋には、ルールス先生とランゴバルド伯爵以外に5人の戦士が待ち構えていた。
全員が、伝説で、おとぎ話でその名を聞いたことがあるような武具を身につけていた。

フィオリナが殴り倒した男も、ぼくが花瓶を投げつけた女も、なんのダメージもないような顔で立ち上がった。

「フィオリナ、あまり手荒なことはしたくないのだ。」
ランゴバルド伯爵は、言い訳をするように言った。
「わたしは、あなたと、『踊る道化師』は別物だと思っている。
『踊る道化師』には、ランゴバルドにヴァルゴールの使徒を引き込んだ疑いがかかっているのだ。
だいじな婚約者なのは分かるが、もしそれが本当ならば、人類そのものに対する反逆者となる。
ぜひ冷静に判断をしてほしいのだ」

ランゴバルド伯爵は威厳をたたえた顔で、重々しく言った。

「もちろん、公明正大な裁判を受けさせることは約束しよう。
ヴァルゴールの使徒についての情報を素直に語ってくれれば、罪の減刑も可能だ。
ああ、もちろん然るべき『外交ルート』をもってクローディア大公陛下にもこのことは、報告させてもらう。
ランゴバルドは、何一つ闇に葬ったりはしない。
君の気持ちを踏みにじることもしない。ただ今は緊急事態なのだ。」

「なるほど。」
ぼくは、ぐるっと全員を見回した。

ネイア先生も。
また、伝説級の武具に身を包んでいた。軽装の鎧は露出部分は多いものの、防御力は高そうだった。
そして、その鎧はある種の呪いを弾く力があった。そう。

例えば、従属契約など。
「お話はよくわかりました。」
ぼくはとても愛想良く言った。

「観念した、ということか?」
ランゴバルド伯爵は気味悪そうに呟いた。
「なにかをしでかすつもりなら、無駄だ、と言っておく。ここには、ランゴバルドの誇る『聖櫃の守護者』が5名も揃っているのだ。」

「そうなんですね。」
ぼくはにこにこと笑いながら、言う。
「さぞかし、強いんでしょうね。」
「当たり前だろう。いずれも一騎当千の猛者が伝説級の武具をその身にまとっているのだ!」

「はいはい。
なら、みなさんの意見を聞いてみましょう。
ぼくをここで、逮捕するのに反対のかた、なんてまさかいませんよね。」

手が上がる。
当然ながらフィリオリナ。ルールス先生。それにネイア先生も。

「ネイア!なにを。
おまえはその鎧をまとうことで、こいつの従属契約から解放された、はず・・・」

緑の瞳の吸血鬼はため息をついた。

「だからと言って彼に対する信頼が崩れたわけではありません。
確かに、彼と彼の仲間には危険な要素もあります。ですがいまは閣下もおっしゃったように緊急事態です。
彼らの力を宛にしない手はない、のです。」

フィオリナが殴り倒した戦士も、ぼくが花瓶を投げつけた魔導師も、手をあげた。

「カゼウミっ! ラサベル! きさまらは・・・」
ランゴバルド伯は逆上しかけて、思いとどまった。
「おぬしらが、使徒アスタロトを逃したことを気に病むことはない。戦いには次もある。」

「ほう? 黄金級冒険者『首狩り』アスタロトとやりあったのか。うらやましいな。」
「フィオリナ姫!」
カザウミは跪いた。
ラサベルも続いた。
「なにとぞ、お力添えを。」
「ないとぞっ!」

「ということで、ここにいるぼくを除いた8名のうち、5名がぼくの逮捕には反対のようですが?」

「わたしはランゴバルドを代表して話をしている。わたしの決定がランゴバルドの意志だ!」
「いや、ルールス先生もれっきとした王室の一員でしょう? それを差し置いて、一都市の領主がランゴバルドを代表するなど・・・」

「閣下、申し上げます・・・我ら両名は、アスタロトに逃げられたのではありません。
あのまま戦いを続けていれば、我らはあのモノ一人に圧倒されておりました。」
「わたしたちは、かのモノに見逃してもらったのです。実際に12使徒を目の当たりにしたわたしたちの進言をどうか、お聞き入れください。」

ランゴバルド伯爵は、真っ赤になって押し黙った。優秀な部下、王族を無視できるほどの蛮勇はない。かといって、一度口にした逮捕という言葉をひっこめるのもプライドが許さないようだった。

フィオリナが、思い出したように言った。
「そう言えば、ルトを逮捕することにおいて、クローディア公国には話を通すと言っていたが、グランダには話をしてあるのか?」

「グランダ・・・ですか?」
意外なことをきく、という風にランゴバルド伯爵は怪訝そうに顔をあげた。
「いえ・・・すでにクローディア大公国は、グランダからは独立したと伺っております。」

「わたしの婚約者殿は、グランダの王子だ。継承権は捨ててきたが、現国王エルマート陛下の兄上にあたる。」

今度こそ、ランゴバルト伯爵は黙り込んだ。

「ということだ、アルフェス。」
ルールス先生は、ランゴバルド伯をファーストネームで呼んで、にやりと笑った。
「これ以上無駄に抵抗するか? それとも彼らとともに使徒への対策の打ち合わせをはじめるか、選んでもらおうか。もちろん、前者ならわたしの執務室から速攻立ち去ってもらうがな。
『聖櫃の守護者』はおいていけ。こいつらにランゴバルド中の英雄級冒険者をかき集めれば、ルトたちの目にもかなう戦力となるだろう。」                  
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