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第三章 バルトフェル奪還戦
第48話 調停者の降臨
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「そんなものが、払えるか!」
ワルド伯爵は、そう叫んだ。
同じことを叫ぶのが何回目なのか、彼は数えることをやめていた。
竜珠のなかの、アイザック・ファウブルは、愛想良く笑って頷いた。
「なるほど。わたしたちが、派遣した保安部隊だ。そちらに許可を得てない以上、報奨を求めるのは確かに難しいかもしれませんな。」
難しいどころではない。
実際の戦では、勝ち馬に乗るために、ほぼ勝敗の決まった段階で、落ち武者狩りに精を出すだけで、武功を申し立ててくる勢力はいくらでもある。
ワルド伯爵自身もそのような形で、他領の戦に首を突っ込んだことがあった。集まった家臣たちもそれはよくわかっていたので、これは皮肉としてとられた。
「わたしたちも多くは望みますまい。」
鉄道公社という大勢力の幹部は、あくまで友好的に微笑んでいる。
「現実的に発生した費用のみ、負担いただければけっこうだ。」
「し、しかし…」
ワルド伯爵はしぶった。
それだけの金額ではあった。
「この金額は…」
「これは失礼をした。」
保安局長はうっかりしていた、というふうに言った。
「鉄道設備の点検、修理にかかる期間、列車の運行を停止しないとならない。それにかかる遅延損害金をいれるのを失念していた。
いや、これについては当方のミスを認めよう
。わかった。その分も請求は諦めましょう。
さて、必要最小限のお支払い、いかようにお支払いされる?
ここでお約束をいただきたいのだが。」
「し、知らん!」
ワルド伯爵は、なおも言い張った。
家臣たちは心配そうに、伯爵の顔色を伺っていた。
実際に、アイザック局長閣下の話をもっともだと、感じるものも増えている。
下手に反対しても、相手が悪い。
それどころか請求額がつりあがる可能性すらあるのではないかと。
「うむ。」
偉そうに。
ここにいる誰よりも偉そうに、アデルは頷いた。
「うむ。両者の意見はまったくの平行線だな。
これでは、解決は望めない。」
そうかな。
と、伯爵の家臣たちの大多数が思った。
どう考えても我らが主君のほうが無理を言ってるんじゃなかろうか。
あとは、費用を分割するとか、直轄領の一部を割譲することで、相殺してもらうとかの条件面の交渉くらいで。
「どちらの言い分にもそれぞれ理はある。
ここは」
アデルの捧げる竜珠のなかには、若く美しい女性の姿があった。
「“調停者”に裁定を仰ぐしかないでしょう。」
竜珠のなかの女性。
見た目は二十代にしかみえないその女性は。
「ランゴバルド冒険者学校顧問ルールスという。」
全体に小作りで、かわいらしかさえあるその顔のなかで、目だけが一瞬、揺らめく光の炎を吹き上げた。
「“調停者”として、この件を裁定されてもらうが、双方依存はないか?」
「いや、ルールス姫。」
アイザック・ファウブルは、ルールスの映る竜樹を見ながら言った。
「わたしとしては、必要最小限の正統な請求を申し上げているだけです。
どちらにもそれぞれの正義、それぞれの理があり、どうにも双方で解決がつかぬ場合にのみ、“調停者”が調停を行う決まりのはず。」
「実際に、交渉は行き詰まっているのであろろう?」
ルールスはそう言って笑ったが、すぐに顔を顰め、
「これでは、話しにくい。アデル、あれをやってくれ。」
アデルは、頷いて、目を閉じて短い呪文を唱えた。
竜珠は、破裂したよう輝き、輝きが終わったとき、そこに、ルールスがいた。
生身の肉体がそこに転移したかのようであったが、身体の輪郭がわずかに輝いていて、実体でないことはわかる。
ぐるりと周りを見回して、満足そうに、ルールスは頷いた。
「うん、これで話しやすくなった。」
「あの魔法は…」
アイザック・ファウブルがうめいた。
「簡易的な転移魔法だと思っていただければ。実体はありませんが、こちらに実際にいるのと同じように、周りを見たり、聞いたり、ものに触ることもできます。
ものを食べたり、飲んだりすることも出来るのですが、これを魔法的にどう解釈したら良いのかは、まだ諸説あって」
「驚かないのか、ルウエンくん。」
「あれを、アデルに教えたのはぼくでして。」
同じようにいたしましょうか。
と、言ってルウエンは、手の中の竜珠を強く握った。
光が走り、そこには、初老の男、鉄道公社保安局長アイザック・ファウブルがたっていた。
「こ、これは…」
彼は自分の手を握ったり開いたり、周りを見回したあとで、ルウエンに握手を求めた。少年の手を握りながら、感嘆したように話した。
「この魔法は、絶士に伝授いただくことはできるか?」
「検討します。」
ルウエンは、屈託なく笑った。
「それよりも、全世界に7人しかいない“調停者”を呼び出したのです。なにとぞ歩み寄りをお願いいたします。」
“調停者”。
一時、西域人間社会をまとめていた国家の権威、とくに八列強がその地位を失うにつれ、いったん戦いが起こってしまうとそれは、収集のつかない殲滅戦になりがちであった。
また、外交ルートもほぼ崩壊したため、なにかと武力行使の機会が増えたこともある。
この状態をすこしでも改善すべく、「血を見なければ解決できない状況を流血なしで解決する」ために、他ならぬ「黒の御方」と「災厄の女神」が指名したのが調停者である。
それは、見識や知識、特殊な能力などさまざまな要因をもって選別、指名されたが、その人数はわずかに7人。
今回、姿を見せた真実の目のルールスをはじめ、賢者ウィルニアや、銀雷の魔女ドロシー、背教者ゲオルグ、血の聖者サノス錚々たである。
ワルド伯爵は、そう叫んだ。
同じことを叫ぶのが何回目なのか、彼は数えることをやめていた。
竜珠のなかの、アイザック・ファウブルは、愛想良く笑って頷いた。
「なるほど。わたしたちが、派遣した保安部隊だ。そちらに許可を得てない以上、報奨を求めるのは確かに難しいかもしれませんな。」
難しいどころではない。
実際の戦では、勝ち馬に乗るために、ほぼ勝敗の決まった段階で、落ち武者狩りに精を出すだけで、武功を申し立ててくる勢力はいくらでもある。
ワルド伯爵自身もそのような形で、他領の戦に首を突っ込んだことがあった。集まった家臣たちもそれはよくわかっていたので、これは皮肉としてとられた。
「わたしたちも多くは望みますまい。」
鉄道公社という大勢力の幹部は、あくまで友好的に微笑んでいる。
「現実的に発生した費用のみ、負担いただければけっこうだ。」
「し、しかし…」
ワルド伯爵はしぶった。
それだけの金額ではあった。
「この金額は…」
「これは失礼をした。」
保安局長はうっかりしていた、というふうに言った。
「鉄道設備の点検、修理にかかる期間、列車の運行を停止しないとならない。それにかかる遅延損害金をいれるのを失念していた。
いや、これについては当方のミスを認めよう
。わかった。その分も請求は諦めましょう。
さて、必要最小限のお支払い、いかようにお支払いされる?
ここでお約束をいただきたいのだが。」
「し、知らん!」
ワルド伯爵は、なおも言い張った。
家臣たちは心配そうに、伯爵の顔色を伺っていた。
実際に、アイザック局長閣下の話をもっともだと、感じるものも増えている。
下手に反対しても、相手が悪い。
それどころか請求額がつりあがる可能性すらあるのではないかと。
「うむ。」
偉そうに。
ここにいる誰よりも偉そうに、アデルは頷いた。
「うむ。両者の意見はまったくの平行線だな。
これでは、解決は望めない。」
そうかな。
と、伯爵の家臣たちの大多数が思った。
どう考えても我らが主君のほうが無理を言ってるんじゃなかろうか。
あとは、費用を分割するとか、直轄領の一部を割譲することで、相殺してもらうとかの条件面の交渉くらいで。
「どちらの言い分にもそれぞれ理はある。
ここは」
アデルの捧げる竜珠のなかには、若く美しい女性の姿があった。
「“調停者”に裁定を仰ぐしかないでしょう。」
竜珠のなかの女性。
見た目は二十代にしかみえないその女性は。
「ランゴバルド冒険者学校顧問ルールスという。」
全体に小作りで、かわいらしかさえあるその顔のなかで、目だけが一瞬、揺らめく光の炎を吹き上げた。
「“調停者”として、この件を裁定されてもらうが、双方依存はないか?」
「いや、ルールス姫。」
アイザック・ファウブルは、ルールスの映る竜樹を見ながら言った。
「わたしとしては、必要最小限の正統な請求を申し上げているだけです。
どちらにもそれぞれの正義、それぞれの理があり、どうにも双方で解決がつかぬ場合にのみ、“調停者”が調停を行う決まりのはず。」
「実際に、交渉は行き詰まっているのであろろう?」
ルールスはそう言って笑ったが、すぐに顔を顰め、
「これでは、話しにくい。アデル、あれをやってくれ。」
アデルは、頷いて、目を閉じて短い呪文を唱えた。
竜珠は、破裂したよう輝き、輝きが終わったとき、そこに、ルールスがいた。
生身の肉体がそこに転移したかのようであったが、身体の輪郭がわずかに輝いていて、実体でないことはわかる。
ぐるりと周りを見回して、満足そうに、ルールスは頷いた。
「うん、これで話しやすくなった。」
「あの魔法は…」
アイザック・ファウブルがうめいた。
「簡易的な転移魔法だと思っていただければ。実体はありませんが、こちらに実際にいるのと同じように、周りを見たり、聞いたり、ものに触ることもできます。
ものを食べたり、飲んだりすることも出来るのですが、これを魔法的にどう解釈したら良いのかは、まだ諸説あって」
「驚かないのか、ルウエンくん。」
「あれを、アデルに教えたのはぼくでして。」
同じようにいたしましょうか。
と、言ってルウエンは、手の中の竜珠を強く握った。
光が走り、そこには、初老の男、鉄道公社保安局長アイザック・ファウブルがたっていた。
「こ、これは…」
彼は自分の手を握ったり開いたり、周りを見回したあとで、ルウエンに握手を求めた。少年の手を握りながら、感嘆したように話した。
「この魔法は、絶士に伝授いただくことはできるか?」
「検討します。」
ルウエンは、屈託なく笑った。
「それよりも、全世界に7人しかいない“調停者”を呼び出したのです。なにとぞ歩み寄りをお願いいたします。」
“調停者”。
一時、西域人間社会をまとめていた国家の権威、とくに八列強がその地位を失うにつれ、いったん戦いが起こってしまうとそれは、収集のつかない殲滅戦になりがちであった。
また、外交ルートもほぼ崩壊したため、なにかと武力行使の機会が増えたこともある。
この状態をすこしでも改善すべく、「血を見なければ解決できない状況を流血なしで解決する」ために、他ならぬ「黒の御方」と「災厄の女神」が指名したのが調停者である。
それは、見識や知識、特殊な能力などさまざまな要因をもって選別、指名されたが、その人数はわずかに7人。
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