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第62話 魔女と盗賊1
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「繭」は、いまのところカザリームでしか存在しない昇降装置だった。
基本は1人乗りで、張り巡らされた糸にそって、上下する。
まさに、繭を連想させるような繊維を織った球体で、触り心地は、ふわふわと頼りなさそうに思えるが、けっこい丈夫である。
建物が十階を越えると、どんな健脚な者も、上り下りに辟易してくる。強化された鉄の骨組みを備える建築技術があるにも関わらず、カザリーム以外で五階を越える建物が、まずない理由であり、カザリームが、このところ数十階の建物を次々と建築している理由でもある。
多くの建物は、中心部を吹き抜け構造にし、繭を昇降させている。
さらには、高層建物群を丸ごと、巣をかけ、その中で自在の繭を走らせるようにしている街区も現れた。
そうした街区では、人々は高層建築の上階にある我が家から、仕事場や学校に一度も地上に降りることなく、通勤、通学するものもいた。
クラード校の入るラコプラード=ピッケ構造体も、そうした繭の立体移動に対応はしていたのだが、この街に来て間もないドロシーには、そういう混みいった操作は荷が重すぎたようだった。
大人しく一階に、繭で降りたところを、柄の悪そうな男女に取り囲まれる。
「転校生のドロシーってのはおまえか?
ローバル坊ちゃんに、失礼があったらしいな。」
にやにやと笑いを浮かべる優男が、ドロシーの顎をつかんだ。
「礼儀ってもんを教えてやるよ、お嬢ちゃん。」
目の周りに隈取のように、入れ墨を施した女が言った。
「おいおい、オレたちのするのは雌犬のしつけだぜ。礼儀なんざ、もったいねえ。」
上半身は裸同然。筋肉男が、そう嘯いた。
「てめえが、覚えるのはまずは、ケツの振り方だ。それから順番に仕込んでやる。」
ドロシーは、チラと建物の受付に、目をやった。
案内係の女性は、気の毒そうに目を逸らした。
見ないふりをするのか。
ならそれでいい。
顎を掴んだ手に、自分の手をそえる。
わずかに電気を流してやると、「痛っ!」と言いながら、手を離した。
素人ではないのだろう。下がりながら、腰の剣の柄に手をやっている。
その手にさらに、手を添える。
今度は、柄を握る手ごと、凍り付かせた。
「てめえっ! 俺らを銀級冒険者『アボール冒険団』と知って、反抗しやがるのか!」
筋肉男が、胸の筋肉を強調あうるように、一歩前に。そして転んだ。
床が凍りついている。
もちろん、ドロシーの魔法だ。
氷の魔法は得意だし、火焔の魔法ではエントランスの無関係な人にまで、危害が及んでしまう。
せっかく受付嬢が、見ないふりをしてくれているのに、迷惑はかけられない。
「拳士だと思っていたが、魔法士かい。」
入れ墨の女が、拳を突き合わせた。
指に嵌めたリングが打ち鳴らされ、共鳴音とともに、焔をまとったトカゲが現れる。
大きさは十分の一メトルもない。
だが、なにかの魔法生物であることは、間違いなかった。
その小さな体にに合わない熱波を放ちながら、軋るような声を上げた。
チラとみやると、受付嬢がデスクの水晶に手を当てて、救援を求めている。
いい判断。
ドロシーは、構わず火トカゲを掴んだ。指は氷でコーティングしてある。
あっという間に溶けるが、別にこいつとイチャイチャするつもりはない。魔力撃。
トカゲの体内の魔力場が乱れ、それは魔法生物にとっては、消滅を意味する。
入れ墨女は、顔色を変えて、背後にたつローバル坊ちゃんを振り返った。
「わたしのバジルスイが一瞬で散らされた。こいつ、いったい何者です!?」
「しらん! 一応冒険者だとは名乗っていた。確か『踊る道化師』とかいう…」
「すいませんでしたあああぁっ!」
女は床にダイブするように土下座した。
ローバル坊ちゃんの髪を掴んで、道連れにしている。
優男と筋肉男も、呆然としたのち、床に膝をついた。
「あの伝説の試合には、出場されていなかったので。」
ビシッと決めていた髪型まで元気なく、垂れた優男がモゴモゴと言った。
「すいません。あなたさまも『踊る道化師』のお一人とは存じ上げず。」
「ぎ、銀雷の魔女っ!」
筋肉男が、気がつたように叫んだ。
「銀雷の魔女ドロシーだっ!」
「いかにも。」
ドロシーは、ちょっともったいぶって呟くように言った。
とっとと、こいつらから立ち去るには、こいつらが思うような自分を演出するのが一番だ。
「グランダ魔道院との対抗戦で、そんなふうに呼ばれていたが。」
「わかりました。」
入れ墨女が、ローバル坊ちゃんの髪を掴んで顔を上げさせた。
結構な勢いで床に叩きつけられた余波で、額が割れて、血が滴っていた。
「こいつは、わたしが殺します。それで手打ちってことで。」
「ほう? おまえらの論理ではそうなるか。」
女の顔がさらにひきつった。
「ボック男爵家は、今日中にこの世から消滅させます。」
「それは、これ以上わたしたちに関わってきたときでいい。小僧の手当をしろ。血で汚れた床を清めて立ち去れ。わたしは忙しい。」
冒険者たちがさっそくその作業にかかるのを、横目で見ながらドロシーは、足早にその場を立ち去った。
ドロシーは忙しい。
リウは、フィオリナβに夢中である。
フィオリナと断腸の思いで、別れ、たどり着いた先で、フィオリナと巡り逢ったのだ。
完全におかしい、と、ドロシーは思うのだが、本人がいいなら口を挟む必要はないだろう。
しかし、本来有能なリウがそれで、まったくの役立たず(パーティリーダーとして)になってしまった。
クロウドは、こんなことには向かず、ファイユはお子ちゃまだ。マシューは、どんなときでもまんべんなく役に立たない。
つまりは、あれやこれやは、ドロシーが一人でこなすしかないのだ。
ああ、わたしがもう一人いれば。というか、ルトがいれば!
ルト、ルト、会いたいよ。そばにいて!
「遅いよ。」
建物を出たところで、エミリアが待っていた。
「ごめん。ちょっとトラブルで。」
「リウさまは?」
「ベータのとこ。なんにゃら魔道具作りを一緒にやって、一緒に帰るってさ。」
「まあ、ラブラブね。
…
で、どこに一緒に帰るって?」
「そういうこと。」
基本は1人乗りで、張り巡らされた糸にそって、上下する。
まさに、繭を連想させるような繊維を織った球体で、触り心地は、ふわふわと頼りなさそうに思えるが、けっこい丈夫である。
建物が十階を越えると、どんな健脚な者も、上り下りに辟易してくる。強化された鉄の骨組みを備える建築技術があるにも関わらず、カザリーム以外で五階を越える建物が、まずない理由であり、カザリームが、このところ数十階の建物を次々と建築している理由でもある。
多くの建物は、中心部を吹き抜け構造にし、繭を昇降させている。
さらには、高層建物群を丸ごと、巣をかけ、その中で自在の繭を走らせるようにしている街区も現れた。
そうした街区では、人々は高層建築の上階にある我が家から、仕事場や学校に一度も地上に降りることなく、通勤、通学するものもいた。
クラード校の入るラコプラード=ピッケ構造体も、そうした繭の立体移動に対応はしていたのだが、この街に来て間もないドロシーには、そういう混みいった操作は荷が重すぎたようだった。
大人しく一階に、繭で降りたところを、柄の悪そうな男女に取り囲まれる。
「転校生のドロシーってのはおまえか?
ローバル坊ちゃんに、失礼があったらしいな。」
にやにやと笑いを浮かべる優男が、ドロシーの顎をつかんだ。
「礼儀ってもんを教えてやるよ、お嬢ちゃん。」
目の周りに隈取のように、入れ墨を施した女が言った。
「おいおい、オレたちのするのは雌犬のしつけだぜ。礼儀なんざ、もったいねえ。」
上半身は裸同然。筋肉男が、そう嘯いた。
「てめえが、覚えるのはまずは、ケツの振り方だ。それから順番に仕込んでやる。」
ドロシーは、チラと建物の受付に、目をやった。
案内係の女性は、気の毒そうに目を逸らした。
見ないふりをするのか。
ならそれでいい。
顎を掴んだ手に、自分の手をそえる。
わずかに電気を流してやると、「痛っ!」と言いながら、手を離した。
素人ではないのだろう。下がりながら、腰の剣の柄に手をやっている。
その手にさらに、手を添える。
今度は、柄を握る手ごと、凍り付かせた。
「てめえっ! 俺らを銀級冒険者『アボール冒険団』と知って、反抗しやがるのか!」
筋肉男が、胸の筋肉を強調あうるように、一歩前に。そして転んだ。
床が凍りついている。
もちろん、ドロシーの魔法だ。
氷の魔法は得意だし、火焔の魔法ではエントランスの無関係な人にまで、危害が及んでしまう。
せっかく受付嬢が、見ないふりをしてくれているのに、迷惑はかけられない。
「拳士だと思っていたが、魔法士かい。」
入れ墨の女が、拳を突き合わせた。
指に嵌めたリングが打ち鳴らされ、共鳴音とともに、焔をまとったトカゲが現れる。
大きさは十分の一メトルもない。
だが、なにかの魔法生物であることは、間違いなかった。
その小さな体にに合わない熱波を放ちながら、軋るような声を上げた。
チラとみやると、受付嬢がデスクの水晶に手を当てて、救援を求めている。
いい判断。
ドロシーは、構わず火トカゲを掴んだ。指は氷でコーティングしてある。
あっという間に溶けるが、別にこいつとイチャイチャするつもりはない。魔力撃。
トカゲの体内の魔力場が乱れ、それは魔法生物にとっては、消滅を意味する。
入れ墨女は、顔色を変えて、背後にたつローバル坊ちゃんを振り返った。
「わたしのバジルスイが一瞬で散らされた。こいつ、いったい何者です!?」
「しらん! 一応冒険者だとは名乗っていた。確か『踊る道化師』とかいう…」
「すいませんでしたあああぁっ!」
女は床にダイブするように土下座した。
ローバル坊ちゃんの髪を掴んで、道連れにしている。
優男と筋肉男も、呆然としたのち、床に膝をついた。
「あの伝説の試合には、出場されていなかったので。」
ビシッと決めていた髪型まで元気なく、垂れた優男がモゴモゴと言った。
「すいません。あなたさまも『踊る道化師』のお一人とは存じ上げず。」
「ぎ、銀雷の魔女っ!」
筋肉男が、気がつたように叫んだ。
「銀雷の魔女ドロシーだっ!」
「いかにも。」
ドロシーは、ちょっともったいぶって呟くように言った。
とっとと、こいつらから立ち去るには、こいつらが思うような自分を演出するのが一番だ。
「グランダ魔道院との対抗戦で、そんなふうに呼ばれていたが。」
「わかりました。」
入れ墨女が、ローバル坊ちゃんの髪を掴んで顔を上げさせた。
結構な勢いで床に叩きつけられた余波で、額が割れて、血が滴っていた。
「こいつは、わたしが殺します。それで手打ちってことで。」
「ほう? おまえらの論理ではそうなるか。」
女の顔がさらにひきつった。
「ボック男爵家は、今日中にこの世から消滅させます。」
「それは、これ以上わたしたちに関わってきたときでいい。小僧の手当をしろ。血で汚れた床を清めて立ち去れ。わたしは忙しい。」
冒険者たちがさっそくその作業にかかるのを、横目で見ながらドロシーは、足早にその場を立ち去った。
ドロシーは忙しい。
リウは、フィオリナβに夢中である。
フィオリナと断腸の思いで、別れ、たどり着いた先で、フィオリナと巡り逢ったのだ。
完全におかしい、と、ドロシーは思うのだが、本人がいいなら口を挟む必要はないだろう。
しかし、本来有能なリウがそれで、まったくの役立たず(パーティリーダーとして)になってしまった。
クロウドは、こんなことには向かず、ファイユはお子ちゃまだ。マシューは、どんなときでもまんべんなく役に立たない。
つまりは、あれやこれやは、ドロシーが一人でこなすしかないのだ。
ああ、わたしがもう一人いれば。というか、ルトがいれば!
ルト、ルト、会いたいよ。そばにいて!
「遅いよ。」
建物を出たところで、エミリアが待っていた。
「ごめん。ちょっとトラブルで。」
「リウさまは?」
「ベータのとこ。なんにゃら魔道具作りを一緒にやって、一緒に帰るってさ。」
「まあ、ラブラブね。
…
で、どこに一緒に帰るって?」
「そういうこと。」
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