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第81話 時は移ろい
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カザリームでの暮らし。
歳月はゆっくり過ぎて行った。
ルトもいない。
ジウルもいない。
そんな暮らしが、あり得るのだろうかと、カザリーム行きが決まった時に、本気でドロシー心配していたのだが、なんとかなるものだった。
愛情が冷めた。
とは、自分でも思いたくなかったが、日々が過ぎるうちに、何かがゆっくりと冷えていくのがわかる。
ジウルを思い出して、あれこれすることも、ルトを思い出して泣くことも少なくなった。
それは、あきらめ、と呼ばれるものなのか。
強い日差しに、辟易していたのも束の間、街路樹の葉の色が変わり、ある朝、外に出たドロシーは、肌寒さを感じた。
すっかり、慣れた『繭』での通学。学校について、気がつくと、学友たちは、丈の短いコートを制服の上から羽織っている。
「何やってるの、ドロシーは。」
と、結構仲が良くなったクラスメイトが笑った。
「いつまでも、夏の格好じゃ寒いでしょ。コートは持ってないの?」
「マントなら。」
と、ドロシーは答えて、また笑われた。
中原の文化が、色濃いカザリームでは、マントは儀礼用の正装であり、防寒具として使われることは、まず、ない。
この時期は、腰丈の短いコートを、制服のジャケットの上から羽織るものだ、と聞いて、またドロシーは赤面した。
そうだった。
学校の制服があるのをいいことに、また、訓練と実戦の繰り返しで、カザリームに来てから、衣類といえば消耗品以外、買ったことがなかった。
どうしたものだろう。
「踊る道化師」自体の資金は、潤沢だった。
トーナメントの報奨金、宝珠の回収、『ジャラドス歪冥宮』三層の開拓。
以上で、並のパーティならば、引退を考える金額が貯まっている。
特に、ディクックのホテル「崇高なる塔」は、すっかりカザリームの名物になっていた。
冒険者たちが、さらに下層を目指すための中継基地としての機能ももちろん、気軽に、「迷宮」を楽しめる宿泊施設として、とんでもない人気が出たのである。
中は、カジノやらプールやら、中原流にいうならいわば「リゾートホテル」のように、人を惹きつけたのだった。
その上りの一部は、出資者である「沈黙」や「ロゼル一族」、そして「踊る道化師」にも流れ込んだ。
その管理をしているのは、実はドロシーだった。
リウは、浪費家、というより、金銭感覚がまるでなく、欲しいものは欲しがる一方で、必要なものでも興味がなければ見向きもしなかった。
つまりは、生活力はゼロである。
エミリアは、自分の取り分は「ロゼル」の分として、しっかり取っていたので、こちらの分については、ノータッチだった。
ファイユは、しっかり無駄使いをした。
女と呑むのを商売にする男に、入れあげて、コンドミニアムを一軒買えるほどの金額と、おそらくは彼女の純潔も相手の男に差し出したのだ。
このファイユの使い込みが、ばれたのも最後の最後で支払いを滞らせたファイユのもとに、見るからにたちの良くないゴロツキを連れて、男が訪れたからだった。
ゴロツキは、クロウドに叩きのめされ、男もたっぷりと締めあげられた。
金はだいぶ戻ってきた。
(すべて、ではないのは、ファイユが飲み食いした分はきちんと払わねば、とお人好しのクロウドが考えたからだ)
ファイユの純潔は、戻ってこなかったが。
クロウドは、食って寝て訓練して迷宮でそれを、試す。というこれ以上ないほどの強くなるためのルーティンを、着実にこなしていた。
迷宮探索のない日は、冒険者学校時代と同様に、リウに稽古をつけてもらうのだが、そこに必ずベータも加わり、また関係の無いクラスメイトも参加したので、まるで冒険者学校の「魔王党」に似た雰囲気になっていた。
ドロシーが気を利かせて、サークルとして申請を出したので、それは武道や魔法を実戦に近い形で学ぶための集まりとして、なかなかに人気をはくすることになった。
そして、マシューは、特に語ることもなかった。
ドロシーは、なんどか彼と二人で、デートを、してはみたものの、仲がそれ以上深まることも無く、かといって、別れるでもない微妙な関係が続いていた。
ある日。
ファイユの剣が見えなくなった。
ある日。
クロウドの剛拳が捌けなくなった。
ここらが限界か。と、ドロシーは思う。
もともと、自分は戦いにむいてはいなかったのだ。
予定より少し早いが、裏方に回る方がいいだろう。気負いもなく、ただほんの少しだけ、寂しく思いながらも、ドロシーは、迷宮行きを二回に一度は断るようにした。
かわりに、銀雷の魔女は、「沈黙」の事務所に出入りし、有力な冒険者事務所で構成される評議会に顔を出し、ひたすらに自分自身を責めるかのように、働き、学び、気がついたときには、季節も変わっていた、という訳だ。
よかったら、帰りに服を見ていかない?
と、クラスメイトは誘った。裕福な商家の娘だという話だった。
ドロシーは、彼女を傷つかないように丁寧に断ってから、帰りにひとり、ブティック街をぶらついてみた。
日が落ちたあとは、急激に風が冷たくなる。
襟なしのジャケットでは、襟をたてることすらできない。
飛び込んだ店でマフラーを、買った。
いつの間にか吐く息が白い。
ずいぶん冷え込む。
そう思っていたら、空から白いものが降っていた、
グランダはもちろん、ランゴバルドよりかなり、南に位置するカザリームでも雪は降るのだ。
いっそ、なにもかも雪が覆い隠してくれたらいい。
と、ドロシーは願った。
その思いに応えるように、人影が現れる。
雪にかくれるような白装束の男は。
「銀雷の魔女ドロシーか?」
「あなたは?」
「ドゥノル・アゴン。新たな時代の魔王だ。」
歳月はゆっくり過ぎて行った。
ルトもいない。
ジウルもいない。
そんな暮らしが、あり得るのだろうかと、カザリーム行きが決まった時に、本気でドロシー心配していたのだが、なんとかなるものだった。
愛情が冷めた。
とは、自分でも思いたくなかったが、日々が過ぎるうちに、何かがゆっくりと冷えていくのがわかる。
ジウルを思い出して、あれこれすることも、ルトを思い出して泣くことも少なくなった。
それは、あきらめ、と呼ばれるものなのか。
強い日差しに、辟易していたのも束の間、街路樹の葉の色が変わり、ある朝、外に出たドロシーは、肌寒さを感じた。
すっかり、慣れた『繭』での通学。学校について、気がつくと、学友たちは、丈の短いコートを制服の上から羽織っている。
「何やってるの、ドロシーは。」
と、結構仲が良くなったクラスメイトが笑った。
「いつまでも、夏の格好じゃ寒いでしょ。コートは持ってないの?」
「マントなら。」
と、ドロシーは答えて、また笑われた。
中原の文化が、色濃いカザリームでは、マントは儀礼用の正装であり、防寒具として使われることは、まず、ない。
この時期は、腰丈の短いコートを、制服のジャケットの上から羽織るものだ、と聞いて、またドロシーは赤面した。
そうだった。
学校の制服があるのをいいことに、また、訓練と実戦の繰り返しで、カザリームに来てから、衣類といえば消耗品以外、買ったことがなかった。
どうしたものだろう。
「踊る道化師」自体の資金は、潤沢だった。
トーナメントの報奨金、宝珠の回収、『ジャラドス歪冥宮』三層の開拓。
以上で、並のパーティならば、引退を考える金額が貯まっている。
特に、ディクックのホテル「崇高なる塔」は、すっかりカザリームの名物になっていた。
冒険者たちが、さらに下層を目指すための中継基地としての機能ももちろん、気軽に、「迷宮」を楽しめる宿泊施設として、とんでもない人気が出たのである。
中は、カジノやらプールやら、中原流にいうならいわば「リゾートホテル」のように、人を惹きつけたのだった。
その上りの一部は、出資者である「沈黙」や「ロゼル一族」、そして「踊る道化師」にも流れ込んだ。
その管理をしているのは、実はドロシーだった。
リウは、浪費家、というより、金銭感覚がまるでなく、欲しいものは欲しがる一方で、必要なものでも興味がなければ見向きもしなかった。
つまりは、生活力はゼロである。
エミリアは、自分の取り分は「ロゼル」の分として、しっかり取っていたので、こちらの分については、ノータッチだった。
ファイユは、しっかり無駄使いをした。
女と呑むのを商売にする男に、入れあげて、コンドミニアムを一軒買えるほどの金額と、おそらくは彼女の純潔も相手の男に差し出したのだ。
このファイユの使い込みが、ばれたのも最後の最後で支払いを滞らせたファイユのもとに、見るからにたちの良くないゴロツキを連れて、男が訪れたからだった。
ゴロツキは、クロウドに叩きのめされ、男もたっぷりと締めあげられた。
金はだいぶ戻ってきた。
(すべて、ではないのは、ファイユが飲み食いした分はきちんと払わねば、とお人好しのクロウドが考えたからだ)
ファイユの純潔は、戻ってこなかったが。
クロウドは、食って寝て訓練して迷宮でそれを、試す。というこれ以上ないほどの強くなるためのルーティンを、着実にこなしていた。
迷宮探索のない日は、冒険者学校時代と同様に、リウに稽古をつけてもらうのだが、そこに必ずベータも加わり、また関係の無いクラスメイトも参加したので、まるで冒険者学校の「魔王党」に似た雰囲気になっていた。
ドロシーが気を利かせて、サークルとして申請を出したので、それは武道や魔法を実戦に近い形で学ぶための集まりとして、なかなかに人気をはくすることになった。
そして、マシューは、特に語ることもなかった。
ドロシーは、なんどか彼と二人で、デートを、してはみたものの、仲がそれ以上深まることも無く、かといって、別れるでもない微妙な関係が続いていた。
ある日。
ファイユの剣が見えなくなった。
ある日。
クロウドの剛拳が捌けなくなった。
ここらが限界か。と、ドロシーは思う。
もともと、自分は戦いにむいてはいなかったのだ。
予定より少し早いが、裏方に回る方がいいだろう。気負いもなく、ただほんの少しだけ、寂しく思いながらも、ドロシーは、迷宮行きを二回に一度は断るようにした。
かわりに、銀雷の魔女は、「沈黙」の事務所に出入りし、有力な冒険者事務所で構成される評議会に顔を出し、ひたすらに自分自身を責めるかのように、働き、学び、気がついたときには、季節も変わっていた、という訳だ。
よかったら、帰りに服を見ていかない?
と、クラスメイトは誘った。裕福な商家の娘だという話だった。
ドロシーは、彼女を傷つかないように丁寧に断ってから、帰りにひとり、ブティック街をぶらついてみた。
日が落ちたあとは、急激に風が冷たくなる。
襟なしのジャケットでは、襟をたてることすらできない。
飛び込んだ店でマフラーを、買った。
いつの間にか吐く息が白い。
ずいぶん冷え込む。
そう思っていたら、空から白いものが降っていた、
グランダはもちろん、ランゴバルドよりかなり、南に位置するカザリームでも雪は降るのだ。
いっそ、なにもかも雪が覆い隠してくれたらいい。
と、ドロシーは願った。
その思いに応えるように、人影が現れる。
雪にかくれるような白装束の男は。
「銀雷の魔女ドロシーか?」
「あなたは?」
「ドゥノル・アゴン。新たな時代の魔王だ。」
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