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第105話 擬態するもの

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ロウとギムリウスは、頷いた。
「あなたが、リーダーか?」
一番、年上でいかにもなベテラン銀級冒険者。さまざまな苦難を乗り越え、踏みにじり、諦め、屈指し、それでもなおかつ第一線たつ一流の冒険者として、戦闘にたって戦う。
そのイメージにぴったりの風貌なのが、このザックとう男だ。

「銀級パーティ“フェンリルの咆哮”リーダーのザックだ。」
ザックはあえて、ふたりの冒険者は紹介しなかった。
くわしい事情は着いてから、とのことだったが、少なくともカザリームの街で、リウが“踊る道化師”の別働隊として活躍していることはきいている。そして、その別働隊の助っ人として、「真祖」と「神獣」2体が駆り出されたことも理解していた。
なにが敵で、なにが見方かわからない状況では、下手にこちらの情報をあたえないほうがいい。

ほんのしばらく前までザックたちは、西域で“彷徨えるフェンリル”として活動していた。もし、カザリームにその情報が伝わっていて、ザックがそのリーダーだったとわかってもそれは、よくいる少々くたびれた銀級冒険者だということで、それ以上の詮索をうけることはないだろう。

「遠距離の攻撃魔法は使えるか?」
アシックにそう問われて、ギムリウスは難しい顔をした。街なかでの戦闘は、威力より精度を求められる。ギムリウスは、というか、ギムリウスを生み出した古の戦神は、戦場への投入を想定していたため、ギムリウスは、破壊の精度を求められたことはなかった。
人という生き物が群れて住む都市というものが出現し、そこでは、戦闘においても最小限の破壊しか許されないなどとは、考えられていなかったのである。
まして、保護の対象となる非戦闘員などという概念は、最初からなかった。

ここは海の上ではある。だが、ギムリウスの範疇では、百メトルは遠距離攻撃にはいらない。海竜は蒸発するが、この船もこっぱみじんとなるだろう。
そのあと、船だけ「巻き戻し」て救出するか、いやここには知性をもつ生き物が多すぎる。
ギムリウスは一秒弱でそこまで考えて、頭をふった。
傍らのロウを見上げる。

「わたしも特別に遠距離魔法が特異というわけではない。が、飛翔はできる。上空からなら有効な攻撃を与えられるし、注意をひきつければ、船から引き離すこともできるし、そうすれば、こいつの攻撃魔法も使える。」
「遠距離魔法はだめなのでは?」
とアシットが尋ねた。
「威力の問題だけだ。大波と衝撃波程度なら、ザックとあなたの魔法障壁でふせげるだろう。」

ちょっとまて!
数百メトルの距離をかせいでなお、余波だけで船への損傷をさせかねない攻撃魔法だと!

アシットは叫んだが、そのときにはもう、ロウは、マントをひろげて、空へ飛び立っていた。

海竜の上空まで、ほんの一瞬だ。首から下は、泡立つ海面に隠れて見えない。いや、ロウの吸血鬼の超感覚をもってしても本体の場所はわからない。
海上に出ている首の長さだけで、十メトル以上あるのだが、案外と首の長さは海の下にさらに伸びているのかもしれない。

「円斬撃」
無詠唱で連射も可能だが、いまは注意をこちらにひきつけるのが目的だ。
効かない!?

もっと近づいたほうが、効果のある魔法だが、この距離でも十分な傷を追わせられるはずだ。それが弾かれた。

竜鱗ならば、ありうることだったが、海竜は人が勝手にそう名付けただけの存在で、断じて竜ではない。
ただのでかい生物だ。

むう。
と、ロウはうめいた。もしこの海竜事件の影に、リウと敵対している魔王もどきが、関与しているのなら。
海竜は知性がないゆえに、契約を結ぶこともできず、使役することも極めて難しい。いや、使い魔として配下におくところまでは、それこそリウやルトなみの魔力ならば可能なのだが、あまりに異質で低知能なため有効な命令がくだせないのだ。

これは、海竜ではない。
海竜に似た頭部が、口をひらき、すさまじい水流をはきだした。飲み込まれれば、体が引き裂かれる圧力だ。
軽々と交わしながら、ロウは叫んだ。

「頭は・・・擬態だ。本体は・・・別にいる!」
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