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第138話 公爵対侯爵
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アルセドリック『侯爵』ロウラン。
カザリームのトップの冒険者のひとりである。
美しい顔立ちは凛として、年齢は不詳。十代の少女にはみえないが、なめらかな肌はわずかな老いも感じさせない。首の詰まったドレスは、この時代、この土地では極端に露出がすくないデザインだった。
白い手袋に包まれた右手を一振り。
極寒の風は、刃となって、ラナ公爵ロゼリッタを襲った。
こちらは、ロウランに比べると、少し幼気にみえる。
真っ赤な、裾のひろがったドレスに、日傘。
その正体は、新たなる魔王として「世界の声」に選別された「魔王」ドゥルノ・アゴンの側近、四烈将のひとりである。
「あはははっハっ!」
極彩色の魚が優雅に泳ぐ様を描いた傘が、回転した。
風の刃は、傘にぶつかり、すべるようにその向きを変えた。
二人が戦っている部屋は、宮殿の舞踏会場を模したものだった。まわりのテーブルが割れ、のった食器が、微塵にくだける。床にはいくつもの深い切り傷がはしったが、ロゼリッタは無傷のままだった。
「氷の貴婦人とか、名乗ってるんじゃなくって!? ロウラン。早く得意技を出さないと、永久にだせないまま、終わるかもよ!?」
ロゼリッタの紅いドレスが、千千に散った。白い、まだ硬さの残る裸身をさらしたロゼリッタに、次の瞬間、虚空から現れた紺色の生地が巻き付き、それは、体にぴったりしたマーメイドスカートのドレスへと変貌した。
細かく散った赤のドレスは、その布切れの、一片一片が紅い蝶に姿をかえた。
数は、対峙するロウランはもとより、「鏡」を通して観戦するドロシーやドゥルノ・アゴンをもってしても把握できるものではない。
目の前の空間すべてを埋め尽くすようにして、蝶の群れが迫る。
ロウランの風の刃が、切り払うが、風を起こすために振り上げたその手に、一匹の蝶がとまる。
ロウランの手が炎に包まれ、彼女は顔をしかめて後退した。その炎の色は、火、というよりは「血」の赤に似ていた。
「我が獄炎蝶は、おまえの血を吸う。吸った血を熱にかえておまえを焼き尽くす。」
今度は紺のドレスに身をつつんだ、ロゼリッタが笑った。
人間ならば、見たただけで凍りつくような笑いだったが、あいにくロウランもひとではない。
風の刃では、目の前の空間すべてを埋め尽くして殺到する獄炎蝶には、分が悪いと判断したのか、蝶の群れから遠ざかりながら、ロウランは手首から先を失った自分の腕に、牙をたてた。じゅるじゅる。
自らの血を自らが吸う。
吸血鬼にとっては、他者にみられることは禁忌となる行為だ。
しかし、ロウランがかまわず、血を吸い続け。
ぶうっ
呼気といっしょに、血煙を吹き出した。
血を吸うように設定された極楽蝶が、そこにむかって殺到した。
蝶たちが集中にしたその空間に、ロウランが雷撃が炸裂した。
連鎖的に爆発が起こり、蝶の群れが消滅していく。
「あははははっ! やるやる! リンドとかいう過去の遺物の作品にしては、けっこう頑張る!」
またもロゼリッタのドレスが、その身から離れた。
白い裸身を今度は緑の布が覆い隠す。
それまでロゼリッタのドレスだった紺の生地は、一条の流れとなって、それは、巨大な蛇となって、ロウランを襲った。
その鱗は竜鱗に似た防御力をもっていたのだろうか。
ロウランのはなった雷は、その鱗にすべるようにはじかれ、ロウランは巨体の一撃で反対側の壁に叩きつけられた。
「あれが、ロゼリッタの色彩魔術だ。紅いものは蝶に姿をかえ、紺のものは大蛇にかわる。」
戦いが、ロゼリッタが優位に展開しているせいか、見守るドゥルノ・アゴンの顔にも落ち着きが戻ってきた。
「色がある限り、召喚するものの数は無限だ。たとえ、あのロウランとかいう吸血鬼が、どんな奥の手をもっていたとしてもロゼリッタには勝てん。
だてに、西域に五人しかいない公爵級の吸血鬼を名乗っているわけではないのだからな。」
「すてきですね。」
ドロシーは、ドゥルノ・アゴンの顔をみあげるようにしてささやいた。
自信たっぷりなときのドゥルノ・アゴンは、実にいい男だった。
ドロシーが一時的に身をまかせてもよいと思ったくらいには。
「では、ドゥルノ・アゴンさま。わたくしたちもはじめましょうか?」
は?
ドゥルノ・アゴンは、不思議そうにドロシーを見返すばかり。
あら、ほんとに気がついてなかったのだろうか、このひとは。
ドロシーは、一応は愛している男に説明を試みた。
「この迷宮は、常に一対一の戦いを強要するように転移を繰り返す迷宮です。
リウくんには、サイノス老師。
ロウランにはラウ閣下。
ベータには、ザクレイ・トッド様。
アシット・クロムウェル閣下にはブランカ様。
ザックさんには、バークレイ様。」
それから、自分とドゥルノ・アゴンを交互に指さした。
「ドゥルノ・アゴンさまには、わたしがお相手をいたします。いわば」
どうも相手がまだ、わかってくれていないようなので、付け足した。
「興行的なタイトルをつけるならば、『新魔王対銀雷の魔女』ということになりましょうか。では、お手柔らかに。」
カザリームのトップの冒険者のひとりである。
美しい顔立ちは凛として、年齢は不詳。十代の少女にはみえないが、なめらかな肌はわずかな老いも感じさせない。首の詰まったドレスは、この時代、この土地では極端に露出がすくないデザインだった。
白い手袋に包まれた右手を一振り。
極寒の風は、刃となって、ラナ公爵ロゼリッタを襲った。
こちらは、ロウランに比べると、少し幼気にみえる。
真っ赤な、裾のひろがったドレスに、日傘。
その正体は、新たなる魔王として「世界の声」に選別された「魔王」ドゥルノ・アゴンの側近、四烈将のひとりである。
「あはははっハっ!」
極彩色の魚が優雅に泳ぐ様を描いた傘が、回転した。
風の刃は、傘にぶつかり、すべるようにその向きを変えた。
二人が戦っている部屋は、宮殿の舞踏会場を模したものだった。まわりのテーブルが割れ、のった食器が、微塵にくだける。床にはいくつもの深い切り傷がはしったが、ロゼリッタは無傷のままだった。
「氷の貴婦人とか、名乗ってるんじゃなくって!? ロウラン。早く得意技を出さないと、永久にだせないまま、終わるかもよ!?」
ロゼリッタの紅いドレスが、千千に散った。白い、まだ硬さの残る裸身をさらしたロゼリッタに、次の瞬間、虚空から現れた紺色の生地が巻き付き、それは、体にぴったりしたマーメイドスカートのドレスへと変貌した。
細かく散った赤のドレスは、その布切れの、一片一片が紅い蝶に姿をかえた。
数は、対峙するロウランはもとより、「鏡」を通して観戦するドロシーやドゥルノ・アゴンをもってしても把握できるものではない。
目の前の空間すべてを埋め尽くすようにして、蝶の群れが迫る。
ロウランの風の刃が、切り払うが、風を起こすために振り上げたその手に、一匹の蝶がとまる。
ロウランの手が炎に包まれ、彼女は顔をしかめて後退した。その炎の色は、火、というよりは「血」の赤に似ていた。
「我が獄炎蝶は、おまえの血を吸う。吸った血を熱にかえておまえを焼き尽くす。」
今度は紺のドレスに身をつつんだ、ロゼリッタが笑った。
人間ならば、見たただけで凍りつくような笑いだったが、あいにくロウランもひとではない。
風の刃では、目の前の空間すべてを埋め尽くして殺到する獄炎蝶には、分が悪いと判断したのか、蝶の群れから遠ざかりながら、ロウランは手首から先を失った自分の腕に、牙をたてた。じゅるじゅる。
自らの血を自らが吸う。
吸血鬼にとっては、他者にみられることは禁忌となる行為だ。
しかし、ロウランがかまわず、血を吸い続け。
ぶうっ
呼気といっしょに、血煙を吹き出した。
血を吸うように設定された極楽蝶が、そこにむかって殺到した。
蝶たちが集中にしたその空間に、ロウランが雷撃が炸裂した。
連鎖的に爆発が起こり、蝶の群れが消滅していく。
「あははははっ! やるやる! リンドとかいう過去の遺物の作品にしては、けっこう頑張る!」
またもロゼリッタのドレスが、その身から離れた。
白い裸身を今度は緑の布が覆い隠す。
それまでロゼリッタのドレスだった紺の生地は、一条の流れとなって、それは、巨大な蛇となって、ロウランを襲った。
その鱗は竜鱗に似た防御力をもっていたのだろうか。
ロウランのはなった雷は、その鱗にすべるようにはじかれ、ロウランは巨体の一撃で反対側の壁に叩きつけられた。
「あれが、ロゼリッタの色彩魔術だ。紅いものは蝶に姿をかえ、紺のものは大蛇にかわる。」
戦いが、ロゼリッタが優位に展開しているせいか、見守るドゥルノ・アゴンの顔にも落ち着きが戻ってきた。
「色がある限り、召喚するものの数は無限だ。たとえ、あのロウランとかいう吸血鬼が、どんな奥の手をもっていたとしてもロゼリッタには勝てん。
だてに、西域に五人しかいない公爵級の吸血鬼を名乗っているわけではないのだからな。」
「すてきですね。」
ドロシーは、ドゥルノ・アゴンの顔をみあげるようにしてささやいた。
自信たっぷりなときのドゥルノ・アゴンは、実にいい男だった。
ドロシーが一時的に身をまかせてもよいと思ったくらいには。
「では、ドゥルノ・アゴンさま。わたくしたちもはじめましょうか?」
は?
ドゥルノ・アゴンは、不思議そうにドロシーを見返すばかり。
あら、ほんとに気がついてなかったのだろうか、このひとは。
ドロシーは、一応は愛している男に説明を試みた。
「この迷宮は、常に一対一の戦いを強要するように転移を繰り返す迷宮です。
リウくんには、サイノス老師。
ロウランにはラウ閣下。
ベータには、ザクレイ・トッド様。
アシット・クロムウェル閣下にはブランカ様。
ザックさんには、バークレイ様。」
それから、自分とドゥルノ・アゴンを交互に指さした。
「ドゥルノ・アゴンさまには、わたしがお相手をいたします。いわば」
どうも相手がまだ、わかってくれていないようなので、付け足した。
「興行的なタイトルをつけるならば、『新魔王対銀雷の魔女』ということになりましょうか。では、お手柔らかに。」
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