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第156話 竜を喰らう

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ベータの傍らで、ザクレイ・トッドが、震えている。

7つの竜どもが、互いにぶつかり合い、ひっかき合い、食い合いさまをともに眺めている。
それ自体もめったに見られるものでない。もともと個体数の少ない竜は、子育てなど特定の期間を除けば、単独で暮らすことが多い。

例外中の例外が、かの伝説の竜王が統べると言われている「竜の都」だが、そこでは、竜たちはひとの姿をとって暮らしている、という。
知性のない嵐竜たちは、当然はいることはできないし、凶暴で排他的な嵐竜たちは、あえば殺し合いをはじめるのが常だった。

ザクレイ・トッドが飼いならしていた嵐竜は、その実力もまた拮抗していたのだろう。
たがいにたがいを牽制させ、さらにその飽くなき闘争本能を、酒で酔わせることで、身に複数の竜を宿すという偉業をなしとげていたのだ。

もとが、フィオリナなベータは、そのことに素直に関心した。

ザクレイ・トッドの酔いをさまさせ、竜たちが互いを攻撃し合うさま。
バトルフィールドとして、用意された迷宮の一室は、かなり広大ではあったが、全身が実体化していないにせよ、竜七頭があらそうには、少々手狭ではあった。

空間は、てんでに竜どもが放出する、紫の雷のブレスでみたされ、天上も。床も。壁も。
見る間に削れていく。
例外が、ベータのたてた槍が雷を吸収して作られた安全地帯である。

ザクレイ・トッド自身も、いまは身を縮こまらせて、そこに避難していた。

「おや、迷宮はわたしの勝ちだと宣言してくれたぞ。」

からかうようにベータは、言った。
酔いの冷めたザクレイ・トッドが悲鳴をあげた。
槍が吸収しきれなかった電流が、足元に落下してちいさな火花をあげたのだ。

「おい、わたしが稀に見る美形なのはわかるが、あんまりくっつくな。」
ザクレイの肘に、胸のあたりを押されたベータが、にやにやと笑いながら言った。
「わたしは、目下、『踊る道化師』の『魔王』リウの恋人なんだ。これ以上、死ぬ理由をふやすこともないだろう?」

「わ、わかった。おまえの勝ちだ。おまえの勝ちでいい。」
ザクレイはわめいた。
「いいから、なんとかしろ!」
「迷宮は、勝者のわたしをとっとと、最深部に転移させたいようだ。だが、そうなると」

「助けてくれっ!」

恥も外聞もなく、ザクレイは叫んだ。ベータにしがみつこうとして、かるくなぐりとばされる。

「それをさっきから考えている。」
ベータは、腕組みをした。ザクレイとの死闘の間に、最初に着ていたツナギも、その下のシャツもぼろぼろになり、濃い紫の下着に包まれた双丘の谷間が・・・・
だが、ザクレイはそれどころではなかった。
「竜を倒せる武具がないでもない。試してみたい魔法もあるにはあるのだが・・・・」

偶然にも複数の嵐竜のブレスが、ベータたちの周りに集中した。
ベータのやりもそれを吸収しきれずに、ザクレイがまた悲鳴をあげる。

「なら、そうしてくれ! さっき、吸収したブレスを打ち返しただろう? あれなら嵐竜を一撃で葬る威力があるはずだ。」
「いや、竜というのは以外にしぶとい。一撃では倒せない。」
「しかし!
効果のある攻撃ではあるわけだろう?」

ベータは、肩を竦めた。
「こちらから攻撃すれば、その瞬間から、竜はこちらを敵だと認識する。全部の攻撃がこちらに向かうぞ」

「な、なにか方法はないのか! 方法は・・・」

まじめくさった顔で、ベータは尋ねた。
「それは無論、おまえと7頭の嵐竜がここで争っているのをほっておいて、わたしが次のステージに転移する、という方法以外で、か。」
「あたりまえだっ!」

そろするとだな、
と、ベータは、本物のフィオリナそっくりのいやな笑を浮かべたが、そこいらは本物を知らないザクレイには、預かり知らないことである。

「わたしは、見てくれがよいだけでなく、頭もすごくいいのだが、そのわたしの脳細胞だが、演算装置だかを総動員すると、だな。この場を収める方法はひとつしかない。」

「もったいぶらずに教えてくれえっ!」

「実に簡単でわかりやすい方法だ。
もう一度、こいつらをおまえの支配下におけ。」

ザクレイは、「絶望」という名の仮面を貼り付けたまま、空間一杯にとぐろをまいて、のたうつ七つの巨体を見やった。

「む、むり・・・」
「現状ではまあ無理だろう。だがこいつらはいま、互いを攻撃し合っているんだ。
このまま、弱体化すればいちるの望みはある。」

「か、成功の可能性はあるのか?
あるとしても、万に一つ、いや億に1つ、いやいや兆か京か、それとも垓か。」
「たとえ、それが那由多の彼方でも、充分すぎると思うけどね。」

健康そうな皮膚と筋肉に包まれた腕がぐるんと旋回した。
バシッと、音を立てて、足元の床から火花が上がった。

ザクレイは、見たものをそのまま受け止めようとしたが、彼のような超絶の魔導師にしても、常識が、それを拒否した。

・・・いま、腕の一振で、ブレスを叩き落としたよ・・・な・・・

「心配するな。わたしも乗りかかった船だ。協力してやる。やつらがちょうど均等に弱ったのを確認して合図してやるよ。
これで可能性は、いっきに十倍、百倍、いや1万倍にはなったはずだぞ?」

それでも阿僧祇分の一なんだが。
と、ザクレイは心の中で、ボヤいた。


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