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【 氷の貴婦人3】幼馴染の子爵家御令息
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徐々に、シャルティンの口調がほぐれていく。ミイナが、死にかけのミイラか(いやミイラは死体からつくるので死にかけのミイラはおかしいのだが)、精神を病んで、受け答えもできない状態を想像していたのが、思ったよりマシだったので、気が楽になったのだろう。
そう思ったからこそ、ミイナは軽口をたたいてやったのだが、幽閉されていた自分が、訪問者に気を使うというのもおかしなことだ。
そういえば、淑女として教育をうけてはいたが、こういうときには、正式な挨拶の仕方があったはずだ。たしか片膝をついて。
ミイナは八年ぶりの記憶をたどったが、諦めた。手足のバランスをくずしてコケそうだった。
「それで、今日はなにか?」
ミイナは自分に驚いている。とりあえず、健康を損なわずに、精神も正常なままで幽閉生活をおくっていたことは自覚している。それが異常であることも、気がついている。
だが、この口調は、この物腰は、デビュタントをすませた一人前のレディのものだ。間違っても9歳の童子のするものではない。
・・・・・・
まるで、すでに長い年月を生きた経験のある女性が、必要に応じて見かけの年齢にふさわしい物腰を、取り出しているような。
---------------------------
吸血鬼は、血を吸った相手を、おのれの隷属化下におく。感覚を共有し、下僕のもつ知識を利用し、ときには直接その肉体を操ることができる、と言う。
ただし!
と、ミイナの初恋の相手になった陽気な男装の麗人は、力説したのだ。
「物事は一方的で終わることなど、まず有り得ないんだ! ミーナ!」
九歳の子供にも本気で相手をしてくれる。
リンドには、昔からそんなところがあった。
「下僕の記憶、知識を読み取る際に、どうしてもこちらの記憶や知識がもれるの、さ。」
「そんなことって、あるんでしょうか?」
ミイナは、9つにしては、大人びていた。
「それなら、悪いことばっかりじゃあ、ありませんね?」
「悪いことが大半だけどね。」
と、リンドはウィンクしてみせた。
「正式に吸血鬼として、配下に加わったからともかく、一時的に支配下におかれた擬似吸血鬼の扱いなんて、ひどいも?さ。」
「なら、吸血鬼にしてもらってほうが、よいってこと?」
「それも違う。」
リンドは、即座に言った。
「かりたての吸血鬼の脆弱性は、小鬼にも、劣る、と言われてるんだ。果てしない飢えと乾き、日光に対する異常過敏。親になった吸血鬼の庇護が無ければ、一月後まで生き延びれる新米吸血鬼は百に一人、と言われてるんだ。」
「リンドさまは、どうなんです?」
「わたしは、なにしろ、ほら『真祖』さまだからね。」
ロウは、手を挙げて、ワインのお代りを頼んだ。
「下僕をつくるのは、慎重に慎重を重ねてるのさ。誕生して間もない、果てしない吸血衝動にさらされている新米吸血鬼が、いきなり、爵位もちと同等の力を、持っていたら、具合が悪いだろう?」
ミイナは、真剣な顔で、リンドのワイングラスを眺めていた。
ミイナの目の前には、白い磁器のポットとお茶、それにクリームチーズと乾燥させた果物を練ったお菓子がおかれている。
上水道がない地域では、子どもにもワインくらいは飲ませる地方もあるが、アルセンドリック侯爵領は、領内に湖水を持っていた。生水を沸かさないと飲めない生活は、半世紀まえに終わっている。
ミイナの家では、社交界デビューが決まって、その準備が始まるまでは、ワインは水で割って飲むもの、と決まっていた。
真紅の液体が、こくり、と飲み干された。
リンドの白いのどがそれに合わせて動くのを、ミイナはうっとりと見つめた。
こんなキレイな人がいるのか。
そりゃあ。たしかに話を大袈裟にもる傾向はあるけれど。
吸血衝動を抑えることができる「爵位級」の吸血鬼なのは、ほんとうなのだろう。
さっき、脈を測らせてもらったら、たしかに鼓動は感じることが出来なかった。
そこまではともかく、真祖云々はウソだろう。
真祖というのは、吸血されずに自ら吸血鬼となったものを言う。
不死を目指して、結局、アンデッドになってしまう魔導師の話は数あれど、「真祖」になれたものなど、神話級の存在だ。
目の前の、超絶美形のお姉さんがそうだとは、ミイナにはとても思えなかった。
「それで、わたしの血を吸ってくれるってお話は?」
「うにゃ」
と、リンドは変な声をだした。
「なんだか、話し相手が必要そうだから、お茶に連れ出したんだ。確かに、ミイナは可愛らしいし、魅力もある。
でも、わたしくらいになると、吸血は活動維持にかならずしも、必要不可欠なものじゃなくなるのさ。
なんと言うか・・・恋愛感情に近いものになる。
ミイナは、わたしの恋愛対象になるには、若すぎる。」
すいっ、と顔を近づけられて、ミイナはドキッとした。
「八年後、だな。それまで、ミイナがひとりだったら、ミイナの初めてを奪いに来よう。」
------------------------------
「そんなこと、言ったっけ?」
というのが、ロウ=リンドの返事であり、ロウランとドロシーは、大きくため息をついた。
そう思ったからこそ、ミイナは軽口をたたいてやったのだが、幽閉されていた自分が、訪問者に気を使うというのもおかしなことだ。
そういえば、淑女として教育をうけてはいたが、こういうときには、正式な挨拶の仕方があったはずだ。たしか片膝をついて。
ミイナは八年ぶりの記憶をたどったが、諦めた。手足のバランスをくずしてコケそうだった。
「それで、今日はなにか?」
ミイナは自分に驚いている。とりあえず、健康を損なわずに、精神も正常なままで幽閉生活をおくっていたことは自覚している。それが異常であることも、気がついている。
だが、この口調は、この物腰は、デビュタントをすませた一人前のレディのものだ。間違っても9歳の童子のするものではない。
・・・・・・
まるで、すでに長い年月を生きた経験のある女性が、必要に応じて見かけの年齢にふさわしい物腰を、取り出しているような。
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吸血鬼は、血を吸った相手を、おのれの隷属化下におく。感覚を共有し、下僕のもつ知識を利用し、ときには直接その肉体を操ることができる、と言う。
ただし!
と、ミイナの初恋の相手になった陽気な男装の麗人は、力説したのだ。
「物事は一方的で終わることなど、まず有り得ないんだ! ミーナ!」
九歳の子供にも本気で相手をしてくれる。
リンドには、昔からそんなところがあった。
「下僕の記憶、知識を読み取る際に、どうしてもこちらの記憶や知識がもれるの、さ。」
「そんなことって、あるんでしょうか?」
ミイナは、9つにしては、大人びていた。
「それなら、悪いことばっかりじゃあ、ありませんね?」
「悪いことが大半だけどね。」
と、リンドはウィンクしてみせた。
「正式に吸血鬼として、配下に加わったからともかく、一時的に支配下におかれた擬似吸血鬼の扱いなんて、ひどいも?さ。」
「なら、吸血鬼にしてもらってほうが、よいってこと?」
「それも違う。」
リンドは、即座に言った。
「かりたての吸血鬼の脆弱性は、小鬼にも、劣る、と言われてるんだ。果てしない飢えと乾き、日光に対する異常過敏。親になった吸血鬼の庇護が無ければ、一月後まで生き延びれる新米吸血鬼は百に一人、と言われてるんだ。」
「リンドさまは、どうなんです?」
「わたしは、なにしろ、ほら『真祖』さまだからね。」
ロウは、手を挙げて、ワインのお代りを頼んだ。
「下僕をつくるのは、慎重に慎重を重ねてるのさ。誕生して間もない、果てしない吸血衝動にさらされている新米吸血鬼が、いきなり、爵位もちと同等の力を、持っていたら、具合が悪いだろう?」
ミイナは、真剣な顔で、リンドのワイングラスを眺めていた。
ミイナの目の前には、白い磁器のポットとお茶、それにクリームチーズと乾燥させた果物を練ったお菓子がおかれている。
上水道がない地域では、子どもにもワインくらいは飲ませる地方もあるが、アルセンドリック侯爵領は、領内に湖水を持っていた。生水を沸かさないと飲めない生活は、半世紀まえに終わっている。
ミイナの家では、社交界デビューが決まって、その準備が始まるまでは、ワインは水で割って飲むもの、と決まっていた。
真紅の液体が、こくり、と飲み干された。
リンドの白いのどがそれに合わせて動くのを、ミイナはうっとりと見つめた。
こんなキレイな人がいるのか。
そりゃあ。たしかに話を大袈裟にもる傾向はあるけれど。
吸血衝動を抑えることができる「爵位級」の吸血鬼なのは、ほんとうなのだろう。
さっき、脈を測らせてもらったら、たしかに鼓動は感じることが出来なかった。
そこまではともかく、真祖云々はウソだろう。
真祖というのは、吸血されずに自ら吸血鬼となったものを言う。
不死を目指して、結局、アンデッドになってしまう魔導師の話は数あれど、「真祖」になれたものなど、神話級の存在だ。
目の前の、超絶美形のお姉さんがそうだとは、ミイナにはとても思えなかった。
「それで、わたしの血を吸ってくれるってお話は?」
「うにゃ」
と、リンドは変な声をだした。
「なんだか、話し相手が必要そうだから、お茶に連れ出したんだ。確かに、ミイナは可愛らしいし、魅力もある。
でも、わたしくらいになると、吸血は活動維持にかならずしも、必要不可欠なものじゃなくなるのさ。
なんと言うか・・・恋愛感情に近いものになる。
ミイナは、わたしの恋愛対象になるには、若すぎる。」
すいっ、と顔を近づけられて、ミイナはドキッとした。
「八年後、だな。それまで、ミイナがひとりだったら、ミイナの初めてを奪いに来よう。」
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「そんなこと、言ったっけ?」
というのが、ロウ=リンドの返事であり、ロウランとドロシーは、大きくため息をついた。
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