2 / 20
序の激 影王異物
第2話 裏庭の見える自習室
しおりを挟む
海堂淳は、なんども、なんども、なんどもためらってから、彼の敬愛する水晶姫の自室のドアをノックした。
どうぞ。
の答えもなく、ドアはすっと開いた。
「行動は機敏に!」
自習机に座った、愛する姫君は振り向きもせずに、そう言い放った。
「ドアの目の前にきてから、悩んでいる位ならば、最初から来るなっ!」
通常の授業は、初等部、中等部、高等部共に、終わっている。傾きかけた陽光が、柔らかく室内を照らしていた。
水晶姫の自習室は、相変わらずシンプルだった。書架がふたつに、机。椅子はここの主の分だけだ。
花の一つもいければよいのに、と訪ねるたびに思うのだが、もともと根をはるものを、切断して、飾る習慣はないのだと彼女は言う。
「ぼくが来てたことがおわかりだったってことですか?」
水晶姫は、後ろを向いたまま、左手をあげた。
開いた指を一本折る。
「足音」
また、一本指をたたむ。
「呼吸音」
指を折る。
「鼓動の音」
「その速さ」
「匂い」
くるりと椅子ごと振り返ったその視線の苛烈さに、海堂はたじろいだ。
「すべてが、不安とためらいに満ちたおまえのもの。」
形の良い指が、今までなにやら書き込まをしていた紙を取り上げ、引き裂いた。
ちら、と見たその書面は、海堂には分からない様々な色のインクで複雑に絡まった蔦が描かれていた。
考えごとをまとめる時の、彼女のくせだ。そして、その本数と色づかいは、思うような結論が出せずに、いらいらしていることを、示している。
「ぼう、と立っているために来たのなら、裏庭にでも行ったらどうだ? 風紀委員の海堂クン。」
「ご相談があってきました。」
「あたりまえだろうな。用もなしに訪ねて来られるほど、わたしは暇ではない。」
明らかに。
水晶姫、紗耶屋水琴は、機嫌が悪い。
その原因も、海堂敦には想像がついていた。
しかし、来た以上は話さなければならない。シッポを巻いて帰れば、彼女の怒りはとんでもないほうに、矛先を向けるだろう。
「ご指示通りに、手紙は、掲示板から撤去させました。槇村琉斗には、ぼくがら返しました。」
「で? 」
「放課後、つい先ほどですが」
海堂は、緊張のあまり、唇が乾くのを舌で湿した。
「黒瀬たちが、彼を連れていきました。たぶん・・・リンチでしょう。軽い怪我ではすまないかもしれません。」
「そんなことはいい。やつは、手紙をどうした?」
そこを、気にするのか、と疑問に感じながらも、海堂は律儀に答えた。
「燃やせるところはないのか、と聞かれたので、焼却炉を案内しました。」
ああ、そうか。
と、だけ答えて、美しき学院総代はくるりと背中をむけてしまう。
「あの」
「報告ご苦労と言いたいが、そもそもそのような瑣末事は、報告不要。」
「もう、槇村琉斗は、放っておいていいのではありませんか?」
思い切って、海堂は言った。
「それは、おまえの意見か?
それとも、生徒会の」
「両方です。」
実際には、生徒会長である守破離玄朱(しゅはりとうじゅ)からは、「やりすぎるな」と仄めかされただけだったが、彼はいいのように解釈した。少なくともいまの勢いで、いじめを続けていいわけがない。
紗耶屋水琴の表情が緩んだのを見て、海堂は、うまくいったかと期待したが、
答えは、非情であった。
「そうだな。では殺すな。追い出せ。」
「やつは」
海堂は、言った。
姫君の背中から立ち上るどす黒い気配に、呼吸が苦しくなる。
「たしかに、戦うものではありません。
ですが、ここまで耐え抜いて光華諸学院に残ろうとしているのです。その意志を尊重してやることは、できませんか?
たしかに、彼が転校してきた初日に、」あなたとトラブルがあったのは知っていますが・・・」
「違う。違うぞ。海堂クン。おまえの、見解はまったくの見当違いだ。」
ようやく、紗耶屋水琴は、海堂敦にまともに向き合うつもりになったらしい。
くるくるくる。
と、椅子を三回転させてから、海堂と向き合うところで、びたりと止まった、その顔は笑みこそ浮かんでいないものの、いままでの切羽詰まったものは、消えていた。
「ひとつ、確認しておこう。槇村琉斗は、本当にただの転校生なのだな?
こんな時期に。しかもここは名門とはいえ、彼の郷里からはあまりにも、離れている。それこそ、なにか調べようにも二の足を踏むくらい。」
「そ、それは、今日のあの手紙で説明がつくのでは?」
いまさら何を、と海堂は怪訝な顔をした。
「実の姉と、ただならない関係にあったか、もしくはそうなりそうなために、わざと遙か遠い地に、転校させたのだ、と。」
「そうだな、うまい説明だ。ああ、まるですっかり納得してしまいそうになるよ。ねえ、海堂クン。彼には彼なりの、そしてわたしたちには、やたしたちなりの事情がある。」
「はい。
彼は、『槐』ではありませんし、『教団』のものでもありません。」
「例えば、だ。」
芝居が買った口調で、美姫は、海堂をからかうように言った。
「どちらでもない、第三の勢力が送り込んできた能力者だとしたら?」
「想像としてはおもしろいですが、連日いじめにあって、なにも出来ないというのは、いったい、なんの能力者ですか?」
「いじめられてもへこたれないって能力。」
からかわれているのに気がついた海堂は、むっとして押し黙った。
「海堂クン。ご存知の通り、わたしたちはいまとても、とっても忙しいのだよ。
不安定な要素は、確実に排除したいんだ。きみもそうだろう? 『千剣の王』よ。」
どうぞ。
の答えもなく、ドアはすっと開いた。
「行動は機敏に!」
自習机に座った、愛する姫君は振り向きもせずに、そう言い放った。
「ドアの目の前にきてから、悩んでいる位ならば、最初から来るなっ!」
通常の授業は、初等部、中等部、高等部共に、終わっている。傾きかけた陽光が、柔らかく室内を照らしていた。
水晶姫の自習室は、相変わらずシンプルだった。書架がふたつに、机。椅子はここの主の分だけだ。
花の一つもいければよいのに、と訪ねるたびに思うのだが、もともと根をはるものを、切断して、飾る習慣はないのだと彼女は言う。
「ぼくが来てたことがおわかりだったってことですか?」
水晶姫は、後ろを向いたまま、左手をあげた。
開いた指を一本折る。
「足音」
また、一本指をたたむ。
「呼吸音」
指を折る。
「鼓動の音」
「その速さ」
「匂い」
くるりと椅子ごと振り返ったその視線の苛烈さに、海堂はたじろいだ。
「すべてが、不安とためらいに満ちたおまえのもの。」
形の良い指が、今までなにやら書き込まをしていた紙を取り上げ、引き裂いた。
ちら、と見たその書面は、海堂には分からない様々な色のインクで複雑に絡まった蔦が描かれていた。
考えごとをまとめる時の、彼女のくせだ。そして、その本数と色づかいは、思うような結論が出せずに、いらいらしていることを、示している。
「ぼう、と立っているために来たのなら、裏庭にでも行ったらどうだ? 風紀委員の海堂クン。」
「ご相談があってきました。」
「あたりまえだろうな。用もなしに訪ねて来られるほど、わたしは暇ではない。」
明らかに。
水晶姫、紗耶屋水琴は、機嫌が悪い。
その原因も、海堂敦には想像がついていた。
しかし、来た以上は話さなければならない。シッポを巻いて帰れば、彼女の怒りはとんでもないほうに、矛先を向けるだろう。
「ご指示通りに、手紙は、掲示板から撤去させました。槇村琉斗には、ぼくがら返しました。」
「で? 」
「放課後、つい先ほどですが」
海堂は、緊張のあまり、唇が乾くのを舌で湿した。
「黒瀬たちが、彼を連れていきました。たぶん・・・リンチでしょう。軽い怪我ではすまないかもしれません。」
「そんなことはいい。やつは、手紙をどうした?」
そこを、気にするのか、と疑問に感じながらも、海堂は律儀に答えた。
「燃やせるところはないのか、と聞かれたので、焼却炉を案内しました。」
ああ、そうか。
と、だけ答えて、美しき学院総代はくるりと背中をむけてしまう。
「あの」
「報告ご苦労と言いたいが、そもそもそのような瑣末事は、報告不要。」
「もう、槇村琉斗は、放っておいていいのではありませんか?」
思い切って、海堂は言った。
「それは、おまえの意見か?
それとも、生徒会の」
「両方です。」
実際には、生徒会長である守破離玄朱(しゅはりとうじゅ)からは、「やりすぎるな」と仄めかされただけだったが、彼はいいのように解釈した。少なくともいまの勢いで、いじめを続けていいわけがない。
紗耶屋水琴の表情が緩んだのを見て、海堂は、うまくいったかと期待したが、
答えは、非情であった。
「そうだな。では殺すな。追い出せ。」
「やつは」
海堂は、言った。
姫君の背中から立ち上るどす黒い気配に、呼吸が苦しくなる。
「たしかに、戦うものではありません。
ですが、ここまで耐え抜いて光華諸学院に残ろうとしているのです。その意志を尊重してやることは、できませんか?
たしかに、彼が転校してきた初日に、」あなたとトラブルがあったのは知っていますが・・・」
「違う。違うぞ。海堂クン。おまえの、見解はまったくの見当違いだ。」
ようやく、紗耶屋水琴は、海堂敦にまともに向き合うつもりになったらしい。
くるくるくる。
と、椅子を三回転させてから、海堂と向き合うところで、びたりと止まった、その顔は笑みこそ浮かんでいないものの、いままでの切羽詰まったものは、消えていた。
「ひとつ、確認しておこう。槇村琉斗は、本当にただの転校生なのだな?
こんな時期に。しかもここは名門とはいえ、彼の郷里からはあまりにも、離れている。それこそ、なにか調べようにも二の足を踏むくらい。」
「そ、それは、今日のあの手紙で説明がつくのでは?」
いまさら何を、と海堂は怪訝な顔をした。
「実の姉と、ただならない関係にあったか、もしくはそうなりそうなために、わざと遙か遠い地に、転校させたのだ、と。」
「そうだな、うまい説明だ。ああ、まるですっかり納得してしまいそうになるよ。ねえ、海堂クン。彼には彼なりの、そしてわたしたちには、やたしたちなりの事情がある。」
「はい。
彼は、『槐』ではありませんし、『教団』のものでもありません。」
「例えば、だ。」
芝居が買った口調で、美姫は、海堂をからかうように言った。
「どちらでもない、第三の勢力が送り込んできた能力者だとしたら?」
「想像としてはおもしろいですが、連日いじめにあって、なにも出来ないというのは、いったい、なんの能力者ですか?」
「いじめられてもへこたれないって能力。」
からかわれているのに気がついた海堂は、むっとして押し黙った。
「海堂クン。ご存知の通り、わたしたちはいまとても、とっても忙しいのだよ。
不安定な要素は、確実に排除したいんだ。きみもそうだろう? 『千剣の王』よ。」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる