19 / 20
序の激 影王異物
第19話 それは小さな罪
しおりを挟む
案内されたのは、さすがに、寝室ではなかった。
あの、裏庭を望む自習室だった。
風紀委員の海堂敦もついてきている。
これは、ありがたかった。
部屋は狭く、嫌になるほど殺風景だった。
そもそも、調度品と呼べるものが、椅子と勉強机、それに書架しかない。
適当にその辺に、と言われたので、海堂と流斗は、床に座った。
水琴は、書架から分厚い本を取り出すと、その後ろに隠したグラスと酒瓶を取り出した。
グラスは三つとも形状が違っていて、これは来客用ではなくて、部屋の主が気分によってグラスを替えるためのものだろう。
酒は琥珀色をしていて、かなり酒精は高そうだった。
茨姫はなみなみと、その酒をついだ。
ほんとうは、なにか。
たとえば水とか果汁とか、なにかで割って呑む代物だろう。だが、全員が全員、とっとと、正気をなくしたい気分だったのだ。
「では」
水琴は、グラスを掲げた。いや、グラスてはない。マグカップだ。
縁まで注いだそれを、がぶりと噛み付くように、一口、飲みくだした。
「茨姫は酒は強いのですか、剣の王。」
むせて咳き込む水琴を、心配そうに見ながら、流斗は、海堂にきいた。
「海堂敦、という。」
風紀委員は、険しい顔で言った。
「おまえのいた地方では知らんが、貴族家では正式なディナーの席では、酒も振る舞われる。」
「しかし、強くはなさそうだ。」
流斗は、言って二口めに齧りつこうとする水琴の手から、カップを取り上げた。
「かえしぇ、こらあっ!」
水琴の抗議を無視して、かれもそこから一口やって、顔をしかめた。
水筒を取り出すと、水を注ぐ。
海堂を見やると、かれも頷いたのぇ、水筒を渡した。
手に返されたカップから、水割りになった酒を一口のんで、水琴はため息をついた。
「こにょほうがいい。」
ブラウスのボタンをふたつ、外す。
海堂敦は、折り目正しく正座を崩さない。
流斗は、もともと夜着に毛布を被っただけだったので、これ以上着崩す必要はなかった。
「飲みやすわ、これ。」
「お疲れさまでした。」
とりあえず、きみたちは体力、精神力、ぎりぎりに削るまでよく頑張ったよ、という意味の挨拶をして、流斗と一口、ほんのちょびっと、酒を口に入れた。
辛い。というか、アルコールに、焦げ臭い香りの混じった凄まじい飲み物だった。飲んべえにはたまらないのかもしれないが、学生には二十年早い。
「よっぴゃらうまえに、にゃにがおこったのかだけかくにんしとこう。」
黙々と1杯目をあけたところで、水琴が、言った。
もう、酔っている。酔いがまわりはじめたからこそ、「影王教団」が用意した後継者の死に様を語っておこう、とう気になったのだ。
「後継はまたも失敗した、でいいんじょないですか?」
流斗は言った。
懐からキャンディーを一掴み。それを水琴と海堂に渡した。
怪訝な顔で、キャンディを口に放り込んでから、酒を一口。
「ほう、合うな、転校生。」
「意外でしょ? 剣の王。」
かいど・・・と言いかけて、海堂敦は諦めた。この手のワガママさは、水琴も、彼自身ももっている。
人の域を越えた強者が、もつワガママさだ。
「しかし、あのしにじゃまは・・・」
水琴は口ごもった。酔いの助けを借りてさえ、それは形容しがたく、あまりに凄惨なものだったのだ。
継承の儀式は、必ずしも難しくはないのだ。ないはずなのだ。
そうでなければ、いくら強大な力を得ることが出来るとはいえ、意志を持つ道具と契約する人間がいるだろうか。
とは、いえモノがモノ。かつての影王の剣だ。
槐が最初に用意した男は、本部から派遣されたどうしょうもない、クズだった。
影王の剣を継承する。その栄誉を手に入れるためだけに、ゴリ押しのように本部が派遣してきたヤツだ。それでも、継承がどのようなものでどう行われるかは説明を受けていたはずだ。
それが失敗した。
水琴たちは、やつがクズだから、で割り捨てた。
とんでもない間違いだった。
影王教団は、狂喜したらしい。
本来ならうしなわれるはずの「影王の剣」を手にするチャンスが、再び巡ったのだ。
「しかもあのあほうどもは」
ケケケ、と妖怪じみた笑い声をたてながら、水琴は言った。
「影王の剣が、自分たちのところに帰りたがっているのだと、言い出したのだ。つまり、本部のクソは、継承に失敗したのではなく、剣が継承を拒否したのだと。」
「酔っ払うといつもこんな感じですか?」
流斗は、海堂にささやいた。風紀委員は難しい顔で頷いた。
「外で呑ませたらだめですよ。」
「我々は学生だ。まして全寮制の光華では、酒を呑む機会などない。」
それは、どんなものだろう。ここの社交会がどうなっているのかは知らないが、上流階級のものたちは、見栄を貼る意味でもしょっちゅう、パーティを開きたがる。
寮にいる間はともかく、一歩出たら呑みの機会などいくらでもありそうだ。
「首尾よく、勝ちをおさめて、さて継承となったら、」
くしゃ、と端正な顔が歪んだ。
「おまえらも失敗しおって。」
嘲るというよりも、そこは死を悼むものがあった。
「仮面をつけて戦って入るが、同じ学校で学び、同じ宿舎に生活する仲間だ。」
むっつりと、海堂は言った。こちらは飲むほどに寡黙になる酒のようだ。
「戦いの果ての死はともかく、あんな死にかたは嫌だな。」
「前とその前のふたりもあんな感じだったんですか?」
あの、裏庭を望む自習室だった。
風紀委員の海堂敦もついてきている。
これは、ありがたかった。
部屋は狭く、嫌になるほど殺風景だった。
そもそも、調度品と呼べるものが、椅子と勉強机、それに書架しかない。
適当にその辺に、と言われたので、海堂と流斗は、床に座った。
水琴は、書架から分厚い本を取り出すと、その後ろに隠したグラスと酒瓶を取り出した。
グラスは三つとも形状が違っていて、これは来客用ではなくて、部屋の主が気分によってグラスを替えるためのものだろう。
酒は琥珀色をしていて、かなり酒精は高そうだった。
茨姫はなみなみと、その酒をついだ。
ほんとうは、なにか。
たとえば水とか果汁とか、なにかで割って呑む代物だろう。だが、全員が全員、とっとと、正気をなくしたい気分だったのだ。
「では」
水琴は、グラスを掲げた。いや、グラスてはない。マグカップだ。
縁まで注いだそれを、がぶりと噛み付くように、一口、飲みくだした。
「茨姫は酒は強いのですか、剣の王。」
むせて咳き込む水琴を、心配そうに見ながら、流斗は、海堂にきいた。
「海堂敦、という。」
風紀委員は、険しい顔で言った。
「おまえのいた地方では知らんが、貴族家では正式なディナーの席では、酒も振る舞われる。」
「しかし、強くはなさそうだ。」
流斗は、言って二口めに齧りつこうとする水琴の手から、カップを取り上げた。
「かえしぇ、こらあっ!」
水琴の抗議を無視して、かれもそこから一口やって、顔をしかめた。
水筒を取り出すと、水を注ぐ。
海堂を見やると、かれも頷いたのぇ、水筒を渡した。
手に返されたカップから、水割りになった酒を一口のんで、水琴はため息をついた。
「こにょほうがいい。」
ブラウスのボタンをふたつ、外す。
海堂敦は、折り目正しく正座を崩さない。
流斗は、もともと夜着に毛布を被っただけだったので、これ以上着崩す必要はなかった。
「飲みやすわ、これ。」
「お疲れさまでした。」
とりあえず、きみたちは体力、精神力、ぎりぎりに削るまでよく頑張ったよ、という意味の挨拶をして、流斗と一口、ほんのちょびっと、酒を口に入れた。
辛い。というか、アルコールに、焦げ臭い香りの混じった凄まじい飲み物だった。飲んべえにはたまらないのかもしれないが、学生には二十年早い。
「よっぴゃらうまえに、にゃにがおこったのかだけかくにんしとこう。」
黙々と1杯目をあけたところで、水琴が、言った。
もう、酔っている。酔いがまわりはじめたからこそ、「影王教団」が用意した後継者の死に様を語っておこう、とう気になったのだ。
「後継はまたも失敗した、でいいんじょないですか?」
流斗は言った。
懐からキャンディーを一掴み。それを水琴と海堂に渡した。
怪訝な顔で、キャンディを口に放り込んでから、酒を一口。
「ほう、合うな、転校生。」
「意外でしょ? 剣の王。」
かいど・・・と言いかけて、海堂敦は諦めた。この手のワガママさは、水琴も、彼自身ももっている。
人の域を越えた強者が、もつワガママさだ。
「しかし、あのしにじゃまは・・・」
水琴は口ごもった。酔いの助けを借りてさえ、それは形容しがたく、あまりに凄惨なものだったのだ。
継承の儀式は、必ずしも難しくはないのだ。ないはずなのだ。
そうでなければ、いくら強大な力を得ることが出来るとはいえ、意志を持つ道具と契約する人間がいるだろうか。
とは、いえモノがモノ。かつての影王の剣だ。
槐が最初に用意した男は、本部から派遣されたどうしょうもない、クズだった。
影王の剣を継承する。その栄誉を手に入れるためだけに、ゴリ押しのように本部が派遣してきたヤツだ。それでも、継承がどのようなものでどう行われるかは説明を受けていたはずだ。
それが失敗した。
水琴たちは、やつがクズだから、で割り捨てた。
とんでもない間違いだった。
影王教団は、狂喜したらしい。
本来ならうしなわれるはずの「影王の剣」を手にするチャンスが、再び巡ったのだ。
「しかもあのあほうどもは」
ケケケ、と妖怪じみた笑い声をたてながら、水琴は言った。
「影王の剣が、自分たちのところに帰りたがっているのだと、言い出したのだ。つまり、本部のクソは、継承に失敗したのではなく、剣が継承を拒否したのだと。」
「酔っ払うといつもこんな感じですか?」
流斗は、海堂にささやいた。風紀委員は難しい顔で頷いた。
「外で呑ませたらだめですよ。」
「我々は学生だ。まして全寮制の光華では、酒を呑む機会などない。」
それは、どんなものだろう。ここの社交会がどうなっているのかは知らないが、上流階級のものたちは、見栄を貼る意味でもしょっちゅう、パーティを開きたがる。
寮にいる間はともかく、一歩出たら呑みの機会などいくらでもありそうだ。
「首尾よく、勝ちをおさめて、さて継承となったら、」
くしゃ、と端正な顔が歪んだ。
「おまえらも失敗しおって。」
嘲るというよりも、そこは死を悼むものがあった。
「仮面をつけて戦って入るが、同じ学校で学び、同じ宿舎に生活する仲間だ。」
むっつりと、海堂は言った。こちらは飲むほどに寡黙になる酒のようだ。
「戦いの果ての死はともかく、あんな死にかたは嫌だな。」
「前とその前のふたりもあんな感じだったんですか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる