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第三章 迷宮
第34話 ラムレーズン争奪戦
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料理は、続々と運ばれてくる。
ぼくの視線に気がついたのか、真祖ラウル=リンドは、鷹揚に手を振った。
「たしかに、これらは、我々の生の維持に必要な訳では無い。ただの嗜好品だよ。
だから、栄養のバランス的には、不十分かもしれないが、そこは、量でカバーしてくれたまえ。」
運ばれてきたのは、鍋料理だった。
ぐつぐつと、音をたてて、煮えている鍋は、臓物を香辛料を効かせて、煮込んだもののようだった。
この手のものは、ぼくは好物だった。
ひと山当てるまでは、そう裕福な暮らしはしていなかったし、たいていの国で、貧しいものの間では、この手の料理はこよなく愛されている。
しんどそうなティーンの前に、ぼくはモツをもった皿を取り分けた。
見た目的には、あまり美味そうでは無い。
本人の話では、名家の娘として、育ったわけだから、あまりお目にかかったことのなき料理かもしれない。
ギョッとしたように、しり込みするティーンに、ぼくは言った。
「おまえは、血を失い過ぎている。
サリアの薬で、傷口は塞がっているが、血液をつくる栄養素が必要だ。こいつは、それに役に立つ。」
恐る恐るスープを口に、運んで、ティーンは、「美味しい」と言った。驚いたようにも見えた。
ぼくは、ラウルとクラウドとライミアを、等分に見比べた。
傷を負って、血を失った娘から、さらに吸血を行おうと、“真祖”とその直属の部下なら考えないだろう。
もし、一宿一飯の恩義を返すのなら、ぼくこ血を吸わせる。
とは、いってもいまのぼくの体は、ジオロ・ボルテックが作り上げた義体だ。
たしかに流れた血は赤く、通常の治癒魔法がきちんと作用しているが、こいつらの嗜好に合うかどうかまでは、知らん。
知性をもった魔物のなかには、人間の暮らしを好み、それに混じって生活することを好むものもいる。
だ意表的なものが、古竜だ。
彼らは、どうかすると人間が、洞窟でよ夜風を凌ぎ、石と石を打ち合わせて、道具を作っていたころから、人という生き物を知っていたはずだ。
その毛の薄い猿の一種が、群れをつくり、それが分裂し、その集団のなかでの決まり事を、を文化として、昇華させる過程を彼らは見てきたはずだった。
だが、彼らはどうしたものか、人間のその愚かさの象徴のようなものを好んだ。
吸血鬼が、人間に混じるのは、もともも人間の血を餌として捕食する必要があるからだという理屈は、少し違う……と、ぼくは思っている。
彼らは、もともとが人間であり、野山に混じって、獣と暮らして、獣の血をすするよりは(吸血の対象が温かい血をもつ生き物であればいいのは研究されていた)、きちんと衣服をきて生活し、屋根と壁のあるところで休むほうが「快適」なのだ。
モツ鍋のつぎに今度出てきたのは、アイスクリームだった。
コースメニューとしては、めちゃくちゃである。
アイスクリームは、ドライフルーツを練りこんだもので、かすかに酒の味がした。
ラウルは、好物らしく、目を輝かせて、ひと皿を食べ切ると、「おかわり!」と叫んだ。
同席していた女吸血鬼ライミアは、苦笑しながら、自分の分をラウルの前に押しやった。
「ティーンとヒスイ、といったな。何のために三層を目指すのだ。」
もうひとりのクラウドは、“騎士爵”を名乗っている。吸血衝動をある程度克服しないと、爵位をもっては呼ばれないが、クラウドの名乗りの“騎士爵”は微妙だ。
通常、貴族の家名というのは、与えられた土地の名前に由来する。
クローディア公爵家ならば、クローディア地方の支配権をもっているし、またクローディア家は一時期、オールべ伯爵も名乗っていた。
西域の街オールべの領主でもあったからだ。
このライミアは、爵位を名乗らない。
しかし、ぼくたちを見つめる目には、生き血への葛藤など、どこにもなかった。
「“神竜皇妃”リアモンド様に、助言を求めに行きます。」
「それは、サリアがガイドについていても、かなり危険な行為だぞ、ヒスイ。」
ライミアは、ぼくをじっと見つめた。
ぼくの素性がわかってしまったかと、ぼくはちょっと心配になったが、まさかそんなことはないだろう。
「危険なのは、承知です、ライミア。」
ティーンは、アイスクリームを保留して、モツ煮込みをおかわりしていた。
「しかし、わたしたちは、階層主の叡智を必要としているのです。」
ラウルが、おかわり!と叫んだ。
ライミアは、まだ手をつけていなかったティーンのまえから、アイスクリームをかっさらった。
「叡智にあふれた階層主には、ここにもいるけど」
「皮肉はいいよ、ライミア。」
忙しくアイスクリームを口に運びながら、ラウルは言った。
「でも三層が、危険なのは、本当だよ。
知性をもたない竜もうろうろしているし、古竜にしたって、なにしろ、あいつらは気まぐれだからね。
ねえ、ライミア、この前の木の実を練りこんだやつもないかな。」
次の料理が運ばれてきた……。
細長いガラスの容器のなかは、様々の色なアイスクリームとスポンジが、層をなしている。
その上に生クリームがこんもりと盛られ、綺麗にカットされた生のフルーツが刺さっていた。
甘いものが苦手な者には、悪夢のような光景だった。
「それはそうと。ライミアさんは、爵位を名乗らないの?」
ティーンが、これは渡すまい、とパフェを握りしめながら言った。
「わたしは、まだ成って、5年かそこいらの
吸血鬼だから、ね。
伯爵だ、子爵だと名乗るのは百年早いと思うわ。
それに爵位には、もうあきあきしてるのよ、アデルの娘。」
ぼくの視線に気がついたのか、真祖ラウル=リンドは、鷹揚に手を振った。
「たしかに、これらは、我々の生の維持に必要な訳では無い。ただの嗜好品だよ。
だから、栄養のバランス的には、不十分かもしれないが、そこは、量でカバーしてくれたまえ。」
運ばれてきたのは、鍋料理だった。
ぐつぐつと、音をたてて、煮えている鍋は、臓物を香辛料を効かせて、煮込んだもののようだった。
この手のものは、ぼくは好物だった。
ひと山当てるまでは、そう裕福な暮らしはしていなかったし、たいていの国で、貧しいものの間では、この手の料理はこよなく愛されている。
しんどそうなティーンの前に、ぼくはモツをもった皿を取り分けた。
見た目的には、あまり美味そうでは無い。
本人の話では、名家の娘として、育ったわけだから、あまりお目にかかったことのなき料理かもしれない。
ギョッとしたように、しり込みするティーンに、ぼくは言った。
「おまえは、血を失い過ぎている。
サリアの薬で、傷口は塞がっているが、血液をつくる栄養素が必要だ。こいつは、それに役に立つ。」
恐る恐るスープを口に、運んで、ティーンは、「美味しい」と言った。驚いたようにも見えた。
ぼくは、ラウルとクラウドとライミアを、等分に見比べた。
傷を負って、血を失った娘から、さらに吸血を行おうと、“真祖”とその直属の部下なら考えないだろう。
もし、一宿一飯の恩義を返すのなら、ぼくこ血を吸わせる。
とは、いってもいまのぼくの体は、ジオロ・ボルテックが作り上げた義体だ。
たしかに流れた血は赤く、通常の治癒魔法がきちんと作用しているが、こいつらの嗜好に合うかどうかまでは、知らん。
知性をもった魔物のなかには、人間の暮らしを好み、それに混じって生活することを好むものもいる。
だ意表的なものが、古竜だ。
彼らは、どうかすると人間が、洞窟でよ夜風を凌ぎ、石と石を打ち合わせて、道具を作っていたころから、人という生き物を知っていたはずだ。
その毛の薄い猿の一種が、群れをつくり、それが分裂し、その集団のなかでの決まり事を、を文化として、昇華させる過程を彼らは見てきたはずだった。
だが、彼らはどうしたものか、人間のその愚かさの象徴のようなものを好んだ。
吸血鬼が、人間に混じるのは、もともも人間の血を餌として捕食する必要があるからだという理屈は、少し違う……と、ぼくは思っている。
彼らは、もともとが人間であり、野山に混じって、獣と暮らして、獣の血をすするよりは(吸血の対象が温かい血をもつ生き物であればいいのは研究されていた)、きちんと衣服をきて生活し、屋根と壁のあるところで休むほうが「快適」なのだ。
モツ鍋のつぎに今度出てきたのは、アイスクリームだった。
コースメニューとしては、めちゃくちゃである。
アイスクリームは、ドライフルーツを練りこんだもので、かすかに酒の味がした。
ラウルは、好物らしく、目を輝かせて、ひと皿を食べ切ると、「おかわり!」と叫んだ。
同席していた女吸血鬼ライミアは、苦笑しながら、自分の分をラウルの前に押しやった。
「ティーンとヒスイ、といったな。何のために三層を目指すのだ。」
もうひとりのクラウドは、“騎士爵”を名乗っている。吸血衝動をある程度克服しないと、爵位をもっては呼ばれないが、クラウドの名乗りの“騎士爵”は微妙だ。
通常、貴族の家名というのは、与えられた土地の名前に由来する。
クローディア公爵家ならば、クローディア地方の支配権をもっているし、またクローディア家は一時期、オールべ伯爵も名乗っていた。
西域の街オールべの領主でもあったからだ。
このライミアは、爵位を名乗らない。
しかし、ぼくたちを見つめる目には、生き血への葛藤など、どこにもなかった。
「“神竜皇妃”リアモンド様に、助言を求めに行きます。」
「それは、サリアがガイドについていても、かなり危険な行為だぞ、ヒスイ。」
ライミアは、ぼくをじっと見つめた。
ぼくの素性がわかってしまったかと、ぼくはちょっと心配になったが、まさかそんなことはないだろう。
「危険なのは、承知です、ライミア。」
ティーンは、アイスクリームを保留して、モツ煮込みをおかわりしていた。
「しかし、わたしたちは、階層主の叡智を必要としているのです。」
ラウルが、おかわり!と叫んだ。
ライミアは、まだ手をつけていなかったティーンのまえから、アイスクリームをかっさらった。
「叡智にあふれた階層主には、ここにもいるけど」
「皮肉はいいよ、ライミア。」
忙しくアイスクリームを口に運びながら、ラウルは言った。
「でも三層が、危険なのは、本当だよ。
知性をもたない竜もうろうろしているし、古竜にしたって、なにしろ、あいつらは気まぐれだからね。
ねえ、ライミア、この前の木の実を練りこんだやつもないかな。」
次の料理が運ばれてきた……。
細長いガラスの容器のなかは、様々の色なアイスクリームとスポンジが、層をなしている。
その上に生クリームがこんもりと盛られ、綺麗にカットされた生のフルーツが刺さっていた。
甘いものが苦手な者には、悪夢のような光景だった。
「それはそうと。ライミアさんは、爵位を名乗らないの?」
ティーンが、これは渡すまい、とパフェを握りしめながら言った。
「わたしは、まだ成って、5年かそこいらの
吸血鬼だから、ね。
伯爵だ、子爵だと名乗るのは百年早いと思うわ。
それに爵位には、もうあきあきしてるのよ、アデルの娘。」
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