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ギルドの少女

凛々しくて間抜けな愛しいあなた

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十代半ばの少女の、あるいは少年の恋愛感情を何に例えたらいいのだろう。
形も定まらぬなにかは、透明な空に向かって放たれて、輝き、しかし、泡のように消えていく。

16歳という成人には、まだ少し間がある。
まだ、彼ら彼女らは生活を考えなくてもよい。
どこに住んで、なにで稼ぐか。自分がなにになりたいかを決めるには、まだ少し余裕がある。

だからと、言って、感情は感情のままにとどまらず、体は触れ合うことを本能的に求めあう。

学院という限られた空間、学生という限られた時期にだけ咲く。
あとから、思い返してはじめて気がつく美しく儚い季節。

ミュラの場合は、少し状況がかわっていた。

いよいよ卒業が、数ヶ月先にせまったとき、ミュラは、フィオリナをお茶に連れ出し、じぶんの気持ちをあらためて伝え、これからもずっとそばにいたいと懇願したのだ。

そう、あらためて伝えたのだ。
ミュラにしてみれば、自分の気持ちなどとっくにフィオリナに伝わっていると思っていたし、フィオリナもそれをわかっていて、一緒に食事をしたり、談笑したり、プレゼントを交換しあったりすることを拒まれたことはなかったので、お互いの感情が同じ方向を向いているに違いない、とそう思っていたのである。

フィオリナは困った。

ミュラは別段、悪い先輩ではなかったが、これでフィオリナが同意してしまったら、まずもって間違いなくそういう行為におよんでくるだろう。
ミュラの肌はすべすべしていたし、すらりと足の長い体型も、フィオリナの好みでは、あった。
しかしさすがに婚約者がいる身で肌を合わせる行為はまずいような気がした。
そもそもハルトと、そういった行為をまったくしていないのだ。

ミュラの感情が恋にちかいものだということは、気がついてはいたものの、彼女が卒業してしまえば、距離ができる。
そのうえで、時間が解決してくれる問題だろうと、フィオリナは思っていたのである。

一方で、フィオリナは公爵家令嬢であった。

ミュラの家は、古くからの格式のある伯爵家で、その影響力もふくめ、ミュラと仲良くしておくことに依存はない。

「ミュラは魔道院に進学するのだと思っていた。」

目の前のティーカップの横に、学院の制服のボタンがおかれている。

卒業式に思い合う者同士がボタンを交換する、という習わしがあるのはフィオリナも知っていた。
だが、卒業式まではまだ二ヶ月以上あるのだ。

ボタンなしで明日からの学院生活をどうするのだ?この凛々しくも抜けた先輩は。

「魔道の勉強はしたい、さ。でも魔道院に入ってしまえば、しばらくは外出の自由もない。」
ミュラは唇を噛んだ。
「フィオリナに会えなくなってしまう。」

「あそこの妖怪じじいはハルトと仲がいいから。
外出許可がでるよう、頼んでおきますよ。」

そういう問題ではない。

と、視線でミュラは訴えた。

まいったなあ。

これが噂にきく女の涙ってやつか。

受け入れなければこちらが、自動的に悪者になりかねないその潤んだ視線を、フィオリナはカップの湯気を観察することではずした。

ちょっと小金持ちの商人の娘程度なら、クローディア公爵家で雇ってしまう、という手もあった。
しかし、ミュラは伯爵家の令嬢である。
両親は、どこかの有力な貴族と縁をつなぐために、彼女を使うだろう。

いわゆる政略結婚というやつだ。
その相手がクローディア公爵家ならば?

家の格という点からは名門伯爵家である彼女の家との釣り合いは取れている。
だが、フィオリナも女性で、しかも王太子であるハルトの婚約者なのだ。

同性同士の恋愛には、聖光教会の教えに反して、北の国々は寛容である。

(ハルトとこのことについて、話をしたが、結局は寒いからだ、という世にもくだらない結論に達した。
人肌というのは温かいのだ。)

まあ、後ろ指をさされることはないにしろ、家と家との繋がりは生まれにくい。
両方の血を引く跡取りが産まれないからだ。

ミュラの魔法の才能を伸ばし、フィオリナの身近にいられて、しかも伯爵家からも納得のいく処遇。

フィオリナはふと思いついて、ミュラにたずねた。

「うちのギルドで働いてみる?」
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