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千年の時

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「…魔女…お前を殺す」

 魔女は何も言わずにただ一度コクリと頷く。

「最後に言いたい事はあるか」

「…其方だけだ。私が願いを叶えてやれなかったのは」

「それはとても良い事を聞いた」

 この3ヶ月続いた男の牢屋通いも今日で本当の最後となる。何の意味も感じない拷問を繰り返し、大切な部下を失い、怒り狂うほどに感情を揺らした。

 剣を握る手にも力が入る。

「…私はやっと死ねるのだな」

「…何を言っている」

「…」

 これまで頑なに『願いを…』と言い続けていた魔女との最後の最後に交わす言葉が何とも普通で。
 こうして魔女が死ぬ事を恐れないのは男にも予想出来たが、『やっと』とはどう言う意味なのか、それが如何しても分からない。

「最後だから聞かせてくれ」

「…」

「魔女よ。何故あの時大人しく捕まったのか」

「それが私が叶える最後の願いか」

「…何?」

 まるで感情を無くしたようなこれまでの魔女らしからぬ悲しげな笑みに誰もが目を奪われる。

「…待て。私は言ったはずだ。私がお前に何かを望む事はないと」

「…何故だ。お前は言った。私を殺すと」

「あぁ。今からお望み通り…」

「なら、そこにいる誰でも良い。最後の願いを言え」

「…え?」

 後ろに控えていた兵士達は戸惑い、そして当たり前のように言う魔女の声が牢に良く響く。

「もう、誰もお前に願いを言う事はないし、お前が誰かの願いを叶える事もない」

「…それでは私は死ねぬではないか」

「…死ねない、だと?」

「其方らはまだ私の邪魔をするのか?」

「何を…」

 魔女が初めて見せた悲しみの色に誰もが戸惑いを隠せない。痩せ細って元の姿は見る影もないはずなのに妙に惹きつけられて目を離せない。

「私を殺したいのならば、其方らの王が私にかけた呪いを解かなければならない」

「…何を言っているのだ。我らの王とは誰のことを言っているのだ。呪いとは何か…」

「…1000年前、其方らの王・バタンテール1世が私にかけた“千の呪い”の事を言っている」

「千の呪いって…」
「あの、呪いか…?」
「あれは御伽噺だろう…?」

 “千の呪い”
 
 この世で最も優しく綺麗だと神に認められた美しい魂を持つ聖女がかけられたとされている呪い。
 その呪いをかけられた者はどんなに痛く辛くとも、たとえ身体が朽ち果てようとも、いついかなる時でも人々の願いを叶えなければならない。
 そして、人々の千の願いを叶え終わるまでは呪いは決して解けず、又死ぬ事も許されない。
 その呪いをかけられた聖女は人々の欲望にまみれた願いを一つ叶えるごとにその優しく綺麗な魂を穢し続け、神からも見放されたと言われている。

「何故…王が…」

「それは知らぬ」

 それは聖女と呼ばれた魔女にかけられた残酷な呪い。




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