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平民と貴族は分かり合えないと思っているのね。

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「でも……ねぇ、婚約破談になったら、お相手の方々、大変じゃないこれから」

とりあえず手近なヤバ案件から手をつけようと話を振ると、私が手渡したお見舞いのクッキーを頬張りながらユリアはあっさり頷いた。

「そりゃまぁねぇ。しかも破談じゃなくて破棄だし」

ユリアのあっさりとした訂正に、私は真っ青になって叫ぶ。

「破棄!?」
「しかも公衆の面前で」
「公衆の面前で!?理由は!?」

意味がわからない。そんな馬鹿な、と理由を問えば、ユリアは喉の奥で小さく笑ってから、ひどく冷たい微笑を浮かべた。

「魔王に取り込まれたこと、よ」
「……え?」
「あの方々は、婚約者の心を取り戻そうとして、闇の力に手を染めるのよ」

唖然として暫く言葉を失った私は、必死に頭を振って否定した。そんなこと、ありえるはずがない。

「そんな馬鹿な!?禁忌じゃない!」
「でもやるのよ、恋に狂った馬鹿な女達は」

ふん、と腹立たしげに鼻を鳴らして言うユリアに、私は動揺しながら聞き返した。

「女達って、え、婚約者様方の全員が!?」
「普通なら攻略ルートの対象になった相手の婚約者だけ。でも私が進まなきゃいけないのはハーレムルートだから、全員敵になるかも」

面倒くさそうに、けれどそうなることを受け入れた様子で話すユリアに、私は焦り、必死に止めた。

「みんな凄く優秀な人ばっかりよ!?危険すぎるわ!敵になるより味方にした方が絶対いい!方針を考え直した方が」
「味方に?……平民出身の聖女候補の?どうやって?話すことすら難しいのに」
「あ……」

蔑むように薄笑うユリアに、私は言葉を失う。
確かに彼らは、ノブレスオブリージュに則り、弱き者を救い助けることを美徳とする、根っからの貴族だ。この国であるべき正しき貴族の形、その理想を体現したような方々と言える。
彼らは、ユリアが身分に囚われず、そして男女問わず、親しい距離で関わることをよしとはしていない。はっきり言うわけではないが、ユリアを王太子や高位貴族令息に擦り寄る売女のように非難している人すらいる。

「ユリア……でも……」
「無理よ、私は諦めてるの」

身分にこだわる彼らを嘲るように、ユリアは歌うような声で続けた。

「私も一瞬考えたわよ?でもあのイケメン達の婚約者の皆様って、身分に結構こだわる方達だからね。何回か近づこうと試みてみたけど、ダメだったの。直接酷い意地悪言われたり、されたりとかはまだないけど、……さりげなく無視されたり、わざとらしく避けられたりしてるから。味方にするのはおろか、近づくのすらムリよ」

ため息が重い。国で有数の名家のご令嬢達をほとんど全員敵に回すことになるのだから、さぞやユリアの精神的負担も大きいだろう。

「あの方々は……ご立派な人たちだから、話せば分かるかも」
、話せば聞いてくれるかもね。でも私は、なのよ。カミーユ。……貴族なのに平民を軽んじない、あなたみたいな人の方が奇特なの」
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