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あぁ、この世は、もう全てが狂っている!1
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ある日、僕と悠は、唐突に転院することになった。
迎えの車とやらが来て、スーツに身を包んだ目つきの鋭い男女が僕らの荷物を問答無用で片付ける。
困惑と申し訳なさが混じった顔の医師から退院の説明を受け、僕と悠は抵抗する間も無く、それぞれの病室から追い出された。
「悠、何か知ってる?」
「……わからない」
強張った顔で首を振る悠の手を、僕はそっと握りながら、安心させるように頷く。
「離れないから、大丈夫だよ」
「……ありがとう、瞬」
ごめんね、と消え入るような声で囁かれて、そしてキュッと手が握り返される。
そっと寄り添ってきた悠が震えているのを感じて僕は唇を噛み締める。
そして、弱々しく縋ってくる手を強く握りしめ、決意を新たにした。
決して、悠から離れない、と。
「お二人とも、シートベルトをお締めください」
無駄口はおろか、説明すらしない黒服の男が僕らに冷たく指示を出す。
反抗的に睨み返しても全く動じず、口をきこうともしない男に、僕はわざと大きく舌打ちをした。
そんな行動に意味などないと分かっていたけれど、おとなしく応じる気にはならなかったのだ。
「ちっ、なんなんだよ一体!」
粗野な口調で吐き捨てても、黒服はただ無言で見てくるだけだ。
暫く睨みつけたが、まったく動ずる気配もない様子に深いため息をつき、諦めの境地でシートベルトを手に取った。
かちゃりと音を立てて大人しく座っている悠と、自分のシートベルトを着用すると、男達はチラリと確認をして車を発進させた。
誘拐まがいな行動をするくせに、交通法を守るだなんて、妙なことだ。
「……ふざけてる」
外の風景も見えない真っ黒な窓ガラスに悪意を感じて苛立ちが募る。
隣でぼんやりと足元を見つめる悠の力無い手を握りながら呟くと、運転席の男が淡々と口を開いた。
「ドアのロックはこちらからしか外せません。逃げ出そうなどとお考えになりませんように」
「……チッ」
聞こえるように舌打ちをして、僕は無力感と諦観に唇を噛み締める。
身を寄せ合う僕らを乗せて、禍々しく黒光りする闇色の高級車は、滑るように走り出した。
そして、新しい病院とやらがどことも聞かされず、まるで犯罪者が護送されるかのような厳重さで連れ去られたのだった。
連れてこられたのは、巨大な屋敷だった。
周囲には何人ものいかつい顔をした屈強な警備員が立ち、周囲に目を光らせている。
この屋敷の主人はさぞ怨恨を買っているのだろう。
いつ襲撃を受けても対応できそうな警戒ぶりで、物々しさすら感じさせる。
病院どころか、マトモな場所ではないことは確実だった。
僕は、ぼんやりとしたままの悠の手を引き、悠を守るように家の中へと足を進めた。
「やぁ、よく来たね」
「……やっぱり、お前か」
案内された部屋には、当たり前のようにソファで寛ぐ雪那が待っていた。
やけに朗らかに笑う雪那は上機嫌で、僕はますます苛立つ。
視線をずらせば、そこにはもう一人、さも当然のような顔で優雅にティーカップを傾ける人間がいた。
これまで一度も見たことがない女だ。
「……何者なんだ、あんた」
「ふふっ」
眉を顰め、射殺さんばかり睨みつける僕を嘲るように女は吐息で笑う。
「あらまぁ、言葉遣いをご存じないのかしら?雪那さんがお好きそうな、躾け甲斐のありそうなオメガですこと」
女から意味深な流し目を送られた雪那は、楽しげに肩を揺らした。
「はははっ、お褒めにあずかり恐縮だね」
「なっ、人のことを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
目の前であからさまに貶められ、憤然と抗議しても、目の前の奴らは僅かの痛痒も感じないような顔で、優雅に微笑むだけだ。
「馬鹿になんてしていないよ、ねぇ?」
「ええ、もちろん」
口元を細長く美しい指で隠しながら笑う女は、おもわずたじろぐような、圧倒的な強者のオーラを漂わせていた。
闇のような黒髪は光沢を放ち、白皙のかんばせを漆黒で彩る。
まるで、冥界の女王のように。
「瞬さん、『ひと』のご自覚がおありなら、もう少し賢く振る舞われた方がよろしいわよ?……悠さんのようにね」
そして僕の名を口にしながらも、僕のことなど視界に入っていないかのように、女は悠へとじっとりとした熱い視線を注ぐ。
その、しなやかで美しい肢体からたちのぼるフェロモンは、明らかにアルファのものだった。
「……なんのつもりだ」
唐突に嫌な予感に襲われて、僕は思わず背中に悠を隠した。
傲然と目の前に立つアルファ達から、窶れて小さくなった体を庇う。
整い過ぎた容姿も、纏う覇者然としたオーラも、どこも共通点はないはずなのに。
何故か女には、僕らを捨てた母の面影が見え隠れした。
それが尚更に不安を煽る。
母の面影は、僕らにとって不幸の始まりの象徴なのだ。
警戒心をあらわにして野良猫のように睨みつける僕を、雪那はゆっくりと見下ろして、やけに楽しげに頬を緩めた。
「ふふ、紹介しよう。……彼女の名前は十和子。君たちの伯母上の娘さんで、皐月グループの後継者だよ」
迎えの車とやらが来て、スーツに身を包んだ目つきの鋭い男女が僕らの荷物を問答無用で片付ける。
困惑と申し訳なさが混じった顔の医師から退院の説明を受け、僕と悠は抵抗する間も無く、それぞれの病室から追い出された。
「悠、何か知ってる?」
「……わからない」
強張った顔で首を振る悠の手を、僕はそっと握りながら、安心させるように頷く。
「離れないから、大丈夫だよ」
「……ありがとう、瞬」
ごめんね、と消え入るような声で囁かれて、そしてキュッと手が握り返される。
そっと寄り添ってきた悠が震えているのを感じて僕は唇を噛み締める。
そして、弱々しく縋ってくる手を強く握りしめ、決意を新たにした。
決して、悠から離れない、と。
「お二人とも、シートベルトをお締めください」
無駄口はおろか、説明すらしない黒服の男が僕らに冷たく指示を出す。
反抗的に睨み返しても全く動じず、口をきこうともしない男に、僕はわざと大きく舌打ちをした。
そんな行動に意味などないと分かっていたけれど、おとなしく応じる気にはならなかったのだ。
「ちっ、なんなんだよ一体!」
粗野な口調で吐き捨てても、黒服はただ無言で見てくるだけだ。
暫く睨みつけたが、まったく動ずる気配もない様子に深いため息をつき、諦めの境地でシートベルトを手に取った。
かちゃりと音を立てて大人しく座っている悠と、自分のシートベルトを着用すると、男達はチラリと確認をして車を発進させた。
誘拐まがいな行動をするくせに、交通法を守るだなんて、妙なことだ。
「……ふざけてる」
外の風景も見えない真っ黒な窓ガラスに悪意を感じて苛立ちが募る。
隣でぼんやりと足元を見つめる悠の力無い手を握りながら呟くと、運転席の男が淡々と口を開いた。
「ドアのロックはこちらからしか外せません。逃げ出そうなどとお考えになりませんように」
「……チッ」
聞こえるように舌打ちをして、僕は無力感と諦観に唇を噛み締める。
身を寄せ合う僕らを乗せて、禍々しく黒光りする闇色の高級車は、滑るように走り出した。
そして、新しい病院とやらがどことも聞かされず、まるで犯罪者が護送されるかのような厳重さで連れ去られたのだった。
連れてこられたのは、巨大な屋敷だった。
周囲には何人ものいかつい顔をした屈強な警備員が立ち、周囲に目を光らせている。
この屋敷の主人はさぞ怨恨を買っているのだろう。
いつ襲撃を受けても対応できそうな警戒ぶりで、物々しさすら感じさせる。
病院どころか、マトモな場所ではないことは確実だった。
僕は、ぼんやりとしたままの悠の手を引き、悠を守るように家の中へと足を進めた。
「やぁ、よく来たね」
「……やっぱり、お前か」
案内された部屋には、当たり前のようにソファで寛ぐ雪那が待っていた。
やけに朗らかに笑う雪那は上機嫌で、僕はますます苛立つ。
視線をずらせば、そこにはもう一人、さも当然のような顔で優雅にティーカップを傾ける人間がいた。
これまで一度も見たことがない女だ。
「……何者なんだ、あんた」
「ふふっ」
眉を顰め、射殺さんばかり睨みつける僕を嘲るように女は吐息で笑う。
「あらまぁ、言葉遣いをご存じないのかしら?雪那さんがお好きそうな、躾け甲斐のありそうなオメガですこと」
女から意味深な流し目を送られた雪那は、楽しげに肩を揺らした。
「はははっ、お褒めにあずかり恐縮だね」
「なっ、人のことを馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
目の前であからさまに貶められ、憤然と抗議しても、目の前の奴らは僅かの痛痒も感じないような顔で、優雅に微笑むだけだ。
「馬鹿になんてしていないよ、ねぇ?」
「ええ、もちろん」
口元を細長く美しい指で隠しながら笑う女は、おもわずたじろぐような、圧倒的な強者のオーラを漂わせていた。
闇のような黒髪は光沢を放ち、白皙のかんばせを漆黒で彩る。
まるで、冥界の女王のように。
「瞬さん、『ひと』のご自覚がおありなら、もう少し賢く振る舞われた方がよろしいわよ?……悠さんのようにね」
そして僕の名を口にしながらも、僕のことなど視界に入っていないかのように、女は悠へとじっとりとした熱い視線を注ぐ。
その、しなやかで美しい肢体からたちのぼるフェロモンは、明らかにアルファのものだった。
「……なんのつもりだ」
唐突に嫌な予感に襲われて、僕は思わず背中に悠を隠した。
傲然と目の前に立つアルファ達から、窶れて小さくなった体を庇う。
整い過ぎた容姿も、纏う覇者然としたオーラも、どこも共通点はないはずなのに。
何故か女には、僕らを捨てた母の面影が見え隠れした。
それが尚更に不安を煽る。
母の面影は、僕らにとって不幸の始まりの象徴なのだ。
警戒心をあらわにして野良猫のように睨みつける僕を、雪那はゆっくりと見下ろして、やけに楽しげに頬を緩めた。
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