私って悪役令嬢じゃなかったの!? 〜ヒロインは男、ここはたぶんBL世界(R18なやつ)〜

トウ子

文字の大きさ
8 / 11

★誰よりも優秀で、誰よりも勇敢で、誰よりも慈悲深く

 それは、偶然のことだった。



「殿下は本当にお優しい。きっと将来は慈悲深い君主となられるであろう」

 廊下の向こうから聞こえるのは、褒めているはずなのに、どこか聞く者に不安感を抱かせる男の声。それは私の家庭教師の一人だった。

「そんな言い方はおやめなさいませ」

 不快さを露わに苦言を呈したのは、私の乳母だ。二人は扉を一枚隔てたこちらに私が居合わせていることなど、気がついていないのだろう。乳母の叱責に、男はため息を一つ吐いて、嘆くように呟いた。

「ルイス殿下が、カール殿の半分でも気骨があればよろしいのだが。あの調子では佞臣にいいように使われてしまわないか、心配でならんのだよ」
「それは……」

 乳母が口籠る。私のと紙一重の優柔不断さや、決断力のなさ、為政者としての甘さを一番よく知っているのは、幼い頃からそばにいた彼女だろうから。

「け、けれど、ルイス様の穏やかなご気性は、後から手に入れることは出来ない、何よりの美点にございます。衷心より仕えるべき君主の優しさに、畏れ多くもつけ入ろうとする下卑た者どもが悪いのです!」
「無論、その通り。そして、主君が優しすぎるのであれば、家臣が埋めれば良い。……だから我々は、将来優れた側近となる素質のある者を、ご学友として選ばねばならない」

 そして男の口から、私に足りないものをありがたくもだろう、優れた少年たちの名前が挙げられる。皆、社交界で名だたる将来有望な少年たちだ。そして男は、最後にカールの名を挙げて、また大きなため息を吐いた。

「カール殿のような方が、ルイス様のお側にいて頂けると安心なのだが……カール殿はご自分のご弟妹にしか興味がないと噂だからなぁ」

 滅多に会ったことはないが、名前だけは何度も聞く名門侯爵家の長男。
 美形揃いの一族の中でも群を抜く美しさと、静謐な美貌に隠した苛烈さを併せ持つ少年。同年代の誰よりも優秀で、剣の腕にも秀でると聞く。

 放任主義の侯爵家はしばしば子供達だけを宴の席に放り出すが、カールは年齢に比べやけに男心をそそる魅惑的な妹と少年愛好者垂涎の的と噂の可憐な弟を、社交界の悪鬼達の欲望の手から見事に守っているのだ。
 ほんの子供でありながら大の大人達を軽々とあしらうその様は、将来が楽しみというよりも末恐ろしいとの声の方が多い。笑える話だ。社交界の魑魅魍魎が、あんな年端もいかない子供を恐れているというのだから。

「殿下は人徳がおありですから、きっとカール様とも仲良くおなりでしょう」
「……だといいのだが」

 乳母の言葉に、男は暗い声を返す。
 男の願望も不安も期待も危機感も、至極真っ当で適切なものだ。
 私はしみじみとそう思う。なぜなら私ですら、まったくもって同意するからだ。

 だが一つだけ訂正するとしたら、そのは、おそらくは優しさなどと言うものではない。

 私に単に、心底わからないのだ。

 法的に正しいのはどちらかは分かる。だが道徳的に正しいのかは分からない。
 合理的なのがどちらかは分かる。だが良識的なのかは分からない。
 教師の示す道徳や戦術や経済学や外交術、それぞれに基づいて、教師の問いかけへの正解は分かる。だが、清濁合わせ飲む為政者として、現実の世界でもそれが正しいのかはわからない。

 粗相をした侍女や侍従を処罰するのも苦手だ。どの程度の処罰を下すのが適切なのか、私にはわからない。分からないままに、周囲の空気を読み、彼らの願いを汲み取ってしまうのだ。だからいつも、私が下す処罰は、本来。周りの願う通りのことをしてしまうからだ。

 これでは上に立つ者として失格だろう。
 そんなこと、分かってはいるのだ。
 下の者の願いのままに動く君主など、恐怖以外の何者でもないのだと。

 だが、個々の事情も鑑みず、一律に規則に沿ってそのままに処罰を下しても、それはそれで問題になるのだろう。人情味がないとか、寛容さに足りないとか、柔軟性がないとか。

 私は適切な按配というのを見計らうというのが苦手なのだ。必死に周囲の空気を読んで、誰からも嫌われないように生きようとしているかのような、この浅ましい真似は、きっと後ろ盾のない私が王の唯一の嫡子として生きていくための処世術なのだろう。……などと、頭の中で理由をこねくり回して、そんな自分に嘲笑が溢れる。

「はぁ。我ながら、見苦しいな」

 いくら自身に言い訳したとしても、私とて、このままでいけないことは分かっている。

 私は王太子として、誰よりも優秀で、誰よりも勇敢で、誰よりも慈悲深くあれと期待されている。けれど私は、今のところ優秀さでも勇敢さでも、件のカールに負けていることだろう。
 唯一周囲から評価されているとて、私のしていることは、単にだけだ。罰することができないだけだ。正しい在り方ではない。
 君主として厳格になすべき信賞必罰を不得手とする私に、失望の眼差しを向けていた、あの教師を思い出す。彼は言った。

「優しいだけでは、良き王にはなれません」

 と。

 彼も私を、優しく、それゆえに弱く、寛大で、それゆえに怒りを感じず、人を憎んだり罰したりできないのだと考えているのだ。

 本当は、違う。
 違うのだと、私は知っている。
 私は分からないだけなのだ。
 私はきっと、真の意味で人に、人間というものに、興味が持てないのだ。だから分からないのだ。人の感情と向き合えず、捉えられず、うまく扱えないのだ。

 けれどそんなことは口にはできない。
 王になる人間が、人の気持ちが理解できないだとか、人に興味を持てないだとか、……考えれば考えるほど、人が駒のように感じられるのだ、とか。決して、言ってはならないのだ。

 私は私のこの最大の欠点と弱味を、誰にも伝えられずにいる。だが。

「……このままでは、私はいつか正気を失い、人形ひとがたの化け物になるのかもしれない」

 そんな恐れを、私はずっと胸の底に抱いている。
感想 0

あなたにおすすめの小説

同性愛者であると言った兄の為(?)の家族会議

海林檎
BL
兄が同性愛者だと家族の前でカミングアウトした。 家族会議の内容がおかしい

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。