日記以下独り言以上

潜棉

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帰り

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桜の満開具合がニュースで流れる季節のこと。ようやく帰れる時間になったのは夜が更け始めた22時半頃だった。買ったばかりのイヤホンを耳に挿して学校の駐輪場で自分の自転車を探しながら、携帯からはお気に入りの曲を何曲か流していた。

「何処だよ俺のチャリ」

この時間にもなれば駐輪場の灯りは消え、唯一ある灯りはとても頼もしいとは言いづらい携帯のフラッシュしかなく、この時間での探し物は難航を極めた。
ようやく見つかった時にはもうお気に入りの曲が三曲目へ差しかかろうとしていた。

「こんなとこにあったのかよ。もう早く帰ろ。」

自転車のスタンドを上げ、バッグをカゴに入れ校門へ急いで向かった。
幸いなことにまだ校門のフェンスは完全には閉められてなく自転車一台分がなんとか通れるぐらいの隙間があった。用務員が気を利かせてくれたのだろうか、それとも誰かが開けたのかは知らないがそんな事より早く家に帰りたいという気持ちでいっぱいだった。

そもそも何故夜の22時半になって学校から帰るのかというと、恥ずかしい事なのだが部室で寝過ごしてしまったのである。この日の練習はやけに厳しく、内心(こんな部活辞めてやろう)と思ってしまうほどであった。部活が終わった後仲間たちと談笑しながら着替えをしていたのだが、仲間達が着替えが終わり全員帰った後も特に帰る気にもならずボーッと携帯を眺めていた。午後の20時手前の事だ。そこからの記憶は無い。つまるところ携帯を見てたら寝落ちしたのだろう。気づけば22時を回っていた。そして起きて時計を確認して慌てて駐輪場まで来たわけだ。

この時間になると街灯以外の灯りは消え、眠りにつくのが早い民家ではもう灯りは消えている。この暗さで帰路につくのは初めてのことだった。だからなのか普段気にしないものがやけに視界に入ったりもする。前日の雨で着たのだろうかレインコートを干してあるだけなのに、それが人影に見えてしまったり見たことのない看板があったり。部室でしていた談笑に怪談が含まれていたせいでより怖く感じてしまう。集中を視界から聴覚に移した。

「最近はほんと忙しくて疲れるなぁ。」

無意識にぼやいた。なにしろここ1カ月、部活やテスト勉強などで多忙を極めており睡眠時間なんてろくに取れていない。授業中寝てしまうことも多々ある。そんな疲れも相まって考える内容は拍車をかけたようにネガティブになっていった。挙げ句の果てには自殺なんて言葉も頭をよぎったが流石によぎっただけで終わった。だがもういっそ楽になりたい。そう思い始めると途端にそれしか考えなくなる。辞めたい。何もかも投げ捨て責任も何もない世界で自由に生きたい。
だが現実はそうはいかない。全てを投げ捨て生きてく事なんて出来やしないのである。結局今この瞬間起きてる問題をローリスクノーリターンで延長することが精一杯の自分にそんな選択肢は得られないのだ。真っ暗だ。なにも灯りなんて無い。どうすれば何をすればこの掴めない未来への安心が手元に置けるのだろうか。考えるのも嫌になってきた。明日も学校だ。思考回路は既に単純化され(明日も学校なの面倒いな)ぐらいしか考えられなかった。

ふと、対向車線の歩道に視線を移した。

そこには単純化した脳でも理解できるほど綺麗な桜が咲いていた。

桜はオレンジ色の街灯に照らされ淡いピンクの花びらを街灯は黄朽葉色に変えていた。ヒラヒラと表情を変えて変えて散る桜はきっとギュスターヴも川瀬巴水も再現なんて出来ない。気付けば自転車を止め見入ってた。神秘的だった。その桜は何もかもを忘れさせてくれた。部活の疲れも、将来への不安も。

写真を撮って帰ろうと思ったが、携帯のカメラじゃこの非現実的で美しく散る桜を撮ることは出来ないと考えまた自転車を漕ぎ始めた。

そうか。悩んでても仕方ないのか。

どこか心が軽くなったような気がした。

お気に入りの曲は探し物の時から6曲ぐらいが流れていたようだった。

そして翌日の朝。自分はまた目を覚まし今までと同じで少し違う日々を過ごし始める。
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