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リクエスト02

夢と帝人(4)

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 その瞬間、帝人は瞼を持ち上げた。


 視界には、なじみ深い天井が飛び込んでくる。

「……っ!」

 彼は勢いよく身体を起こすと、額に手を当てた。

「なん、て、最低な夢を……」

 低い呻き声が落ちた。
 ドッドッと激しい心臓の鼓動が耳を打っている。

 幸い下着を汚すようなことはなかったが、愚息が下着の中で痛いくらいに自己主張をしていた。

 帝人は唾液を飲み込み、大きく息を吸って、長い溜息を吐き出すと、フラつく足取りで部屋を出た。

 キッチンから食事を作る音がする。
 蒼悟だ。

 帝人は「おはよう」とキッチンに声を掛けると、浴室に駆け込んだ。
 さっさと裸になり、シャワーの蛇口をひねり、火照った身体に容赦なく水を浴びせる。

(俺はなんて夢を……なんて夢を……っ!)

 伝の汗ばんだ白い肌だとか。
 ぐちゃぐちゃに泣いて、喘ぐ表情だとか。

 瞼の裏に張り付いているのかというほど、リアルな情景が何度も過る。

 顔が熱い。
 ……混乱している。

 彼は無言で水を浴び続けた。

 鳥肌が立つほど寒くなる頃、あれほど自己主張していたソコは平常心を取り戻していた。
 ホッと胸を撫で下ろし、帝人は浴室を後にする。

 と、

「あっ、帝人さん。おはようございます」

 にこやかに挨拶をしたのは、伝だ。
 帝人がシャワーを浴びているうちに起きてきたのだろう、彼はいつものように蒼悟の朝食の支度を手伝っていた。

「あ、ああ、おはよう」

 帝人はぎこちなく返事をした。
 伝が不思議そうに目を瞬かせる。

 帝人は理由の分からない衝動に駆られて、伝の後ろで黙々と動く蒼悟に声を振り絞った。

「俺はっ! 俺はっ、ソウのことが好きだよっ!」

「え……っ」

 キョトンとする伝。

 帝人は必至だった。とにかく、そう叫ばないといけないと思ったのだ。

 すると振り返った蒼悟が、不思議そうに、けれどしっかりと頷いた。

「うん。俺は類が好きだ」

 帝人の心に、グサッと言葉の矢が刺さる。
 目まいに襲われて、彼はよろりと壁にもたれかかった。
 ぶつけた頭がゴンッと音を立てる。

「ソウさん!? 朝から帝人さんに致命傷与えるのやめてあげてくれませんか!?」と、伝。

「???」

 蒼悟はますます傾げる首の角度を大きくする。

 帝人は胸元を押さえながら乾いた笑いを落とした。
 ……胸の痛みに何故かホッとしながら。


「夢と帝人」おしまい
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