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第十一章
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「麻上君、水野君が倒れたって!」
クラスの図書委員、山本美鈴が教室に飛び込んできた。
「今、明が保健室に運んだから」
「あきら?」
「あ、ごめん、西島明」
そういえばずいぶん前に、明と美鈴は幼馴染だと、小耳に挟んだことがあった。
美鈴は、涼介の物らしい鞄を持っていた。
「それは水野君の鞄ですか?」
「そうよ」
「預かりましょうか? 保健室に様子を見に行きます」
美鈴はニコリと感じ良く笑うと、鞄を圭の机の上に置いた。
「私も保健室に行くわ。明の様子もおかしかったし」
机に椅子をしまうと、圭は、美鈴と共に保健室に向かった。
「西島さんと、仲が良いのですね」
「良いというか、兄妹みたいな感じかな。親同士が仲良くて。子供の頃はよく遊んだけど、明が中学に上がったら、小学生なんか相手にしてられるかって感じになっちゃって」
癖のない髪が、歩みに合わせて、前後に揺れる。健康的で明るい美鈴は誰とでも仲良く、圭にとって、唯一、普通の会話ができるクラスメートである。
「西島さんは、同い年ではないのですか?」
「いっこ上。受験直前にお兄さんが亡くなってね。お兄ちゃん子だったから」
内緒ね。と、人差し指を唇の前に立てる。圭は小さく頷いた。
保健室の前には、人だかりができていた。全て女子である。明と涼介目当てだろう。明が好きな子と、涼介が好きな子を分けられる。圭はどうでもいい自信を持っていた。今、自分を睨んでいるのは、涼介派だ。と。
女子達を掻き分ける美鈴の後からついて、保健室に入った。
保険医の指示で扉をしっかと閉め、振り返ると、美鈴の言った通り、ぼんやりと座り込んだ明が視界に入った。
「親御さんに連絡するから、山本さん、西島君に付いててもらえるかな?」
はいと返事しようとした美鈴を、明が遮る。
「やめてください。俺は病人でもけが人でもない。親に心配は掛けたくありません」
「でも、明日から夏休みなんだから、家に帰るでしょう?」
明は首を、横に振った。
「勉強しないと」
「勉強も大事だけど、親御さんを安心させるのも大事よ」
保険医は食い下がるが、明も頑固だった。
確かに、病人でもけが人でもないが、常に冷静沈着な明が、ぼんやりしているだけで、事件である。
結局、明の意見が通り、帰ることが許された。美鈴も、優しい妹よろしく、後ろからついて行く。
「じゃ、またね!」
可愛い笑顔を残して。
「さて、問題はこっち」
涼介は規則正しい呼吸をしていた。
「爆睡中なのよね」
「爆睡?」
「多分、ひっぱたいても起きないわよ」
呆れた様子である。
「ひっぱたいてみましょうか?」
心配しただけに、多少腹が立って、手を振り上げる。
「やめてやめて。今ひっぱたいたら、暴力よ。
さて、どうしましょう」
「うちに連れて帰ります」
さっさと家に帰れ。と、怒鳴る声がする。
「天の助けね」
山上は扉を開くと、即閉じた。
「どんな様子ですか?」
「爆睡中だそうです」
呆れるのかと思いきや、山上はヒョイと顔を覗き込み、なるほど。と、呟いた。
「なにがなるほどなのでしょうか?」
「期末の結果、水野は二十七番上がってたんだ。睡眠不足はやむおえん」
突然、山上は体を捻り、肩をほぐすように回した。これから涼介を担ぐ気なのであろう。
「しゃあないから、俺ん家連れて帰るか」
「いえ、うちに」
「お前んとこ?」
しばらく考えていたが、チラリと圭を見ると、納得したように小刻みに頷く。
「先生、背負うんで、手伝って下さい」
保険医は、心得たとばかりに近づくと、細い体からは考えられない力で、涼介を抱き起こし、山上の背中に乗せた。
「誤解しないでね。力持ちなんじゃなくて、コツだから」
との言い訳に、頷いて返した。
マンションの駐車場では、連絡を受けて、隼人がまた、待っていた。部屋まで山上一人で涼介を連れて行けるはずもなく、ヘルプに駆り出されたのだ。
「よく寝てるね」
苦笑しながら、助手席で眠り続ける涼介の背中と膝の下に腕を差し込んだかと思うと、滑らせるように引き寄せ、軽々と抱き上げた。
先回りして鍵を開けておこうと、圭も早足で追いかけるが、職業病なのか、隼人は全く歩みをゆるめない。結局追いつけないまま、玄関の前で、隼人を待たせることとなった。
「とりあえず、俺の部屋に寝かせておこうか。目が覚めたら、驚くだろうね」
「だろうな」
隼人は台所からペットボトルを持ち出すと、山上に渡した。
「経口補水液か」
「脱水が怖いからね。口移しで飲ませてあげて」
山上は慌てて、ペットボトルを隼人に押し付ける。
「笑えない冗談だよ」
「こういうことは笑ってくれなきゃ」
笑いながら、ペットボトルの口を開けつつ、涼介の眠るベッドに腰掛けた。
「な、長瀬君、まさか」
「喉が渇けば、勝手に飲むものだよ」
上半身を起こすと、ペットボトルを、涼介の口に充てがう。そっと口の中に流し込むと、喉が動き始めた。
涼介の様子を眺めていた圭に、山上がこわごわ話しかける。
「嫉妬するなよ、麻上」
「してませんよ」
と言ってはみるが、嫉妬心で、本気で涼介をひっぱたきたいのが本音である。
半分ほどになったペットボトルを枕元に置いて、お茶にしようか。と、隼人の呑気そうな声。
「ずいぶん軽々と抱き上げてたな」
「慣れとコツだよ。君くらいなら、抱き上げて走れる」
突然、体が浮き上がり、圭は短く悲鳴をあげた。
「圭、力抜いてみて」
「そんなこと言われても」
足が地面に着いていない状況は、恐怖しかない。その上、初めて抱き上げられて、恥ずかしさと緊張で、それどころではない。
「ちょっと、水野君の方が、重いのかなぁ?」
「そういや、麻上と水野は体型似てるよな」
「寝てる人間は、死体と同じだから、重く感じるんだよね」
「降ろして下さい」
山上の手前、恥ずかしさで言いはするものの、本音は反対だった。
二人きりならば、抱き上げたりはしない。いつも隼人は、必要以上に圭には触れない。意識して、気をつけて、圭を刺激しないよう、なにより、隼人自身が理性を保てるよう。
ソファの上に、優しく降ろされて、圭は不満に、ため息をまた、一つ吐いた。
クラスの図書委員、山本美鈴が教室に飛び込んできた。
「今、明が保健室に運んだから」
「あきら?」
「あ、ごめん、西島明」
そういえばずいぶん前に、明と美鈴は幼馴染だと、小耳に挟んだことがあった。
美鈴は、涼介の物らしい鞄を持っていた。
「それは水野君の鞄ですか?」
「そうよ」
「預かりましょうか? 保健室に様子を見に行きます」
美鈴はニコリと感じ良く笑うと、鞄を圭の机の上に置いた。
「私も保健室に行くわ。明の様子もおかしかったし」
机に椅子をしまうと、圭は、美鈴と共に保健室に向かった。
「西島さんと、仲が良いのですね」
「良いというか、兄妹みたいな感じかな。親同士が仲良くて。子供の頃はよく遊んだけど、明が中学に上がったら、小学生なんか相手にしてられるかって感じになっちゃって」
癖のない髪が、歩みに合わせて、前後に揺れる。健康的で明るい美鈴は誰とでも仲良く、圭にとって、唯一、普通の会話ができるクラスメートである。
「西島さんは、同い年ではないのですか?」
「いっこ上。受験直前にお兄さんが亡くなってね。お兄ちゃん子だったから」
内緒ね。と、人差し指を唇の前に立てる。圭は小さく頷いた。
保健室の前には、人だかりができていた。全て女子である。明と涼介目当てだろう。明が好きな子と、涼介が好きな子を分けられる。圭はどうでもいい自信を持っていた。今、自分を睨んでいるのは、涼介派だ。と。
女子達を掻き分ける美鈴の後からついて、保健室に入った。
保険医の指示で扉をしっかと閉め、振り返ると、美鈴の言った通り、ぼんやりと座り込んだ明が視界に入った。
「親御さんに連絡するから、山本さん、西島君に付いててもらえるかな?」
はいと返事しようとした美鈴を、明が遮る。
「やめてください。俺は病人でもけが人でもない。親に心配は掛けたくありません」
「でも、明日から夏休みなんだから、家に帰るでしょう?」
明は首を、横に振った。
「勉強しないと」
「勉強も大事だけど、親御さんを安心させるのも大事よ」
保険医は食い下がるが、明も頑固だった。
確かに、病人でもけが人でもないが、常に冷静沈着な明が、ぼんやりしているだけで、事件である。
結局、明の意見が通り、帰ることが許された。美鈴も、優しい妹よろしく、後ろからついて行く。
「じゃ、またね!」
可愛い笑顔を残して。
「さて、問題はこっち」
涼介は規則正しい呼吸をしていた。
「爆睡中なのよね」
「爆睡?」
「多分、ひっぱたいても起きないわよ」
呆れた様子である。
「ひっぱたいてみましょうか?」
心配しただけに、多少腹が立って、手を振り上げる。
「やめてやめて。今ひっぱたいたら、暴力よ。
さて、どうしましょう」
「うちに連れて帰ります」
さっさと家に帰れ。と、怒鳴る声がする。
「天の助けね」
山上は扉を開くと、即閉じた。
「どんな様子ですか?」
「爆睡中だそうです」
呆れるのかと思いきや、山上はヒョイと顔を覗き込み、なるほど。と、呟いた。
「なにがなるほどなのでしょうか?」
「期末の結果、水野は二十七番上がってたんだ。睡眠不足はやむおえん」
突然、山上は体を捻り、肩をほぐすように回した。これから涼介を担ぐ気なのであろう。
「しゃあないから、俺ん家連れて帰るか」
「いえ、うちに」
「お前んとこ?」
しばらく考えていたが、チラリと圭を見ると、納得したように小刻みに頷く。
「先生、背負うんで、手伝って下さい」
保険医は、心得たとばかりに近づくと、細い体からは考えられない力で、涼介を抱き起こし、山上の背中に乗せた。
「誤解しないでね。力持ちなんじゃなくて、コツだから」
との言い訳に、頷いて返した。
マンションの駐車場では、連絡を受けて、隼人がまた、待っていた。部屋まで山上一人で涼介を連れて行けるはずもなく、ヘルプに駆り出されたのだ。
「よく寝てるね」
苦笑しながら、助手席で眠り続ける涼介の背中と膝の下に腕を差し込んだかと思うと、滑らせるように引き寄せ、軽々と抱き上げた。
先回りして鍵を開けておこうと、圭も早足で追いかけるが、職業病なのか、隼人は全く歩みをゆるめない。結局追いつけないまま、玄関の前で、隼人を待たせることとなった。
「とりあえず、俺の部屋に寝かせておこうか。目が覚めたら、驚くだろうね」
「だろうな」
隼人は台所からペットボトルを持ち出すと、山上に渡した。
「経口補水液か」
「脱水が怖いからね。口移しで飲ませてあげて」
山上は慌てて、ペットボトルを隼人に押し付ける。
「笑えない冗談だよ」
「こういうことは笑ってくれなきゃ」
笑いながら、ペットボトルの口を開けつつ、涼介の眠るベッドに腰掛けた。
「な、長瀬君、まさか」
「喉が渇けば、勝手に飲むものだよ」
上半身を起こすと、ペットボトルを、涼介の口に充てがう。そっと口の中に流し込むと、喉が動き始めた。
涼介の様子を眺めていた圭に、山上がこわごわ話しかける。
「嫉妬するなよ、麻上」
「してませんよ」
と言ってはみるが、嫉妬心で、本気で涼介をひっぱたきたいのが本音である。
半分ほどになったペットボトルを枕元に置いて、お茶にしようか。と、隼人の呑気そうな声。
「ずいぶん軽々と抱き上げてたな」
「慣れとコツだよ。君くらいなら、抱き上げて走れる」
突然、体が浮き上がり、圭は短く悲鳴をあげた。
「圭、力抜いてみて」
「そんなこと言われても」
足が地面に着いていない状況は、恐怖しかない。その上、初めて抱き上げられて、恥ずかしさと緊張で、それどころではない。
「ちょっと、水野君の方が、重いのかなぁ?」
「そういや、麻上と水野は体型似てるよな」
「寝てる人間は、死体と同じだから、重く感じるんだよね」
「降ろして下さい」
山上の手前、恥ずかしさで言いはするものの、本音は反対だった。
二人きりならば、抱き上げたりはしない。いつも隼人は、必要以上に圭には触れない。意識して、気をつけて、圭を刺激しないよう、なにより、隼人自身が理性を保てるよう。
ソファの上に、優しく降ろされて、圭は不満に、ため息をまた、一つ吐いた。
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