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第二十五章
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「勉強に夢中になる理由付けとして、外部受験をしました。それまでもやはり、大学付属に通っていましたが、レベルを上げて。その結果、電車通学が始まったのですが」
また、圭は唇を噛み締めた。
「痴漢?」
項垂れて、小さく頷いた。
「子供相手にひどいですよね。子供とはいえ、男だから女性専用車両に乗るわけにもいきません。
考えて、なるべく女性の多い場所に乗るようにしていました。できるだけ、年配の女性の傍に」
中学二年。身長百五十半ばで、可愛かった。と、隼人は言った。中学の頃の圭を、涼介は知らないが、さぞかし可愛かっただろうと、想像するのは難しくない。
子供の内は、性犯罪者にとっては、男女の区別はないだろう。むしろ、女の子より、被害を公言し辛い男の子の方が、痴漢しやすいに違いない。
「中学でも、先輩に呼び出されていやいや行けば、キスされそうになったり、体を触られたり。
卑怯なのですよ。私が行かなければ、同じ部活動の後輩が怒られるので、皆必死です」
「生贄だね」
「そうですね」
「でも、疑問なのはさ、そんな状態でよく、男の人と付き合おうと思ったよね」
言ってから、しまった。と思った。圭がひどく傷付いたのが、その表情から分かったのだ。
「ごめんなさい。悪気があって言ったわけじゃ」
「わかっています。その疑問はもっともだと思いますし。
あの頃の私は、おかしくなっていたのだと思います。
二年に上がった6月の初めでした。三年生に呼び出され、その日はどういうわけか、二年までもがついてきて、ドアの外に待機している様子でした。
嫌な予感は的中で、おかしなビデオを観て、気分が盛り上がったらしく、実践しようとしたのです」
「学校で?!」
「馬鹿ですよね。
どうして六月初めだと覚えているかと言えば、衣替えの後で、学生服を着ていなかったのです。だから、あっさりとシャツを破かれてしまって。
私はその時初めて、暴力を振るいました。三年生の頬を殴ったのですが、あぁいう時は、無抵抗もいけませんが、無鉄砲に殴るのも良くありませんね。
怒りで興奮状態に陥った三年生は、怒鳴りながら殴ったりしたものですから、外の二年生が、不安になったのか騒ぎ出して、その騒ぎを聞きつけた教師に助けられました。
その時、言われたのです。そいつが誘ったんだ。と。
もちろん、そんな意見取り合うわけがありません。見張り役の証言もありましたし。
心身ともに傷つけられた私は、考えました。嘘だから腹が立つのだと。本当にしてしまえばいい」
顔を上げた圭は、口元だけで笑った。
「あの書店には、中学に進んでからは一人で下校時に行っていました。隼人には一度、高い場所にある本を取ってもらったことがあって、優しい人という印象を持っていました。だから、ひどいことはされないだろうと。
でも、どう声をかければいいのか分からず、声をかけそこねたのですが、突然雨が降り出して、隼人は折り畳み傘を取り出したので、慌てて、傘に入れて下さい。と。
彼は傘を寄せてくれて、歩き出すとすぐに笑いながら、言いました。傘に入れてくれと言うのは。いい口実だと思うよ。でも、どこへ行くのかを聞かないのは、不自然じゃないのかな」
「あ」
「気づきましたか? その時の私は、何を言っているのか理解できなくて。改めて、どこへ行きたいのか聞かれても、黙り込む私に、話があるなら聞こう。自分にできることがあれば、力になるよ。そう言ってくれました」
「それで、どこ行ったの? まさかと思うけど」
「彼の車です」
「密室だよね、それ」
「えぇ。その時の私は、密室を求めていたのですよ。
地下駐車場で、人気がないのを確認すると、私は彼に、抱いて欲しいと頼みました」
「先輩、相手間違ってたら大変なことになってたよ」
「全くです。
最初は、援助交際だと思ったようですね。違うと答えると、じゃあ、どうして?
答えられず黙っていると、自分が断れば、他の男を誘うつもり? と聞かれたので、はいと答えると、急に軽い言い方で、じゃあ、いいか。未成年はリスクが大きいから避けてるけど、この場合は君が誘ったんだからね。って、いきなりリクライニングを倒されて」
涼介は思わず、身を乗り出した。
「どういうこと? 先輩達、なにもしてないって」
「えぇ、その通りですよ。私を怖がらせようとしたのです。ただ断るだけでは、別の人間に声を掛けるだろうと思ったらしく。
覆い被さって来た彼に、頬を撫でられて、とうとう私は泣き出しました。怖くて怖くて。
そうしたら彼は、リクライニングを戻して、体を離して、もうしません。は? って、子供に対するみたいに。
私が泣き止むのを待って、彼は、もう、こんなことをしてはいけないと、叱ってくれました。そうして、数日後には、会って話を聞いてくれたのです。最初は、懐いたというのが正しい感情でした」
圭は、ほっと、安心したようなため息をつくと、視線をまっすぐ、涼介に向けた。
「私ばかりが話してしまいましたね。
水野君の話を聞かせてください」
正直に言えば、もっと聞き出したいことはあった。けれど、外は薄暗くなりかけており、圭の帰宅を考えれば、好奇心を抑えなければならなかった。
「僕はね、三年前、レイプされたんだ」
また、圭は唇を噛み締めた。
「痴漢?」
項垂れて、小さく頷いた。
「子供相手にひどいですよね。子供とはいえ、男だから女性専用車両に乗るわけにもいきません。
考えて、なるべく女性の多い場所に乗るようにしていました。できるだけ、年配の女性の傍に」
中学二年。身長百五十半ばで、可愛かった。と、隼人は言った。中学の頃の圭を、涼介は知らないが、さぞかし可愛かっただろうと、想像するのは難しくない。
子供の内は、性犯罪者にとっては、男女の区別はないだろう。むしろ、女の子より、被害を公言し辛い男の子の方が、痴漢しやすいに違いない。
「中学でも、先輩に呼び出されていやいや行けば、キスされそうになったり、体を触られたり。
卑怯なのですよ。私が行かなければ、同じ部活動の後輩が怒られるので、皆必死です」
「生贄だね」
「そうですね」
「でも、疑問なのはさ、そんな状態でよく、男の人と付き合おうと思ったよね」
言ってから、しまった。と思った。圭がひどく傷付いたのが、その表情から分かったのだ。
「ごめんなさい。悪気があって言ったわけじゃ」
「わかっています。その疑問はもっともだと思いますし。
あの頃の私は、おかしくなっていたのだと思います。
二年に上がった6月の初めでした。三年生に呼び出され、その日はどういうわけか、二年までもがついてきて、ドアの外に待機している様子でした。
嫌な予感は的中で、おかしなビデオを観て、気分が盛り上がったらしく、実践しようとしたのです」
「学校で?!」
「馬鹿ですよね。
どうして六月初めだと覚えているかと言えば、衣替えの後で、学生服を着ていなかったのです。だから、あっさりとシャツを破かれてしまって。
私はその時初めて、暴力を振るいました。三年生の頬を殴ったのですが、あぁいう時は、無抵抗もいけませんが、無鉄砲に殴るのも良くありませんね。
怒りで興奮状態に陥った三年生は、怒鳴りながら殴ったりしたものですから、外の二年生が、不安になったのか騒ぎ出して、その騒ぎを聞きつけた教師に助けられました。
その時、言われたのです。そいつが誘ったんだ。と。
もちろん、そんな意見取り合うわけがありません。見張り役の証言もありましたし。
心身ともに傷つけられた私は、考えました。嘘だから腹が立つのだと。本当にしてしまえばいい」
顔を上げた圭は、口元だけで笑った。
「あの書店には、中学に進んでからは一人で下校時に行っていました。隼人には一度、高い場所にある本を取ってもらったことがあって、優しい人という印象を持っていました。だから、ひどいことはされないだろうと。
でも、どう声をかければいいのか分からず、声をかけそこねたのですが、突然雨が降り出して、隼人は折り畳み傘を取り出したので、慌てて、傘に入れて下さい。と。
彼は傘を寄せてくれて、歩き出すとすぐに笑いながら、言いました。傘に入れてくれと言うのは。いい口実だと思うよ。でも、どこへ行くのかを聞かないのは、不自然じゃないのかな」
「あ」
「気づきましたか? その時の私は、何を言っているのか理解できなくて。改めて、どこへ行きたいのか聞かれても、黙り込む私に、話があるなら聞こう。自分にできることがあれば、力になるよ。そう言ってくれました」
「それで、どこ行ったの? まさかと思うけど」
「彼の車です」
「密室だよね、それ」
「えぇ。その時の私は、密室を求めていたのですよ。
地下駐車場で、人気がないのを確認すると、私は彼に、抱いて欲しいと頼みました」
「先輩、相手間違ってたら大変なことになってたよ」
「全くです。
最初は、援助交際だと思ったようですね。違うと答えると、じゃあ、どうして?
答えられず黙っていると、自分が断れば、他の男を誘うつもり? と聞かれたので、はいと答えると、急に軽い言い方で、じゃあ、いいか。未成年はリスクが大きいから避けてるけど、この場合は君が誘ったんだからね。って、いきなりリクライニングを倒されて」
涼介は思わず、身を乗り出した。
「どういうこと? 先輩達、なにもしてないって」
「えぇ、その通りですよ。私を怖がらせようとしたのです。ただ断るだけでは、別の人間に声を掛けるだろうと思ったらしく。
覆い被さって来た彼に、頬を撫でられて、とうとう私は泣き出しました。怖くて怖くて。
そうしたら彼は、リクライニングを戻して、体を離して、もうしません。は? って、子供に対するみたいに。
私が泣き止むのを待って、彼は、もう、こんなことをしてはいけないと、叱ってくれました。そうして、数日後には、会って話を聞いてくれたのです。最初は、懐いたというのが正しい感情でした」
圭は、ほっと、安心したようなため息をつくと、視線をまっすぐ、涼介に向けた。
「私ばかりが話してしまいましたね。
水野君の話を聞かせてください」
正直に言えば、もっと聞き出したいことはあった。けれど、外は薄暗くなりかけており、圭の帰宅を考えれば、好奇心を抑えなければならなかった。
「僕はね、三年前、レイプされたんだ」
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