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第四十七章

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 (明日、山上さんに僕を紹介してくれる?)
 そう書いて緑に送った。明日、朝子がデパートに行く時間も詳しく送って来た返事に。
(サプライズでね)
 迂闊な行動に出ないよう、釘を刺すのを忘れずに。
 香澄を殺して、涼介は気づいた。偽物を幾つ集めようとも、本物になることはない。
 同じ特徴を持つ人間を選ぼうと、似た体型であろうと、同じような雰囲気だろうと、興奮状態から醒めれば、そこに横たわっているのはいつも、圭とは似ても似つかぬ人間なのだ。
 疲れてしまっていた、死ぬまで終わらないであろう呪縛に。
 だから、終わらせることにした。
(終わりは、どうなるのだろう。
 僕が圭を殺すか、圭が僕を殺すか。あるいは、心中か……)
 圭だけを密かに呼び出せたなら、最期に、涼介の願いが叶うかもしれない。
(僕の願い……なんだっけ?)
 武が羨ましかった。死ぬまで正気を取り戻さず、武の心の中では、明に殺されたのだから。理想の死ではないだろうか。
(圭を殺したら、僕は長瀬に殺されるかもしれない。それでもいいか、あいつを犯罪者にできるなら。
 ずっと、憎んでいた気がする。圭を独り占めする、あの男を)
 あの日、恐怖と苦しみと痛みで泣き叫び、からからに渇いた喉に、武が流し込んできたミネラルウォーター。喉に、体に染み渡り、涼介の意識を正気に戻した。あの時の絶望感。
 あれ以上の絶望はもう、無いと思っていた。
(あれは、始まりにすぎなかった)
 渇いた体に水が染み渡るような、愛が欲しかった。なによりも、純粋な愛が欲しかった。いつだって、愛を欲していた。
 それまで感じていた両親からの愛は、あの事件を境に失われていた。両親は涼介を愛していたのだろうと思う。しかし、その愛は変化していた。
 どんなにいい子でいても、笑顔を振りまいても、涼介の欲する愛を、誰も与えてはくれなかった。
 圭だけだった。人を殺めたと告白しても、変わらずにいてくれた。友人だと言ってくれた。涼介のために、恐怖を克服して、医者に掛かる切っ掛けを作ろうとしてくれた。
 だけど、愛してはくれなかった。
 友情なら与えてくれたけれど、愛情は、隼人だけのものだった。
 圭は、涼介の闇に差し込む、一筋の光でもあり、絶望でもあった。
 なによりたちが悪いことには、そんな純粋な圭が、涼介は好きだったのだ。僕を愛して欲しいと願えば、叶えてくれるような浮気者ならば、愛情の価値は極めて低い。
 怪人も同じ気持ちだったに違いない。少女の愛情を欲しながら、清らかな心を愛おしく思ったのだろう。
(行け! 行ってくれ! お願いだ)
 恋人と共に出て行くよう要求しながら、怪人は涙に暮れる。愛されないと分かっていながら、愛されたかった男が、真実の愛に気付いた瞬間だろう。
(この愛は終わりぬ)
 自分を肯定し、少女を愛し続けると誓う怪人はとても、美しかった。
(僕にはできない。手に入らないと分かっていても、諦められないんだ)
 血を啜りたいとの思いが、いつしか圭を殺めたいとの願望を持つようになった。
 願望とは裏腹に、圭を自分だけのものにしたいとの気持ちが存在する。
 殺したいのか、抱きたいのか、自分だけのものにすれば満足なのか、自分でも分からない状態で、涼介は自らの感情を持て余していた。
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