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第五十五章
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「水野君! 圭をどうするつもりだ! 水野君!!」
一方的に切られ、もう一度掛け直してみたが、感情の無い声が、電波の繋がらない場所にいるか、電源が切れている可能性があると言うばかり。
慌てて山上に掛けた。
『水野が麻上と?』
「あぁ。おそらくアマーティーだと思う。BGMがオルゴールだった。
今から行こうと思う」
『俺もアマーティーに向かうよ』
「君は……」
『じっとしてられるわけないだろう。
アマーティーで会おう』
勇一郎が不思議そうな顔をしている。
「水野って、あの、東明学園の事件の加害者だろう? 圭ちゃんと仲良かった。心配するのは分からないでも無いけど、そこまで真剣に問題視するほどのことでもないんじゃないのか?」
勇一郎にはなにも話していなかった。もちろん、武の罪も。
「車の中で話す」
「俺が運転する」
部屋の鍵を閉める時間も勿体なく、駐車場に向かった。
「水野君は、中学生の時に受けたトラウマのせいで、過去にも、人を殺めていたんだ。圭はそれを知りながら、彼を受け入れていた」
「圭ちゃんらしいっちゃ、らしいな」
「明君を殺した後、水野君に会った。その時言われたんだ。圭を殺したいって」
「なんでだ? 圭ちゃんは親友だったんだろう?」
「水野君は、トラウマのせいで……正常な快楽は得られない。殺すという行為は、愛情なのだと思う」
「つまりは、俺の推理はほぼ正解だったってことか。
圭ちゃんの奴、俺を利用しやがったな」
「そうだな。でも、仕方ない。圭はあぁ見えて末っ子気質だから、俺達みたいに、兄ちゃんぶりたい人間を無意識に利用する術に長けてるんだよな」
「お前も英和も末っ子だろうが!!」
長子の勇一郎には、兄ちゃんぶりたい末っ子の気持ちは分からないようだった。
折りたたみナイフはどうやら、新品らしかった。どういう思惑があるのかを探るために、涼介の目を見つめる。
「僕は自首なんかしないよ。だってさ、もう、死刑は決定でしょう? 正直、死刑は嫌だな。
随分前になるけど、あの男に言われた言葉が忘れられないんだ」
「なんと?」
「結局、圭を自分だけのものにしようと思ったら、圭に愛されるか、殺すしか無いんだって。
圭に愛されている自信があるから言えるんだよね。今思い出すと腹が立つけど」
涼介はやはり、にこやかな笑顔のままで、圭を、見つめていた。
「もはや引けない、振り向くな、戯れはこれまでだ」
『オペラ座の怪人」の一節を、突然涼介が口にした。
「もはや引けない、行く手には、ただ一筋の道が……もはや戻れない」
圭もそれに応える。
「結局、貴方はもう一人の私。ここで、共に滅びるべきなのでしょうね。
私の美しい怪人」
ナイフに手を伸ばす。しかし、涼介の方が僅かに速かった。手にすると同時に、刃を引き出し、圭の左手を傷付けた。
ジワジワと、手の甲に痛みが生じ始める。赤い線が浮かび上がり、やがて、血が流れ始めた。
突然二人して乱暴に立ち上がったのを不審に思ったらしい近くの席にいた女性が、顔を向け、圭の手の傷に、涼介の持つナイフに気付いたらしく、悲鳴を上げた。
満席のカフェ。女性しか存在しないフロアには、動揺が走り、皆が出口を求めて走り出した。
圭は傷を見て笑った。なぜか笑ってしまった。痛みは激しく、脈打つと共に痛みが増すのに、なぜか笑わずにはいられなかった。
圭を殺すか、圭に殺されるか、心中するか。その三択をずっと考えていた。
圭を殺そうと決めたのは、隼人の言葉を思い出した時だった。圭を殺して、隼人を自分と同じ、犯罪者にしてやろうと、決めた。
ずっと、隼人を誰よりも憎んでいたのだと、初めて自覚した気がした。圭を当たり前のように、独り占めする男が。
涼介は三年前のあの日、絶望の淵に追いやられた圭の美しさを憶えていた。
(怯える圭が、一番綺麗だ)
三年前も同じことを考えていた。今でもそう思う。だから、一番美しい姿を目に焼き付けて、圭を殺そうと決めた。
ナイフを圭よりも先に奪い取り、白い手に傷を付ける。それだけで、圭は恐怖するだろう。三年前とは違い、涼介を信じてはいまいが、絶望するには違いない。
絶望の淵から、奈落に堕としてやろうと決めた。
(僕を愛してくれなかった罰だ)
もしも。と、思う。隼人がいなければ圭は自分を愛してくれたかもしれない。と。
否。とも思う。圭はそれでも、友情しかくれまい。と。
もう、隼人には渡すまいと、自分だけのものにするのだと決意し、視線を上げた涼介は、信じられない光景を見た。
(どうして笑うの?)
圭は笑っていた。その笑みには、決意が感じられた。どんな結果になろうと、お前の言うなりにはならない。との、決意が。
死への覚悟はあるのだろう。しかし、死しても尚、涼介の意には沿わぬと、目が物語っている。
戸惑いながら、涼介は美しさに目を奪われた。今まで見た中で、最も美しい姿だった。
「綺麗だ……圭……とても……」
なぜか涙が滲んできた。
圭は涼介を愛さないのでは無いと気付いた。愛せないのだ。純情で潔癖な性格が、浮気な心を許さなかった。圭の心は、隼人だけのものだと、思い知らされた。
世間から見れば、涼介は残酷なシリアルキラーだろう。
しかし、と、思う。本当に残酷なのは、圭のような人間だ。心を許した相手には優しいくせに、心の、本当に深い部分は、一人の人間にしか許さない。
幾人もの人間を惑わしながら、隼人にしか心も体も許さなかった、残酷な……。
「我が愛は終わりぬ……」
小さく呟くと、ナイフを振り翳した。
一方的に切られ、もう一度掛け直してみたが、感情の無い声が、電波の繋がらない場所にいるか、電源が切れている可能性があると言うばかり。
慌てて山上に掛けた。
『水野が麻上と?』
「あぁ。おそらくアマーティーだと思う。BGMがオルゴールだった。
今から行こうと思う」
『俺もアマーティーに向かうよ』
「君は……」
『じっとしてられるわけないだろう。
アマーティーで会おう』
勇一郎が不思議そうな顔をしている。
「水野って、あの、東明学園の事件の加害者だろう? 圭ちゃんと仲良かった。心配するのは分からないでも無いけど、そこまで真剣に問題視するほどのことでもないんじゃないのか?」
勇一郎にはなにも話していなかった。もちろん、武の罪も。
「車の中で話す」
「俺が運転する」
部屋の鍵を閉める時間も勿体なく、駐車場に向かった。
「水野君は、中学生の時に受けたトラウマのせいで、過去にも、人を殺めていたんだ。圭はそれを知りながら、彼を受け入れていた」
「圭ちゃんらしいっちゃ、らしいな」
「明君を殺した後、水野君に会った。その時言われたんだ。圭を殺したいって」
「なんでだ? 圭ちゃんは親友だったんだろう?」
「水野君は、トラウマのせいで……正常な快楽は得られない。殺すという行為は、愛情なのだと思う」
「つまりは、俺の推理はほぼ正解だったってことか。
圭ちゃんの奴、俺を利用しやがったな」
「そうだな。でも、仕方ない。圭はあぁ見えて末っ子気質だから、俺達みたいに、兄ちゃんぶりたい人間を無意識に利用する術に長けてるんだよな」
「お前も英和も末っ子だろうが!!」
長子の勇一郎には、兄ちゃんぶりたい末っ子の気持ちは分からないようだった。
折りたたみナイフはどうやら、新品らしかった。どういう思惑があるのかを探るために、涼介の目を見つめる。
「僕は自首なんかしないよ。だってさ、もう、死刑は決定でしょう? 正直、死刑は嫌だな。
随分前になるけど、あの男に言われた言葉が忘れられないんだ」
「なんと?」
「結局、圭を自分だけのものにしようと思ったら、圭に愛されるか、殺すしか無いんだって。
圭に愛されている自信があるから言えるんだよね。今思い出すと腹が立つけど」
涼介はやはり、にこやかな笑顔のままで、圭を、見つめていた。
「もはや引けない、振り向くな、戯れはこれまでだ」
『オペラ座の怪人」の一節を、突然涼介が口にした。
「もはや引けない、行く手には、ただ一筋の道が……もはや戻れない」
圭もそれに応える。
「結局、貴方はもう一人の私。ここで、共に滅びるべきなのでしょうね。
私の美しい怪人」
ナイフに手を伸ばす。しかし、涼介の方が僅かに速かった。手にすると同時に、刃を引き出し、圭の左手を傷付けた。
ジワジワと、手の甲に痛みが生じ始める。赤い線が浮かび上がり、やがて、血が流れ始めた。
突然二人して乱暴に立ち上がったのを不審に思ったらしい近くの席にいた女性が、顔を向け、圭の手の傷に、涼介の持つナイフに気付いたらしく、悲鳴を上げた。
満席のカフェ。女性しか存在しないフロアには、動揺が走り、皆が出口を求めて走り出した。
圭は傷を見て笑った。なぜか笑ってしまった。痛みは激しく、脈打つと共に痛みが増すのに、なぜか笑わずにはいられなかった。
圭を殺すか、圭に殺されるか、心中するか。その三択をずっと考えていた。
圭を殺そうと決めたのは、隼人の言葉を思い出した時だった。圭を殺して、隼人を自分と同じ、犯罪者にしてやろうと、決めた。
ずっと、隼人を誰よりも憎んでいたのだと、初めて自覚した気がした。圭を当たり前のように、独り占めする男が。
涼介は三年前のあの日、絶望の淵に追いやられた圭の美しさを憶えていた。
(怯える圭が、一番綺麗だ)
三年前も同じことを考えていた。今でもそう思う。だから、一番美しい姿を目に焼き付けて、圭を殺そうと決めた。
ナイフを圭よりも先に奪い取り、白い手に傷を付ける。それだけで、圭は恐怖するだろう。三年前とは違い、涼介を信じてはいまいが、絶望するには違いない。
絶望の淵から、奈落に堕としてやろうと決めた。
(僕を愛してくれなかった罰だ)
もしも。と、思う。隼人がいなければ圭は自分を愛してくれたかもしれない。と。
否。とも思う。圭はそれでも、友情しかくれまい。と。
もう、隼人には渡すまいと、自分だけのものにするのだと決意し、視線を上げた涼介は、信じられない光景を見た。
(どうして笑うの?)
圭は笑っていた。その笑みには、決意が感じられた。どんな結果になろうと、お前の言うなりにはならない。との、決意が。
死への覚悟はあるのだろう。しかし、死しても尚、涼介の意には沿わぬと、目が物語っている。
戸惑いながら、涼介は美しさに目を奪われた。今まで見た中で、最も美しい姿だった。
「綺麗だ……圭……とても……」
なぜか涙が滲んできた。
圭は涼介を愛さないのでは無いと気付いた。愛せないのだ。純情で潔癖な性格が、浮気な心を許さなかった。圭の心は、隼人だけのものだと、思い知らされた。
世間から見れば、涼介は残酷なシリアルキラーだろう。
しかし、と、思う。本当に残酷なのは、圭のような人間だ。心を許した相手には優しいくせに、心の、本当に深い部分は、一人の人間にしか許さない。
幾人もの人間を惑わしながら、隼人にしか心も体も許さなかった、残酷な……。
「我が愛は終わりぬ……」
小さく呟くと、ナイフを振り翳した。
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