殺された人形

岡倉弘毅

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父親

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 四畳半畳の部屋で、洋史は画帳に向かっていた。

 父親の反対を押し切って美術学校に進んで以来、意地もあって学費も生活費も自分で稼いでいた。

 浴衣や着物の柄を描き溜めては呉服店に、絵葉書用の風景画や動物、植物の絵は絵葉書屋に持って行く。

 時々は小説の挿絵などもこなしているが、人物画は気の進まぬ仕事である。

 散歩の最中にすれ違う人の着物を見、道の脇で静かに生を営んでいる植物や昆虫を写生し、時々カフェに行き、芸術家の卵達と話す。

 楽しいと思う気持ちに罪悪感が付き纏うのは、直通を苦しめたとの感情があるせいだろうか。

 鉛筆を置く。扉の向こうで人の足音が止まった。時折平助が酒を持って現れるのだが、それにしては足音が小さかった。

 扉を叩く音が響く。

「どなた?」

「私だよ」

 久しぶりに聞く声に、洋史は背筋が凍り付くのを感じた。この世で最も会いたくない男が、扉の向こうにいる。

 扉を開きたくはないが開かずにはいられない。そこには、支配者と被支配者の関係が存在していた。

 緩慢な動きで鍵を外し、扉を開く。

 廊下には、三つ揃えを難なく着こなした、一人の紳士が立っていた。津川永吾つがわえいご。洋史の父親である。

 眼鏡の奥に光る目は知的にして鋭さを湛え、薄い唇はいつも笑みを象っている。

 患者には評判の良い医者であるが、息子の洋史から見れば、どうして目が笑っていないのかと、恐怖を覚える。

 皮肉なことに、三兄弟の中で洋史が最も父親に似ていた。

 永吾は部屋に入ると一通り見渡し、畳の上にどっかと座り込んだ。

「なんの用でしょう?」

「あれからどうしているのかと思ってね」

「あれから?」

 家を出たのは、兵役を終えた二十三の時だった。すでに二年の時が過ぎている。

 母親は時々、洋史の好きな菓子だの果物だのを持って来るが、永吾が来たのは初めてなのだ。あれから。などという言葉で、二年の月日を表すのが、永吾らしいと言えなくもない。

「もしかして、直通のことでなにか分かったのですか?」

 永吾は洋史に顔を向けると、じっと目を見つめ始めた。

 まるでハ虫類を思わせる冷たい目に、洋史は動けなくなる。どんなに虚勢を張ろうと、永吾に逆らい続けるのは難しい。

「いいや、直通の件は相変わらずだよ。

 そろそろ家に戻って来てはどうだ? こんな狭い部屋では落ち着かないだろう」
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