殺された人形

岡倉弘毅

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 ケースにしまったヴァイオリンを担ぎ、楽譜の入った手提げ袋を引っ提げて、気が進まないながらも有紀は、堀川伯爵邸に向かった。

 なにが気に入らないといって、堀川伯爵の一人息子、堀川馨の存在全てが気に入らない。

 二十一歳の大学生。既に妻帯の身であるが、妻の前でさえ、有紀に興味を示すのをやめようとしない。

 馨のように露骨に興味を示されると、怖いと言うよりはむしろ、浅ましさに苛立ちを覚えてしまう。恐怖している暇さえない。

 裕福な家、広い洋館。

 しかし、伯爵家の人間といえば馨と妻の康子だけ。中流家庭から見ると多すぎる使用人。上流の人間を有紀は理解できそうになかった。

 いつも通り、庭に面した応接間に通された。

 この屋敷ならば、夜であろうとも、近所迷惑にならずにヴァイオリンを弾くことが可能だろう。その点だけは、羨ましい。

「奥様は?」

 普段ならば康子は応接間にいて、有紀が馨を教えるのをじっと、無関心を装ったような目つきで見つめるのが常だった。それが今日は、どこにもいない。

「本日はどうしてもお断りできないご用がございまして」

 申し訳なさそうに、若い女中は答えた。

「そう。それでは、扉は開けたままにしておいていただけますか? ちょっとうるさいかもしれませんが、我慢して下さい」

 恭しくお辞儀をして、有紀の言う通り扉を全開にして、女中は出て行った。馨を呼ぶ為に。

 うるさいかもしれない。どころではあるまい。

 ヴァイオリンを教え始めて半年。同じ頃教え始めた小学生の女の子は既に、簡単な曲を奏で始めている。

 しかし馨は未だに、人を不快にさせる雑音を垂れ流すばかりで、一向に上達しない。弓の持ち方すら覚えていない。康子はよく、あの不快な音に我慢できるものだと感心させられる。

 恐ろしきは女の嫉妬であろうか。

「やぁ、お待たせしました」

 香水の匂いと共に、馨は現れた。本人はお洒落のつもりかも知れぬが、同じ部屋いる者としては迷惑以外の何物でもない。

 動きやすいように背広は脱ぎ、ソファに引っかける。

 馨は正絹のシャツに、縞柄の黒っぽいズボン姿で、付き従っていた女中からヴァイオリンを受け取ると、有紀に笑いかけて来た。

 が、女中が出て行く際、扉を閉めようとしないのを見咎めると、気に入らない虫でも見たような目つきで、扉に顔を向けた。

「扉を閉めないか。全く、行儀の悪い」
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