殺された人形

岡倉弘毅

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 一日の締め括りに、黒髪を梳く。柘植の櫛で髪の一本一本が絡まぬよう丁寧に。

 最近はモガでは無い少女の間でも、断髪が流行っている。有紀も何度か勧められたが、全くもって髪を切る気などない。腰まである長い髪は密かな自慢なのだから。

 柳が風に凪ぐように、毛先が揺れる。

 髪の黒はなんと美しいのか。と、自惚れに似た感心をしながら、たっぷり二十分もかけて、髪を梳き終えた。

 喉の渇きを覚えて、一階に下りる。里美は風呂に入っているらしい。

 そして行彦は仰け反るように、椅子腰掛けて眠っていた。

 型紙を作っている最中なのだろう。食卓の上に置かれた大きな紙には幾本もの線が引かれていた。

 将来店を持つのだ。と、気負いを感じさせずに言い、楽しそうに服を作っているのだから、行彦にとって裁縫は趣味なのだろう。有紀がヴァイオリンを弾いている間は、厭なことを忘れられるように。

(あの男にはあるのだろうか? 厭なことを忘れられるほど、好きな物が)

 有紀がヴァイオリンを弾くことと、男が自らを傷付けるのは同じ行為だと言った。本当にそうなのだろうか?

だとすればなんと憐れなことだろう。それは決して、喜びでは無い。決して、救いでは無い。

 いや、大事な人を傷付けずに済むならば、救いと言えなくもないか。

 苦悩に満ちた、それでいて優しいあの声。自分を理解してくれたただ一人の人。

 本当に洋史の従兄弟なのだろうか?

 もしそうだとしても五年も前に家を出た以上、探す術はない。正体が知れたところで、なんの解決にもなりはしない。

 たとえ見つかったとしても、会うことは叶わないだろう。洋史と三月が徒党を組んで邪魔するに違いない。

 なにより、会ってどうするのか。気持ちを理解し合えるのは心強い反面、傷の舐め合いになる可能性もあるのだ。

 思い出は思い出として取っておくのが一番良いに違いない。

 警戒心の欠片も感じさせぬ、行彦の寝顔。あと十分も放っておけば間違いなく、椅子から転げ落ちることだろう。

 良く言えば理解のある、悪く言えば放任主義の行彦に、悩みはあるのだろうか?

 二十年以上連れ添っている女房が愛しくて堪らぬと、平気で口にする脳天気さは時折呆れも感じるが、連れ合いとしては理想に違いない。
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