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黒髪
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さっきの女性は、これからの有紀の行動を知ったならば、卒倒するに違いない。
さすがに一人で、男ばかりの下宿に入るのは初めてだった。入ったのはただ一度、行彦と共に平助の部屋を訪ねた時だけである。
普段なら、あらかじめ約束をしておいて、下宿の前で落ち合うのが当たり前だった。本来ならそうするべきなのだろうが、今の有紀は常識を遠くに追い遣ってしまっていた。
玄関で靴を脱ぎ、階段を上る。
男臭さ漂う廊下を忍び足で進み、洋史の部屋の前で止まり、扉を叩いた。薄い扉の向こうには、人の気配がある。
「洋史、いるんだろう? あたしだけど」
どたどた。と、洋史らしからぬ慌てふためいた音が聞こえ、扉の前で一旦音は止み、数秒躊躇いの後、鍵を解く音がした。
引き扉が開かれるのを確認して、有紀は乱暴に開いた。
「ちょ……ちょっと待って!」
なにをそんなに慌てているのか。洋史は扉を閉めようと躍起になっている。
「どうしたんだい?」
何事かとつい、興味をそそられて有紀は、細く開かれた扉の向こうを覗いてしまった。
四畳半の狭い部屋の真ん中には、布団が敷かれている。
そして、敷き布団と掛け布団の間から、長い黒髪が伸びていた。
「わ……悪かった」
心臓が大きく鳴っている。こんな陽の高い時間に女が布団の中にいるなど考えもしなかった。
慌てて背を向けると、向かいの部屋の扉に視線を移した。
扉が開き、衣擦れの音が聞こえた。
「なんの用です?」
上擦ったような、怒りを噛み殺すような声に、恐る恐る有紀は振り返ると、唇の色を失った洋史の顔が見えた。
寝間着らしい浴衣が乱れているのを、落ち着きのない手で一生懸命に直している。
「ご……ごめんよ、その……恋人が来てるとは考えもしなかったから」
「恋人じゃありませんよ。僕にそんな相手はいません。有紀だって知っているでしょう?」
笑って誤魔化そうとしていた有紀は、洋史の一言で凍り付いた。
「恋人じゃない? じゃあ、あの女は?」
「若い娘が、そういうことを聞くものではありませんよ」
「洋史でも、そういうことするんだ」
小馬鹿にしたように、洋史は口元だけで笑った。
「僕だって男ですからね」
膝の力が抜けそうな気がした。
昨夜見付けた葉書の件を、洋史に相談しようと考えていた。いや、相談ではない、ただ、聞いて欲しかった。
しかし今、洋史は相談すべき相手ではないと知らされたのだ。
さすがに一人で、男ばかりの下宿に入るのは初めてだった。入ったのはただ一度、行彦と共に平助の部屋を訪ねた時だけである。
普段なら、あらかじめ約束をしておいて、下宿の前で落ち合うのが当たり前だった。本来ならそうするべきなのだろうが、今の有紀は常識を遠くに追い遣ってしまっていた。
玄関で靴を脱ぎ、階段を上る。
男臭さ漂う廊下を忍び足で進み、洋史の部屋の前で止まり、扉を叩いた。薄い扉の向こうには、人の気配がある。
「洋史、いるんだろう? あたしだけど」
どたどた。と、洋史らしからぬ慌てふためいた音が聞こえ、扉の前で一旦音は止み、数秒躊躇いの後、鍵を解く音がした。
引き扉が開かれるのを確認して、有紀は乱暴に開いた。
「ちょ……ちょっと待って!」
なにをそんなに慌てているのか。洋史は扉を閉めようと躍起になっている。
「どうしたんだい?」
何事かとつい、興味をそそられて有紀は、細く開かれた扉の向こうを覗いてしまった。
四畳半の狭い部屋の真ん中には、布団が敷かれている。
そして、敷き布団と掛け布団の間から、長い黒髪が伸びていた。
「わ……悪かった」
心臓が大きく鳴っている。こんな陽の高い時間に女が布団の中にいるなど考えもしなかった。
慌てて背を向けると、向かいの部屋の扉に視線を移した。
扉が開き、衣擦れの音が聞こえた。
「なんの用です?」
上擦ったような、怒りを噛み殺すような声に、恐る恐る有紀は振り返ると、唇の色を失った洋史の顔が見えた。
寝間着らしい浴衣が乱れているのを、落ち着きのない手で一生懸命に直している。
「ご……ごめんよ、その……恋人が来てるとは考えもしなかったから」
「恋人じゃありませんよ。僕にそんな相手はいません。有紀だって知っているでしょう?」
笑って誤魔化そうとしていた有紀は、洋史の一言で凍り付いた。
「恋人じゃない? じゃあ、あの女は?」
「若い娘が、そういうことを聞くものではありませんよ」
「洋史でも、そういうことするんだ」
小馬鹿にしたように、洋史は口元だけで笑った。
「僕だって男ですからね」
膝の力が抜けそうな気がした。
昨夜見付けた葉書の件を、洋史に相談しようと考えていた。いや、相談ではない、ただ、聞いて欲しかった。
しかし今、洋史は相談すべき相手ではないと知らされたのだ。
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