殺された人形

岡倉弘毅

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 本音ではあるまい。と、洋史は考える。二人で珈琲を飲んでいる姿を思い出せば、女には確かに、雪女の冷たさが存在していたけれど、森本からは無私の愛を感じなかった。

 あの手を握りたいと、あの唇に触れたいとその目は語っていた。

 そもそも、無私の愛が人の愛に存在するのだろうか?

 洋史自身、有紀への愛情は無私ではないと理解している。自分だけを見つめて欲しい、自分だけの存在であって欲しい、その思いは募るばかりである。

 勿論、手を握りたいと思い、唇に触れたいと思い、抱きたいとも思う。

 恐らく無私の愛は、乳飲み子に対する母の愛情くらいではないかと考える。もしかしたらそれすらも、丈夫に育って欲しい、立派な人間になって欲しいとの気持ちが既に、無私ではなくなっているかもしれないのだ。

 女は、森本の気持ちに気付き、牽制していたのだろう。森本自らに、女に触れぬと約束させていたに違いない。

「女は名乗らなかったし、私の名を聞きもしなかった。そうして夕方、帰ります。と冷たく言い放ったのだよ。

 私は慌てた。また会いたいと望んでいたのだ。だから彼女に、また会って欲しいと懇願した。

 彼女は冷たい表情のまま、それはやめた方が良いと言った。

 どうしてかと問う私に、私はこの唇のような色の組織に属しておりますから。と、真っ赤な唇に人差し指を当てた」

 思わず顔を上げ、森本を見た。視線がぶつかり、森本は不敵な笑みを見せた。

 赤い組織。それは即ち、社会共産主義組織に違いない。

「津川さんはご存知だったのですね?」

 洋史は即答を避けた。

 洋史の無反応は森本の予想の範疇内だったらしく、直ぐに口を開き始めた。

「私はそれでも、貴女に会いたいと伝えた。そうして、あの日、出会ったカフェで待ち合わせ、軽い食事を済ませてから銀座をブラブラして、ここに来たのです。

 呆れた考えだが私は、彼女を自慢したかった。だから、親しくしている美木多の店に来た。

 彼ならば見知らぬ女とランデブーをしていようとも噂にはすまいし、彼女の秘密を知ったとしても誰にも話しはすまい。と」

 美しい女を連れていることを自慢したかったのだろう。無邪気な顕示欲とも言える。

「皆が彼女を見ていた。細君を連れている男まで、いや、その細君さえもが彼女に見惚れていた。私はそれが嬉しく、誇らしかった」
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