殺された人形

岡倉弘毅

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記憶

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 「喧嘩を売りに来たのかい?」

「まだ婚約しかしてないなら、僕にだって可能性はあるってことだよね」

 三月は体を屈めると、耳元近くで囁いた。

「まだ本当の夫婦じゃないんでしょ?」

 品の無い言葉に、有紀は反射的に飲みかけの珈琲を三月に浴びせ掛けていた。

「お客様……」

「ごめんなさい」

 余裕の表情で、三月は店員達に謝ると、懐から手拭いを取り出し、珈琲を拭く。

 濡らした布を持ってきた店員に礼を言い、三月は余裕の表情で汚れを拭き取る作業に勤しんでいた。

「済まない……」

 感情のままに珈琲を掛けた事を謝ると、有紀は視線を下げた。

「有紀さんが僕をもう、友人として見られないって気持ちは分かるけど、もう一度だけ、機会が欲しいんだ。

 僕だって軽い気持ちで行動したんじゃ無い。切羽詰まってたんだ。

 理由を確認した上で、それでも許せなければ改めて、絶交して。そしたら僕は、諦めるから」

 珈琲の一件で罪悪感を持っていた有紀は、これ以上拒絶できなくなっていた。黙ったまま立ち上がる。

 そうして、料金を払いながら、洋史の服装や特徴を伝え、一時間ほどで戻るからと伝えて欲しいと頼んだ。

 黙ったまま二人で大通りに出ると、三月は円タクを拾った。行き先は、谷崎侯爵家。堀川伯爵家の隣の屋敷前だった。

 無防備に開いた儘の門扉を、三月は躊躇いなく潜り、有紀にも付いてくるよう目で促した。

 人気は全く感じられなかった。侯爵夫妻と数人の使用人はいると聞いているから、出掛けているのか、単に屋敷の中に閉じこもっていて、人気を感じさせないだけなのか。

 落ち着いた歩みで進むと、三月は小さな扉の前で立ち止まった。

 高さ三尺、巾一尺半ほどの、子供しか通れないのでは無いかと思わせるほど、小さな扉。

 以前、康子の案内で堀川伯爵邸内を見回った時、見た物と同じだった。つまりは、あの扉の向こう側なのだろう。

 有紀は眩暈を感じた。なにかを思い出しそうな気がした。それは、有紀が求めている幼い頃の記憶であろうと思われる。有紀は知りたいのに、それをなにかに阻まれている気がするのだ。

 眩暈に耐えながら、扉を潜る。顔を上げると桜の花が咲いていた。

 悲鳴が聞こえた。女の悲鳴。誰の悲鳴か?

 有紀は理解する余裕が無かった。

「どうしたの? 有紀さん、大丈夫?」
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