夏の思い出

岡倉弘毅

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再会

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 十年前のあの濡れた時間が、夢だったのか現実だったのか未だに分からない。

 ゆきに口づけたまでは覚えている。

 しかし、次に目が覚めた時道夫はパジャマを着た状態で一人、ベッドに行儀よく横になっていたのだ。

 ゆきに貸したはずの服も、畳んだ状態でバッグの中に入っていた。

 台所でごみ箱を見ると、ラーメンの袋はあったが、一つだけだった。椅子も一脚だけ。

 夢だったのか、それにしては生々しい記憶は道夫を戸惑わせ、それがゆえに尚鮮明な記憶となって残り続けている。

 同じ十五才だった。

 しかし、仕草や言葉遣いは幼く、反面、ベッドの中の行為は慣れた様子でアンバランスさを感じた。

 夢にしては不自然に、年齢や名前まで設定が細かすぎた。

 道夫には同性愛の傾向はなかったし、青い瞳に憧れる、西洋かぶれな傾向もなかった。

 ただ、ぞっとするような美しさに、虜になったのは間違いない。夢だったとしても……

 
 考えているうちに、外は薄暗くなっていた。

 夏に訪れていた時とは違い、今は冬。日が暮れるのは当然早い。

 時計は四時を指していた。

 窓を叩く音がした。

 十年前の記憶と同じ音。
 
 道夫はからくり人形のぎこちなさで首をそちらに向ける……

 掃きだし窓の向こうには、あの日と同じ姿のゆきがいた……

 どういうことだ? なぜゆきがあの日と同じ姿で存在する?

 土地に関わる、あるいは建物に関わるオカルトかもしれないとまで考える。

 もしかしたら春樹は、父親はゆきと共に過ごしていたのではないだろうか……

 だとすれば、別荘での話を誰にもしようとしなかったのは理解できる。

 子供……それも男の子を相手に淫らな行為に耽っていたとなれば、罪悪感からも誰にも言えまい……

 心の中では恐怖しながらも、道夫は結局、窓を開けずにはいられなかった。

 当然だが、濡れてはいなかった。

 あの日と同じ、長い黒髪、青い瞳、幼い体……

「ゆき……」

 ゆきは嬉しそうに笑うと、道夫に抱きついた……

「待っていたの……」

 その時感じたのは、嫉妬だった……

 その言葉をお前は、春樹にも、父にも言ったのか?
 
 あの日のように二人の前で体を開いたのか?

 なけなしの理性で窓の鍵を閉めると、ゆきを引き摺るようにして二階の部屋に連れて行く。

 扉を閉め、二人だけになれたと満足すると、ゆきに口づけた……噛みつくように……むしゃぶりつくように……

 道夫はもう、何も知らぬ少年ではなかった…… 
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