落花流水、掬うは散華 ―閑話集―

ゆーちゃ

文字の大きさ
13 / 15

二人の約束

しおりを挟む
他サイトでですが、本編の投稿開始3周年に合わせた記念投稿です。
楽しんでいただけましたら幸いです。



 * * * * *



 ――文久三年、一月中旬。

 上洛を来月に控え、多摩での挨拶参りを済ませて試衛館へと戻る道すがら、一緒に出向いた総司が俺の袖を引っ張った。

「見ました!? 今、魚が跳ねましたよ~」

 そう言って指をさすのは、今さっき渡り終えたばかりの多摩川だ。
 魚が跳ねたくらいではしゃぐあたり、こいつもまだまだ餓鬼みてぇだと思えば無邪気に覗き込んでくる。

「あれ獲って帰ったら、今晩のおかずの足しになりますよね?」
「釣り道具なんざ持ってきてねぇぞ」
「問題ないですよ~」

 そう言うと、総司は俺の腕を引っ張り川縁へと歩を進める。
 さっきよりも邪気に満ちた笑顔を向けたかと思えば、大げさに首を傾げた。

「ほら、いつでしたっけ~。釣りしてたら女性が寄って来たとか何とか、やたら自慢げにほざ……困ったって言ってたじゃないですか~」
「おい……」

 言い間違えたふりしてさらっと毒づくんじゃねぇ。
 いったいいつの話だ。

「あ、また跳ねた!」
「あぁ? ……ったく、いつまでたっても中身はだな」

 皮肉を込めて幼名を口にしてやれば、総司が俺の腕を更に強く掴む。
 こんな所で油売ってねぇでとっとと帰りたいんだが。

「歳さんの魅力があれば、魚も寄ってくるかもしれませんよ~?」
「は?」
「試しにちょっと入ってみてください!」
「はぁ!? って、おい、総司っ!!」

 さっきまで俺の腕を掴んでいたはずの手で勢いよく背中を押され、危うく川へ突っ込みかけた。
 が、俺をすんでの所で引き戻したのも総司だった。
 反動で揃って尻をつけば、隣でケラケラと笑い出す。

「もう、僕まで巻き込まないでくださいよ~」
「お前のせいだろうが!」
「いつまでも僕を子供扱いする歳さんがいけないんですよ~?」

 そういうとこが餓鬼だと言ってるんだが……。

 余りにも楽しそうに大笑いしやがるから、腹を立てるのも馬鹿らしくなりそのまま寝そべった。
 同じように足を投げ出して寝転ぶ総司が、やれ饅頭だのやれ欠けた煎餅だの、雲を指さし同意を求めてくるから適当に相槌を打つ。

「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京へ行くの楽しみですね~」
「ああ」

 将軍警護が目的とは言え、今や天誅などと称した人斬りが跋扈ばっこする京へ行くんだ。功績が認められれば、幕臣に取り立ててもらえるという話もある。

「おいしい甘味がたくさんありそうですしね~」
「何だ、食いもんの話か。そりゃあるだろうよ」

 ……ったく、遊びに行くわけじゃねぇんだけどな。

「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京で名をあげたいですか~?」
「そりゃあな」

 男なら、この天下の一大事にどこまでやれるか試してみてぇじゃねぇか。

「近藤さんも、良い機会だって張り切ってましたしね~」
「そういうお前はどうなんだ? その気になりゃあ、近藤さんですら軽く越えていけるだろう」
「何言ってるんです。まぁ、歳さんが相手なら余裕ですけどね~?」

 うるせ、と総司の頭を小突けば再びケラケラと笑い出す。

「僕は、おいしい甘味と剣術があればそれでいいです」
「お前らしいな」
「どういう意味です、それ~」

 ふくれっ面しているであろう不満気な声のあと、ひょいと起き上がった総司は片手を後ろにつき、もう一方の手は雲でも掴むかのように天に掲げた。

「ねぇ、歳さん」
「ん?」
「歳さんも近藤さんも、武士になりたいんですよね?」
「まぁな」
「じゃあ、いつか歳さんが武士になったら、僕らで近藤さんを大名にしてあげるなんてどうです?」
「そいつはまた随分と大きく出たな」

 将軍と言い出さなかっただけマシか?
 それでも充分突飛な言葉に吹き出せば、総司は餓鬼みてぇな笑顔で振り向いた。

「約束ですよ?」
「わかったわかった」
「それじゃあ、まずは歳さんが武士になれるよう、僕も力を尽くしますね」

 ついと視線を逸らした。
 いつもひねくれてるくせに、時折、前触れもなく見せる真っ直ぐなその目は眩しくてかなわねぇ。

「歳さん?」
「何でもねぇよ」

 ったく、素直じゃねぇのはお互い様か。
 俺も起き上がり、満面の笑みで応えてやる。

「精々励めよ、
「ああ、また~」

 そうやって、いちいち反応するところだよ。
 まぁこいつの場合、全部わかったうえでやってそうだがな。

「土方さん」
「何だ、急に」
「ほら、いつか近藤さんがお殿様になったら、僕らは家臣として支えてあげるわけじゃないですか? ちゃんと“土方さん”て呼んであげないと、土方さんの威厳が保てそうにないじゃないですか~」
「余計なお世話だ、馬鹿野郎」

 何がそんなにおかしいのか、総司は笑いを収めることなく言葉を次ぐ。

「それに、あれですよ。としさ……土方さんは僕よりもずっと年上ですからね。年長者は敬わないといけないですし~」
「てめっ。七つしか違わねぇだろうが」
「七つですよ~」
「んなこと言ったら、俺より一つ上の近藤さんはどうすんだ。よっぽどじじいじゃねぇか」
「嫌だな~。近藤さんは土方さんと違って徳がありますからね。年なんて関係ないんですよ。誰かさんと違ってフラフラもしてないですし~」

 相変わらず口の減らねぇ奴め。
 だが……。

「多摩の農民から大名誕生……か。すげぇ話になりそうだな」
「子供っぽいとか思ってます~?」
の気のせいだろ」
「ほら、また~」

 不満をもらしながらもケラケラ笑う総司が、一足先に立ち上がるなり、西日を背に眩しい笑みで振り返った。

「約束ですよ、土方さん」
「……ああ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

処理中です...