落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 落の章 】

046 刀の押し型と抜き方

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 京の屯所へ帰って来てからも、山南さんはしばらく熱でうなされ眠っていた。
 医者の見立てでは、もしかしたら……今までのように刀を振るうことは難しくなるかもしれない、ということだった。
 まだ、山南さんには伝えていない。

 自室で眠る山南さんは、傷の痛みと高い熱のせいで、時折うなされながら苦しそうにしている。
 額に乗せた手拭いもすぐに温まってしまうから、布団の脇に置いた桶の水で、何度も冷やし直した。
 少しでも早く熱が下がるよう首もとにも手拭いをあてがうと、閉じていた山南さんの瞼がゆっくりと開いた。

「ん……琴月、君?」
「すみません。起こしてしまいましたね……」
「いや、手を煩わせてしまってすまないね。ありがとう」
「いえ。それより、お腹すいてませんか? 何か食べますか?」

 熱のせいで食欲もあまりないらしく、やっとお粥を口にしてくれる程度だった。点滴なんてあるはずもなく、栄養は口から摂るしかないので少しでも食べて欲しいのだけれど……。

「今は、まだいいかな……」
「はい……。それじゃ、薬だけ塗りますね」

 申し訳なさそうに謝る山南さんの腕を取り、包帯をほどいていく。まだ血の滲む痛々しい傷口に薬を塗り、包帯を巻き直した。

「ありがとう。すまないけど、もう少しだけ寝かせてもらうよ」
「はい。あとで食事と薬を持ってきますね」

 山南さんは少しだけ微笑むと、またすぐ眠りに落ちた。起こしてしまわないよう、静かに部屋をあとにするのだった。



 部屋に戻ると、土方さんが山南さんの折れた刀の押し型をしていた。
 山南さんの刀は刃こぼれも激しく、切っ先から三〇センチほどのところで折れている。

「どうするんですか? それ」
「多摩の鹿之助しかのすけさんに送る。山南さんは、刀がこんなになるまで戦ったんだって伝えたい」

 鹿之助さんとは、小島鹿之助こじま しかのすけさんといって、土方さんの親戚で新選組の支援者でもあるらしい。
 多摩にいた頃からみんなお世話になっていて、京へ来た今でも、時々文で相談などにものってもらっているのだとか。

 ふと、それをもらった鹿之助さんはどう思うのだろうと不安が過る。
 おお凄い! 頑張ったんだな! とでも思うのだろうか。
 縁起でもないけれど、討死してその遺品……みたいな感じがしてしまうのだけれど……。

「どうだった?」

 押し型をする土方さんから、短い問いを投げかけられた。
 きっと、山南さんのことだよね。

「熱があるせいか、食欲もあまりないみたいです」
「そうか」

 短い返事だけれど素っ気ない印象は全くなくて、むしろ、短い中にこそ心配や悔しさ、色んな感情が詰め込まれているような声音だった。
 押し型を終えた土方さんが、今度は一緒に添えるのであろう文に筆を走らせながら訊いてくる。

「そういえばお前、医術の心得でもあるのか? 山南さんの止血の時、随分手際がよかったが」
「母が看護師……えーっと、お医者様のお手伝いをする仕事をしているんです。だから、怪我をした時の応急処置は少しだけ知っていたというか……。それでも、刀傷なんて見るのは初めてですし、とにかく血を止めなきゃって必死だったんです」

 幼い頃から活発で、兄よりもやんちゃだと言われて育ってきたせいか、小さな傷を作ることは日常茶飯事だった。おかげで、しょっちゅう看護師である母のお世話になったっけ。
 あの頃は、絆創膏一つで痛みを消してしまう母が魔法使いに見えて、幼心に私も母のようになりたいと思ったんだ。
 ぼんやりと思い出に浸っていれば、いつの間にか土方さんが顔だけをこちらに向けていた。

「医者も処置がよかったって誉めてたじゃねぇか。ちゃんと役に立ったんだ。いつまでも落ち込んでんじゃねぇ」

 あ……。やっぱり土方さんにはバレていた。
 山南さんが怪我をしたことももちろん落ち込む原因だけれど、あの日、私は刀を抜けなかった。
 新選組にいる以上、あんな風に斬り合いになることはわかっていたはずなのに。いざ目の当たりにしたらまともに動くこともままならず、何の役にも立てなかった。

 あの時、土方さんが助けに入ってくれなかったら……。避け続けるだけでは、いつかのように自滅するだけなのに。
 京に帰って来てからも、そのことをずっと引きずっていたのだった。

「土方さん、ごめんなさい」
「ん?」
「私、刀を抜けませんでした……。抜こうとはしたんですけど、焦ってたのかなかなか抜けなくて……って、言い訳にしか聞こえないですよね、すみません」

 私にはきっと、人を斬ることはできない。どんなに悪人だろうと、おそらくできないと思う。何となくそれはわかっている……。
 それでも、刀で応戦するくらいはできるはず。

 幸いにも、私には心眼がある。これがあれば、相手の刀を払ったり落としたりすることができるはず。
 そうやって相手の戦意を喪失させられれば、向かってくる相手を斬り捨てるのではなく、捕縛することができるはず。

 ……そう思っていたけれど、実際は何もできなかった。
 思い出しただけで、己の覚悟の弱さと思い上がりにため息がでる。

「ああ、あの時か。お前、鯉口こいぐち切ったか?」
「こいぐち? 斬るも何も、そもそも刀を抜いていないので何も斬ってませんが……」

 再びこぼれた小さなため息は、土方さんのわざとらしいほどの盛大なため息によって掻き消された。
 筆を置いて立ち上がるなり、呆れ顔で言う。

「刀を持って来い」

 言われた通り刀掛けから自分の刀を取れば、土方さんも同じように隣の刀掛けから自分の刀を取った。
 そのまま私の目の前に立つと、私の目線の高さに刀を持ち上げ、親指でちょんと鍔を弾くように押し上げてから、刀身を僅かに引き出して見せた。

 刀には、刀身の手元部分にハバキと呼ばれる金具が嵌められていて、これがあることによって、刀身が鞘から簡単には抜けないようになっているらしい。
 だから抜刀する時は、あらかじめ刀がすぐに抜けるよう刀身を少し引き出しておく必要があり、この動作のことを鯉口を切るというらしい。

 確かに、軽く引いた程度で簡単に鞘から抜けたら危険だ。うっかり鞘から抜け落ちて、怪我でもしたらたまったものじゃない。
 ふと、時代劇とかでそんな動作があったことを思い出す。格好つけとかではなく、ちゃんと意味のあることだったんだ……と、何度か鯉口を切りながら感動してしまった。

 ちなみに鯉口とは、刀身を収める鞘の口の部分のことで、形が鯉の口に似ているからそう言うらしい。
 土方さんが自分の刀を抜き、鯉口を見せてくれた。

「あ、本当だ。鯉の口みたいですね。こう餌を食べてるみたいな」

 鯉のように口をパクパクさせて見せると、あろうことか私のお腹が反応した。
 聞き流してくれたらいいものを、土方さんは刀を鞘に戻しながらバカにしたように笑い出す。

「夕餉まではまだ少し時間があるぞ。餌でも食っとくか?」

 そう言って、パッパッと池の鯉に餌を投げ入れるような仕草をして見せた。

 何だか無性に腹が立つのだけれど……。
 自棄っぱちでパクパクと食べる動作をしてみせれば、予想外の行動だったのか、土方さんが爆笑した。爆笑ついでに文机に足の小指をぶつけていた。

「いてっ」
「ぷっ。大丈夫ですか?」
「おい、笑ったか? 笑ったよな!?」
「何言ってるんですか。心配してるんです」
「いや、笑っただろう!?」
「心配してることに変わりはないですよ。ふふっ」
「笑ってんじゃねぇかっ!」

 そんなくだらないやりとりをしながら、ふと気づかされる。バカバカしいとも思える時間が、どれほど穏やかで幸せなことなのかと。

 この時代、刀を交えることが本当にあるのだということを、痛いほど思い知らされたから。
 まともに刀を交えれば血は流れ、怪我をすることも、命を失うこともあるのだと、この目ではっきりと見てしまったから。

 あんな場面は今後もきっとある。
 けれどその時は、私もちゃんと刀を抜いて、みんなを守ってみせる。
 鞘ごと刀をぎゅっと握りしめ、そう心に誓うのだった。
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