落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 落の章 】

061 餅つきと隊士の切腹

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 年の瀬も押し迫った二十七日。
 あの日の雪は夜のうちにやんでしまい、うっすらと積もった程度で今は跡形もない。

 今まで通り巡察にも出ているけれど、あれ以来、無闇に死番を引き受けることはやめた。
 体調不良などで穴が空いた場合は引き受けるつもりだけれど、それ以外は、土方さんが言っていた通り見守ることも必要だと思ったから。



 寒いなかでの巡察を終え部屋へ戻ってくるも、炬燵に入ろうとしたところを土方さんに阻止された。

「今から八木さんとこ行ってこい。餅つくのに人手が欲しいそうだ」

 餅つき! つきたてのお餅が食べられるかも!?
 けれど、問題が一つ……。

「餅つきって、やっぱり外でやるんですよね? 室内でやらないかなぁ」
「んなもん、餅ついてりゃ暖まるだろうが。いいから早く行ってこい」
「じゃあ、土方さんも一緒に行きま――」
「副長、準備が整いました」

 私の声を遮ったのは、襖の向こう側から聞こえるピンと張りつめた声だった。

「わかった。すぐに行く」

 返事をする土方さんの声やその表情まで、一瞬にして緊張が走る。
 準備っていったい何だろう? 今日は特別なことでもあったっけ?
 けれど、質問する暇すら与えられないまま、背中を押され部屋を追い出された。

「お前は早く、八木さんのとこ行ってこい!」

 あまりの強引さに文句を言おうと振り向くけれど、すでに土方さんの姿はなく、目の前にあるのはぴしゃりと音を立てて閉まる襖だった。

「なっ! もう、土方さんにはお餅持ってきてあげませんからねーだっ!」

 無駄とわかりつつ、襖に向かってあっかんべーをしていた。



 八木邸の庭へ行くと、八木家の家族と一緒に隊士が数名餅つきをしていた。
 軽く挨拶をして、八木さんの指示通りさっそくつき終えた餅を丸める作業に取りかかる。

「あ! 丸餅なんですね」

 東は角餅、西は丸餅と聞いたことがある。スーパーでよく見かけるのは個別包装された角餅がほとんどだし、我が家でも餅と言えば角餅だ。

「ああ、江戸の方じゃ角餅らしいな。正月早々角餅なんて、角立つみたいで縁起悪おして食べられへんわ」

 八木さんは、右手を大げさに振りながらそう言うけれど、どんな形だろうとお餅お餅。食べられるのであれば、正直どちらでもいい。
 なので八木さんの指示通り丸くしていると、それまで餅をついていた隊士につき手の交代を頼まれた。
 杵を受け取りさっそくついてみるものの、重心が先端にあるせいか、振り下ろすのは楽だけれど上げるのがキツイ!

「何や、あんた餅ついたこともあらへんのか?」

 頼りなさそうに見えたのか、八木さんの呆れたような声がした。

「いえ、なくはないですよ!」

 子供の頃、町内会の餅つき大会でほんの少しやった程度だけれど。
 とはいえ、数回も打っていればコツも掴めてくるもので、返し手と声をかけ合いながらついていく。次第にただつくだけではつまらなくなってきて、八木家の子供たちの声に合わせ、杵をクルッと回したりしていたのだけれど……。
 調子にのったせいか、ただつくだけより早めに疲れも溜まるわけで。

「ほら、もっと頑張り。餅食べられへんで!」

 そ、それは困る! 八木さんに追い立てられ頑張るけれど、さすがにもう限界!
 八木さん本人が代わってくれるというので、私は返し手に回ることにした。
 こっちの方が楽……と思いきや、熱いの何の! 水をつけた手で餅を返すけれど、想像以上に熱い!

「餅冷めてまうやろう! 早くしぃ!」
「は、はいっ!」

 そうは言っても熱いんだってば!
 再び八木さんに追い立てられながらやっていれば、後ろから声がした。

「どれ、代わろうか?」

 振り返ると、隊士の安藤早太郎あんどう はやたろうさんだった。
 申し訳ないと思いつつも、ありがたい申し出に交代してもらう。

「任せとけ。餅の合い取りは得意なんだ」

 得意と豪語するだけあって、確かに上手だった。
 あと少しで全てつき終える頃、通りがかった隊士が安藤さんを見るなり呆れ顔で指さした。

「あの人、何やってんだ?」
「どうかしましたか?」

 見ての通り、安藤さんはお餅を返しているだけなのだけれど。

「いや、終わるなりすぐにどこかへ行ったかと思ったら、こんなところで餅なんてついてるから驚いただけだ」
「何かしてたんですか?」
「野口の切腹だ。ついさっき、安藤さんはその介錯をしてたんだよ」

 刀をばさりと振り下ろすような動作をしてみせるけれど、八木さんとその家族、そして、私だけが同時に驚きの声を上げた。
 だって、そんなの聞いていない。今日、野口さんが切腹するだなんて話は聞かされていない。

「何、で……」

 思わずこぼれた声は、随分と小さく掠れていた。

「近江国中羽田村での騒動が原因らしい。新選組を騙った浪士が騒動を起こしたとかで、野口がどう絡んでいたのかは詳しく知らないが、その責任を取るためだと聞いた」
「どうせ、隊の規律がどうので詰腹切らされたんやろう」

 一緒に聞いていた八木さんが、またか、とでも言うように呆れた口調で言った。

 野口さん……野口健司のぐち けんじさんは、出身が芹沢さんと同じ水戸だったこともあり、芹沢さんが生きていた頃は一緒にいるのをよく見かけた。
 いわゆる芹沢派の人間だった。
 けれど、元々永倉さんの知り合いだったことや、芹沢派の中でも年が若かったせいか、近藤派と言われる試衛館出身の人たちと仲良くしているのも見かけた。

 鉄の掟とも言われる局中法度。その隊規に背けばもれなく切腹だ。
 国の法律ですらない、ただの一団体の規律でしかないのに破れば死が待っているだなんて、厳しいどころの話ではないし無茶苦茶だとも思う。
 それでも、それがここの決まりなのだ。

 たかが一隊士の私が……いや、この時代の人間ですらない私が何かを言ったって、そう簡単に変えられるものでもないうえに、ここまで厳しくするのにはちゃんと理由がある。
 ここにいる誰もが、それは承知のうえだ。だから、受け入れるしかない。

 知っていながらそれを犯すのは自己責任……なんて、野口さんの最期を知らず、救えなかったことから目を背けたいだけの言い訳だ。
 ちゃんと知っていたなら、救えたのかな……。
 思わずこぼれたため息が、冷えた空気の中で白い靄となって消えていった。

 そのあと、八木さんがつきたてのお餅を食べさせてくれたけれど、一緒に驚いたはずなのに、八木さんはもう普段通りだった。





 部屋へ戻ると、開け放った障子の前で、腕を組んで立つ土方さんの後ろ姿があった。

「土方さん、お餅もらってきたんですけど食べますか?」

 聞こえているはずなのに、返事はない。持っていたお餅を文机に起くと、土方さんの隣に立って一緒に外を眺めた。
 真っ赤な夕焼け空も、ちらりと盗み見た土方さんの横顔も、凄く綺麗なのにどこかもの悲しく見える。

「野口さん、亡くなったんですね」
「ああ」
「局中法度に触れたんですよね」
「ああ」
「……じゃあ、仕方ないですね」

 土方さんが驚いたようにこちらを見た。

「だって、法度を破ったら切腹って決まりじゃないですか」
「……野口が切腹することも、その理由も知っていたのか?」
「いいえ。ついさっき知ったばかりです。近江国の村で騒動が起きて、その責任を取ったと聞きました」
「そうか」

 私を見下ろしたままの土方さんが、一つ頷いた。

「……そうだ」

 野口さんは芹沢派最後の一人とも言われていた。
 たとえ野口さんの切腹理由が、芹沢派一掃の意味合いが強かったとしても、副長の土方さんが村騒動が原因だと言うのだから、それ以上でもそれ以下でもない。

 理由は何であれ、野口さんの最期を知らなくて、知った時には全て終わっていた。
 私の中ではそれが真実だった。

「土方さん、お餅早く食べないと固くなっちゃいますよ」

 一足先に炬燵へ入り、自分の分のお餅を食べ始めた。障子を閉めた土方さんも、文机の前で腰を下ろし、隣で一緒に食べ始める。

「持って来ねぇと言ってなかったか?」
「そうでしたっけ?」
「ありがとな」
「私の分のついでです」

 鼻で笑われた気がしたけれど、それきりお互い静かに食べた。

 私の知っていることは、あまりにも少な過ぎる。
 これからだって、こんなことはきっとたくさんあるだろうし、そのたびに立ち止まってはいられないこともわかっている。
 それでも、すぐにそう考えられてしまう時点で、少しずつ人の死に慣れていっているような気がして、複雑な気持ちになるのだった。
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