落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―壱―

100 夢と現

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「随分、寝ちまったか……?」

 風が頬を撫でていく感触に、閉じていた瞼を開けた。
 霞む視界に映し出されたのは、細い腕を掴む俺の手と、小さく丸まって眠る琴月だった。

 僅かな焦りを感じながら琴月の後ろにある窓を見やれば、まだ明るい光が差し込んでいる。幾分すっきりとした頭で上体を起こせば、パサッと何かが落ちた。視線の先にあったのは、脱いだはずの俺の羽織だった。

「お前が掛けてくれたのか?」

 琴月に視線を移し呟くも、返ってくるのは規則正しい寝息だけだ。
 落ちた羽織を手に取り側で丸まる琴月の身体に掛けてやれば、すっぽりと収まる身体を僅かに身動ぎさせながら、羽織の端をぎゅっと握りしめた。
 不覚にも、そんな仕草を可愛らしいと思った自分に呆れると同時に、苛立ちにも似た感情に支配されていることに気づき、心底呆れながら一人ごちる。

「無防備過ぎんだろうが……」

 そんな成りをしててもお前は女で俺は……って、何を考えてんだ俺は。一年近くも布団を並べて寝てんだ、何を今更……。
 思考を切るように短く息を吐き出せば、琴月の口元が僅かに動いた。

「甘いもん食ってる夢でも見てんのか?」

 大福か? 団子か? お前らしいな、と緩む頬を隠しもせず、顔にかかる髪を退けてやろうと手を伸ばす。
 が、突然発せられた声に俺の手は宙を掴んだ。

「……帰、り……たい」

 行き場を失くした手を戻し、窓の外の様子を伺った。雨粒が水面を叩く音がするも、一時ほどの激しさはない。

「そろそろ帰るか?」

 返事はないとわかりつつ、窓の外を見やったまま眠る琴月に問うも、ある事を思い出し、慌てて悪ぃと呟いた。

 ちげぇよな……。お前が帰りたいのは屯所なんかじゃねぇ。
 琴月に視線を戻せば規則的な寝息を立てているにも関わらず、今にも泣き出しそうなその顔に、胸の辺りが妙に痛んだ。

 わかってる。帰してやれるもんなら帰してやりてぇさ。女のお前が、俺たちと一緒に刀を振るうなんざ間違ってんだ。
 いっそ餓鬼のように、帰りてぇ帰りてぇと泣いて喚けばいいものを、お前は、拒絶するどころか必死に受け入れようとさえする。

 ここにいると覚悟を決めて以来、俺に涙を見せないようにしているのは知ってる。
 負けん気で、意地っ張りなお前らしいとも思う。
 だが、少しくらい弱さも見せたっていいじゃねぇか。前を向けと言ったのは俺だが、馬鹿みてぇに一人でずっと走ってたら――

「疲れちまうだろうが……」

 静かな部屋に、昼七つを告げる時の鐘が届いた。あと一刻くらいは平気だろう。

「夢ん中くらい、ちゃんと泣いとけ」

 頬にかかる髪をそっと払ってやれば、窓枠に腰掛け遠くの祭囃子に耳を傾ける。眼下を行き交う、唐傘の花を眺めていた。





 * * * * *





 頬に違和感を覚えて瞼をこじ開ければ、どういうわけか土方さんが私の頬をつねっていた。

「……いひゃいです」
「帰るぞ」

 どうやら雨は少し前にやんだらしい。おまけに、もうじき時の鐘が暮れ六つを告げる頃だという。
 昼からどんだけ寝ていたのか!

 慌てて飛び起きると、土方さんに掛けたはずの羽織が私に掛かっていたことに気づく。
 訊けば、一刻前にはすでに起きていたらしい。一刻といえばおよそ二時間。一緒に起こしてくれたらよかったのに!

 とはいえ、頬をつねって起こすのもどうかと思う。
 土方さん曰く、仕返しのつもりらしいけれど、私はただ眉間の皺を伸ばしただけであって、決して遊んでいたわけではない!
 帰り支度をしていると、土方さんが吹き出した。

「顔に畳の跡がついてるぞ」
「えっ!?」

 慌てて頬を擦るも、そこじゃない、と笑う土方さんに親指の腹で頬の横を強めに撫でられた。

「やっぱり、すぐには消えねぇな。諦めろ」
「暗くなってきたから目立たないしいいです! そんなことより早く帰りましょう!」

 店を出ると、どしゃ降りだったせいか、足元の道はまだぬかるんでいるところが多かった。

「んな慌ててたら転ぶぞ?」
「大丈夫です。早く帰りましょう!」

 先を歩き振り返り様に土方さんを急かせば、そこまで急ぐ理由は何だ、と問い詰められた。

「夢……嫌な夢を見たんです」
「……夢か」 

 視線を前に戻し、ためらいながらも夢の内容を口にしようとしたら、なぜか止められた。

「夢なんざ、起きたらすぐに忘れちまうもんだろ。無理に思い出す必要はねぇよ」
「そうですけど……今回はちゃんと覚えて――」
「いいから忘れろっ! 所詮、夢だろ……」

 ……何? 何で怒っているの?
 思わず足を止め、突然声を荒らげた土方さんを再び振り返る。その顔は、怒っているというより酷く苦しそうに見えた。

「……土方さん?」
「悪ぃ……」

 そう呟いて、追い越し様に私の肩をトンと叩く。

 どうしたのだろう……。急かしたのがいけなかった?
 夢なんて、下らない話をしようとしたのがいけなかった?

 考えても答えは見つかりそうになくて、すでに前を歩く土方さんを追いかけると、その背中に向かって話しかけた。

「嫌な夢を見たって言ったじゃないですか?」

 土方さんは、今度は止めようとはしなかった。振り返ることもなければ、返事をすることもないけれど。

「その……正夢になったら嫌だなーって思って、早く帰りたいと急かしちゃったんです。でも、夢は夢ですよね、すみません」
「……ああ」

 さっきまでと違って落ちついたその声音に、話の続きをすることにした。

「巡察してる夢だったんですけど、風が強くて雪まで降ってきて……お腹も空いたから早く帰りたいっていう夢です。しかもですよ、やっと帰って来れたと思ったら、夕餉が誰かに食べられてたっていうオチまであって――って、イタッ!」

 突然、視界いっぱいに広がった背中に顔面からぶつかった。
 痛む鼻を押さえながら土方さんのポニーテールを睨みつければ、不機嫌そうな声が降ってくる。

「帰りてぇって……」
「はい? 早く屯所に帰りたいっていう夢ですよ。それに、もうじき暗くなるじゃないですか? さっきの夢が正夢にでもなって夕餉にありつけなかったら嫌なので、早く帰ろうって急かしてたんです」

 しばしの沈黙のあと、振り返った土方さんが私のおでこを思い切り弾いた。

「イッタ! 何するんですか!?」
「うるせぇ馬鹿。早く帰るぞ」

 そう言うなり、羽織を翻して行ってしまった。
 何でデコピンされたのかわからないけれど、夢の話で思い出したことが一つ。土方さんの隣に追いつくと、さっそく見上げた横顔に訊いてみる。

「土方さんこそ、どんな夢見てたんですか?」
「んなの、いちいち覚えてねぇよ」
「え~。沖田さんに怒鳴ってる夢でもみてるのかなぁ~って思ったんですけど」
「あのなぁ……何で夢ん中まであいつが出てくんだ。勘弁してくれ」

 どうやら私の予想はハズレらしい。
 ところが、突然何かを思い出したらしく、そういえば……と私を見下ろした。

「総司は出てこなかったが、お前が出てきたな」
「私?」
「ああ。俺の沢庵を勝手に食いやがったから、怒鳴ってる夢だった」
「ちょっと待ってください! それ、今朝の沖田さんじゃないですか!」
「夢なんだからどっちだっていいじゃねぇか」
「嫌です!」

 夢の訂正を訴えながら鴨川に架かる橋に近づくと、橋を渡たり終えた二人組の浪士が視界に入った。
 不自然に足を止め、背筋が氷るほどの鋭い眼差しで土方さんを睨みつけている。

 近頃の多少強引な捜査も相まって、益々疎ましがられている壬生狼こと新選組。隊服は着ていないけれど、副長ともなればその顔を知っている人は少なくないのだろう。
 当然、気がついているであろう土方さんを見てみれば、歩みこそ止めないものの、売られた喧嘩は買うと言わんばかりの勢いで睨み返している。
 さすがはバラガキ! 怖すぎるっ!

 喧嘩でも始めるんじゃないかとひやひやしながら歩いていれば、すれ違い様に敵意剥き出しの声をかけてきた。

「新選組の土方か?」
「あ? だったら何だ?」

 足を止め、ゆっくりと振り返る土方さんの仕草もその声音も、何だか凄く怖い。
 そうか、と一瞬で顔色を変えた浪士は刀を抜くと、ためらうことなく土方さんに斬りかかった。

「土方さんっ!!」

 思わず叫べば、金属と金属の激しくぶつかる音が耳をつんざいた。土方さんの抜いた刀が、ギリギリのところで防いでいる。
 けれど、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、二人が鍔迫り合いを始める僅かな隙に、もう一人が後ろへと回り込み、土方さんの背中を斬りつけようとしていた。

 嘘っ……油断した!
 咄嗟に刀を抜き放ち、下から斬り上げるようにして逸らした。
 至近距離で発せられた高い金属音が耳を貫けば、掌からは痛みにも似た痺れが腕を伝う。

 よかった、間に合った……。
 じんじんと痺れた手の中にある刀を見つめれば、どくんどくんと血液が身体中を駆け巡る音がする。

「琴月っ!!」

 叫ぶような声が私を現実に引き戻せば、大きく目を見開く土方さんの顔が見えた、その直後。



 ――――世界が、揺れた――――



 獲物を斬り損ねた刀が、怒りをぶつけるようにゆっくりと私に振り下ろされている。
 私はただ、土方さんを守ろうとしただけなのに。新選組のみんなを守りたい、救いたい。ただ、それだけなのに……。

 刀を強く握り直した。
 後ろへ大きく倒して、低い姿勢で浪士の懐へ潜り込む。柄を残したまま横へ抜ければ、短い呻き声が耳を掠めていった。
 意識を失った身体はそのまま崩れ落ち、足元の泥水を跳ねた。

 二対一となった今、私が浪士の背中を斬りつければ決着はする。
 けれど、そんなことはできないと、土方さんもとうにわかっているはずで。一瞬の隙さえ作れたならきっと――

 足元の石を泥ごと掴み、浪士の顔を目掛けて思いきり投げつけた。
 石は見事命中し、浪士が怯んだ隙を逃さず土方さんが勢いよく蹴り飛ばす。そのまま刀を叩き落としたかと思えば、土方さんの刀の切っ先は、すでに浪士の首に添えられていた。

「琴月」
「はい、あっ、縄ですよね! って、ああ! すみません、持ってないですっ!」

 普段から縄は持ち歩くべきなのか!?
 書状を届けに行くだけで、まさか斬り合いになるだなんて思わないし!

「琴月」
「すみませんっ! 今すぐどこかで調達して来ます!」
「いや、ありがとな」
「へ? は、はい……」

 石を投げつけて隙を作ったこと? 土方さんに斬りかかった刀を防いだこと?
 いまだ右手にある刀に視線を落とせば、心臓がうるさく騒ぎ出し、身体中がそわそわして落ちつかない。
 心眼を誘発する余裕なんてなかった。それでも、絶対に斬らせないと咄嗟に抜いた刀は、何とか間に合った。
 間に合って、本当によかった。

「すまねぇな」
「へ? 何がですか?」
「色々だ」
「……色々? ……って――」
「なんでもねぇ」

 詳しく訊こうとするも、先手を打たれてしまった。
 すると、いつの間にやらできていた人だかりを掻き分けて、浅葱色の羽織をまとった藤堂さんが飛び出して来た。
 すぐさま状況を理解したらしく、取り出した縄で浪士たちを縛り始めれば、一緒に行動していたのであろう巡察隊も遅れてやって来た。

 さすがは魁先生。今回も真っ先に飛び込んで来たらしい。
 思わず苦笑をこぼせば、土方さんから事の顛末を聞き終えた藤堂さんが私に向き直る。

「今回は何人?」
「……何がですか?」

 とぼけてはみたものの、何を訊いているのかくらい想像はつく。だって、藤堂さんだし。

「二人とも土方さんが倒したわけじゃないでしょ? そっちの気絶してる方が春?」

 まぁ、一応はそうなのだけれど。そんなこと競ってもしょうがないからね!
 半ば呆れながらも頷けば、へー、と興味なさげな声が返ってくる。
 けれど、その顔いっぱいに浮かべた不敵な笑みは、どうみても宣戦布告する気満々だ。

「オレは今度、二人倒すから」
「やっぱり! 変な対抗心燃やさないでくださいっ!」

 そんないつもの藤堂さんらしさに、さっきまでの緊張感はすっかりどこかへ消え去っていて、思わず声を出して笑ってしまうのだった。
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