149 / 262
【 花の章 】―壱―
149 元治元年、煤払い
しおりを挟む
すっかり風邪も治り、瀬田へ行っていた隊士たちも帰って来た。
そして今日は煤払いの日。今年もあっという間だった……なんて感傷に浸っていても部屋は綺麗にならないので、さっさと掃除に取りかかる。
煤を払って箪笥の整理も始めれば、濃紺の巾着を発見した。持ち上げてみれば、以前持った時に比べてだいぶずっしりしている。
不意に、後ろから土方さんの声がした。
「お前がここへ来てからもう一年以上経つ。そろそろ受け取ってもいいんじゃねぇか?」
この巾着には、私が新選組隊士となった時からのお給金が入っている。
けれど、まだ自信を持って受け取れるほど仕事ができているとは思えない。
そんな私の心を見透かすように、土方さんが頭にポンと手を置いてくる。
「お前はよくやってる。側で見てる俺が言うんだ、少しくらいは自信持っていいぞ」
「少しくらい、ですか?」
そんな風に突然褒められたら擽ったくて、思わず茶化してしまった。
「ついこの間江戸から来た奴らだって貰ってんだ。それより前からいるお前が駄賃だけなんざ、格好がつかねぇだろう」
何だか逆に茶化された?
けれど、土方さんなりの優しさだとわかってしまったから、巾着同様、今後はありがたく受け取ることにした。
「いつまでも土方さんに自腹を切ってもらうわけにもいかないですしね!」
最後の最後まで茶化してみれば、おでこを弾かれた。
「お前一人、一生面倒見てやるくらいどうってことねぇよ」
「……なんだかまるで、お父――ッ!」
「馬鹿野郎っ!」
さっきよりも痛いデコピンが飛んで来るのだった……。
掃除を続けていると永倉さんと原田さんがやって来て、どいたどいた、と今年も畳を剥がしていく。
部屋の掃除はある程度終わったので、山南さんの手伝いへ行こうと廊下に出れば、沖田さんを発見した。
声をかけるも、私の顔を見るなり盛大なため息をつく。
「一番見つかりたくない人に見つかるなんて……僕もまだまだですね~」
「もしかして、サボ……煤払いしないでどこか行こうとしてました?」
「まぁ、否定はしませんけど。部屋の掃除なら終わりましたし」
やっぱり!
大げさに残念がる背中を押して山南さんの部屋へ行けば、すでに伊東さんが手伝いに来ていた。
二人は攘夷や今の情勢についてにこやかに議論を交わし合っているけれど、大掃除中らしくちゃんと手も動かしているので、正直私たちの入る隙がない。
それでも隅っこで掃除を続けていれば、沖田さんが私の手を取った。
「ここは伊東さんに任せて他へ行きましょう」
「でも……」
「行きますよ」
結局、いつもの強引な沖田さんに手を引かれ、山南さんの部屋をあとにした。
廊下を歩きながらふと隣を見上げれば、沖田さんが前を向いたまま口を開く。
「近頃の敬助さんは、あんな感じですよ」
「あんな感じ……?」
「伊東さんの勉強会にも毎回顔を出してるし、二人はすっかり仲がいいんですよ~」
そう話す沖田さんの横顔はどこか寂しげで、まるで構ってもらえず拗ねた子供みたいだった。
山南さんの部屋でお喋りをする沖田さんをよく見かけるし、二人の仲がいいのも知っている。
けれど……もしかしたら今の山南さんは、沖田さんといるより伊東さんといる時間の方が多いのかもしれない。
何だか私まで俯きかければ、さっきまでとは打って変わって沖田さんが悪戯っ子の笑みで覗き込んできた。
「それじゃ、気を取り直して奪還と行きましょうか~」
「奪還? 山南さんを、ですか?」
「あはは。春くん、面白いこといいますね。でも違います。アレですよ、アレ」
何か企んでいるその笑顔に、奪還と聞いて浮かんだもう一つ……。
まさか、アレなのか?
「豊玉発句集です」
やっぱりか!
このままついて行った日には、絶対に面倒なことになる。
それなのに、こっそり逃げ出そうとした手はしっかり握られていて、そう簡単には離してくれそうにない。
半ば諦めの境地で引きずられていれば、前方から救世主が現れた。
時刻はそろそろお昼時。
今年は人数も増えたし、去年以上に大量のおにぎりを作るはず。
「井上さん! そろそろお昼の支度ですよね? 私たちもお手伝いしますっ!」
僕も? という視線を横から感じるけれど、この際逃げられても文句は言うまい。
句集の奪い合いに巻き込まれるよりは遥かにマシだもの!
「いや、今年は人数も増えたからな。新人に任せて来たから大丈夫だぞ」
すれ違い様に頭をポンと一撫でする井上さんは、他を手伝ってやってくれ、と私の一縷の望みを笑顔で断って行く……。
呆然と立ち尽くしていれば、沖田さんが満面の笑みで言い放つ。
「源さんもああ言ってることですし、僕の手伝いをお願いしますね?」
もう、なるようになれっ!
こういう時に限って部屋に土方さんの姿はなく、煤払いも終え綺麗だった。
沖田さんはまるで自分の部屋のように箪笥や押入れを漁り始め、綺麗になったはずの部屋を散らかしていく。
無理やり連れてこられたとはいえ、ここで一緒になって漁っては再び共犯者にされかねない。黙って部屋が散らかるその様をただ見ていれば、後ろから不機嫌な声がした。
「おい、てめぇら……」
慌てて振り向くも、その恐ろしい顔に再び視線を前へと戻せば、沖田さんは全く動じることなく部屋を散らかし続けている。
「何です~? 捜し物してるんで邪魔しないでください」
お、沖田さんめっ! どうしてそう無駄に煽るのか。
とばっちりで私まで雷が落ちたら笑えない!
顔色を伺うように後方に立つ土方さんを見上げれば、予想に反して得意げにふんと鼻で笑った。
「諦めろ。お前らが来るなんざ予想済みだ」
なるほど。さすがは土方さん……って、ちょっと待って。
今、お前らって言わなかった? 聞き違い? まさか、私も含まれている!?
「仕方ないですね~。今日のところはこの辺にしておきますよ」
悪びれもせず笑顔で振り返った沖田さんは、土方さんが呼び止める声も無視して部屋を出ていった。そこに残るのは開け放たれた襖だけ……。
ため息とともに散らかった部屋を見渡した土方さんが、最後にじろりと私を見る。
「わ、私は何もしてません!」
「総司を止めなかった時点で同罪だ、同罪っ! 馬鹿野郎!」
ほら、やっぱりとばっちりだ!
とはいえ、沖田さんと似たようなことを言っているあたり、やっぱり仲がいい。なんてついクスリと笑ってしまえば、痛いデコピンが飛んでくるのだった。
お昼を挟んで二度目の部屋の掃除を終える頃には、もう他に手伝うところもほとんどないという状態だった。
人数が増えたから、去年より早く終わったのかもしれない。
また今年も胴上げをするのかな……と、去年を思い出しながら庭に面した廊下を歩いていれば、向こうから山崎さんがやって来た。
「春さん、ちょうどいいところに。ここへ座ってください」
去年のことを思い出していたせいか、このあとの展開も想像がつく。
山崎さんだって疲れているはずで、わざわざそんなことまでさせられない……と渋ってみるも、眩しいくらいの笑顔とは反対にやや強引に座らされると、山崎さんも隣に腰を下ろした。
「今年はほとんど荒れてないと思いますよ?」
両方の掌を見せながら告げれば、それなら、と山崎さんが立ち上がった。
「今年はこっちで」
背後に立ったかと思うと、そのまま肩を揉み始めた。擽ったさに思わず首を竦めれば、山崎さんがおかしそうに小さく笑った。
「少しだけ我慢してください。すぐに慣れますから」
山崎さんの過保護ぶりに苦笑を返すも、確かに擽ったさはすぐになくなった。
むしろ気持ちよさに変わり、徐々に眩しさを増す西日に目を閉じれば、危うく眠りかけるほどだった。
賑やかな中庭に合流すれば、今年の締めもやっぱり胴上げをするらしく、すでに“誰だ、誰だ”という雰囲気が漂っている。
去年は土方さんのせいでまんまと餌食になったので、今年は隅でひっそりしていようと顔もあげずに下ばかり見ていれば、突然耳元で声がした。
「今年も舞うのか?」
「え、遠慮しますっ!」
驚いてつい大声で訴えれば、巡察から戻ってきたばかりという格好の斎藤さんだった。
「斎藤さん! がやったらいいじゃないですか!」
仕返しとばかりに名前の部分を若干強調してみせるも、斎藤さんは動じるどころか僅かに口の端をつり上げる。
「俺はこんな格好だから無理だな。それより、注目を集めたみたいだぞ?」
そう言われて辺りを見渡してみれば、確かにさっきまではなかったはずの視線が突き刺さっている……。
せっかく目立たないようにしていたのに!
徐々に隊士たちが取り囲み始めたので、斎藤さんの後ろに隠れようとするも、着替えてくる、とかわされてしまった。
「さ、斎藤さんっ!」
肩を揺らして立ち去るその背中を見送れば、仕方ないですね~、とケラケラと楽しそうな笑い声が隣から聞こえた。
私の代わりに舞ってくれるのかと期待を込めて見上げれば、沖田さんがぐるりとみんなを見渡して言う。
「せっかく江戸からたくさんの人が来てくれたんですから、その方たちがいいんじゃないですか~?」
それもそうかという雰囲気に変わり、自然と江戸から来た人たちに視線が集中する。中でもより注目を集めたのは、やっぱり伊東さんだった。
私はいいですよ、とにこやかに辞退を申し出るも、そんなことはお構いなしに宙を舞う。
助けてもらったことにお礼を言いつつ伊東さんを見ていれば、空高く舞っているにも関わらず、その顔はどこか嬉しそうだった。
同じように隣で見ていた沖田さんが、そんな伊東さんを見ながら笑顔で言い放つ。
「あのまま、落っこちちゃえばいいのに」
えっと、表情と台詞が全く合っていないのだけれど。
もしかして……。
「沖田さん。伊東さんのこと嫌いなんですか?」
「うん」
間髪入れず迷いのない返事をした沖田さんが、笑顔のまま私を見下ろした。
「春くんも、でしょう?」
「私は別に……」
「なら、好きなんですか?」
「いえ。好き、ではないですけ――」
「じゃあ、嫌いになっちゃえばいいですよ~」
そう言って、満面の笑みを浮かべながら私の頭をよしよしと撫でるのだった。
そして今日は煤払いの日。今年もあっという間だった……なんて感傷に浸っていても部屋は綺麗にならないので、さっさと掃除に取りかかる。
煤を払って箪笥の整理も始めれば、濃紺の巾着を発見した。持ち上げてみれば、以前持った時に比べてだいぶずっしりしている。
不意に、後ろから土方さんの声がした。
「お前がここへ来てからもう一年以上経つ。そろそろ受け取ってもいいんじゃねぇか?」
この巾着には、私が新選組隊士となった時からのお給金が入っている。
けれど、まだ自信を持って受け取れるほど仕事ができているとは思えない。
そんな私の心を見透かすように、土方さんが頭にポンと手を置いてくる。
「お前はよくやってる。側で見てる俺が言うんだ、少しくらいは自信持っていいぞ」
「少しくらい、ですか?」
そんな風に突然褒められたら擽ったくて、思わず茶化してしまった。
「ついこの間江戸から来た奴らだって貰ってんだ。それより前からいるお前が駄賃だけなんざ、格好がつかねぇだろう」
何だか逆に茶化された?
けれど、土方さんなりの優しさだとわかってしまったから、巾着同様、今後はありがたく受け取ることにした。
「いつまでも土方さんに自腹を切ってもらうわけにもいかないですしね!」
最後の最後まで茶化してみれば、おでこを弾かれた。
「お前一人、一生面倒見てやるくらいどうってことねぇよ」
「……なんだかまるで、お父――ッ!」
「馬鹿野郎っ!」
さっきよりも痛いデコピンが飛んで来るのだった……。
掃除を続けていると永倉さんと原田さんがやって来て、どいたどいた、と今年も畳を剥がしていく。
部屋の掃除はある程度終わったので、山南さんの手伝いへ行こうと廊下に出れば、沖田さんを発見した。
声をかけるも、私の顔を見るなり盛大なため息をつく。
「一番見つかりたくない人に見つかるなんて……僕もまだまだですね~」
「もしかして、サボ……煤払いしないでどこか行こうとしてました?」
「まぁ、否定はしませんけど。部屋の掃除なら終わりましたし」
やっぱり!
大げさに残念がる背中を押して山南さんの部屋へ行けば、すでに伊東さんが手伝いに来ていた。
二人は攘夷や今の情勢についてにこやかに議論を交わし合っているけれど、大掃除中らしくちゃんと手も動かしているので、正直私たちの入る隙がない。
それでも隅っこで掃除を続けていれば、沖田さんが私の手を取った。
「ここは伊東さんに任せて他へ行きましょう」
「でも……」
「行きますよ」
結局、いつもの強引な沖田さんに手を引かれ、山南さんの部屋をあとにした。
廊下を歩きながらふと隣を見上げれば、沖田さんが前を向いたまま口を開く。
「近頃の敬助さんは、あんな感じですよ」
「あんな感じ……?」
「伊東さんの勉強会にも毎回顔を出してるし、二人はすっかり仲がいいんですよ~」
そう話す沖田さんの横顔はどこか寂しげで、まるで構ってもらえず拗ねた子供みたいだった。
山南さんの部屋でお喋りをする沖田さんをよく見かけるし、二人の仲がいいのも知っている。
けれど……もしかしたら今の山南さんは、沖田さんといるより伊東さんといる時間の方が多いのかもしれない。
何だか私まで俯きかければ、さっきまでとは打って変わって沖田さんが悪戯っ子の笑みで覗き込んできた。
「それじゃ、気を取り直して奪還と行きましょうか~」
「奪還? 山南さんを、ですか?」
「あはは。春くん、面白いこといいますね。でも違います。アレですよ、アレ」
何か企んでいるその笑顔に、奪還と聞いて浮かんだもう一つ……。
まさか、アレなのか?
「豊玉発句集です」
やっぱりか!
このままついて行った日には、絶対に面倒なことになる。
それなのに、こっそり逃げ出そうとした手はしっかり握られていて、そう簡単には離してくれそうにない。
半ば諦めの境地で引きずられていれば、前方から救世主が現れた。
時刻はそろそろお昼時。
今年は人数も増えたし、去年以上に大量のおにぎりを作るはず。
「井上さん! そろそろお昼の支度ですよね? 私たちもお手伝いしますっ!」
僕も? という視線を横から感じるけれど、この際逃げられても文句は言うまい。
句集の奪い合いに巻き込まれるよりは遥かにマシだもの!
「いや、今年は人数も増えたからな。新人に任せて来たから大丈夫だぞ」
すれ違い様に頭をポンと一撫でする井上さんは、他を手伝ってやってくれ、と私の一縷の望みを笑顔で断って行く……。
呆然と立ち尽くしていれば、沖田さんが満面の笑みで言い放つ。
「源さんもああ言ってることですし、僕の手伝いをお願いしますね?」
もう、なるようになれっ!
こういう時に限って部屋に土方さんの姿はなく、煤払いも終え綺麗だった。
沖田さんはまるで自分の部屋のように箪笥や押入れを漁り始め、綺麗になったはずの部屋を散らかしていく。
無理やり連れてこられたとはいえ、ここで一緒になって漁っては再び共犯者にされかねない。黙って部屋が散らかるその様をただ見ていれば、後ろから不機嫌な声がした。
「おい、てめぇら……」
慌てて振り向くも、その恐ろしい顔に再び視線を前へと戻せば、沖田さんは全く動じることなく部屋を散らかし続けている。
「何です~? 捜し物してるんで邪魔しないでください」
お、沖田さんめっ! どうしてそう無駄に煽るのか。
とばっちりで私まで雷が落ちたら笑えない!
顔色を伺うように後方に立つ土方さんを見上げれば、予想に反して得意げにふんと鼻で笑った。
「諦めろ。お前らが来るなんざ予想済みだ」
なるほど。さすがは土方さん……って、ちょっと待って。
今、お前らって言わなかった? 聞き違い? まさか、私も含まれている!?
「仕方ないですね~。今日のところはこの辺にしておきますよ」
悪びれもせず笑顔で振り返った沖田さんは、土方さんが呼び止める声も無視して部屋を出ていった。そこに残るのは開け放たれた襖だけ……。
ため息とともに散らかった部屋を見渡した土方さんが、最後にじろりと私を見る。
「わ、私は何もしてません!」
「総司を止めなかった時点で同罪だ、同罪っ! 馬鹿野郎!」
ほら、やっぱりとばっちりだ!
とはいえ、沖田さんと似たようなことを言っているあたり、やっぱり仲がいい。なんてついクスリと笑ってしまえば、痛いデコピンが飛んでくるのだった。
お昼を挟んで二度目の部屋の掃除を終える頃には、もう他に手伝うところもほとんどないという状態だった。
人数が増えたから、去年より早く終わったのかもしれない。
また今年も胴上げをするのかな……と、去年を思い出しながら庭に面した廊下を歩いていれば、向こうから山崎さんがやって来た。
「春さん、ちょうどいいところに。ここへ座ってください」
去年のことを思い出していたせいか、このあとの展開も想像がつく。
山崎さんだって疲れているはずで、わざわざそんなことまでさせられない……と渋ってみるも、眩しいくらいの笑顔とは反対にやや強引に座らされると、山崎さんも隣に腰を下ろした。
「今年はほとんど荒れてないと思いますよ?」
両方の掌を見せながら告げれば、それなら、と山崎さんが立ち上がった。
「今年はこっちで」
背後に立ったかと思うと、そのまま肩を揉み始めた。擽ったさに思わず首を竦めれば、山崎さんがおかしそうに小さく笑った。
「少しだけ我慢してください。すぐに慣れますから」
山崎さんの過保護ぶりに苦笑を返すも、確かに擽ったさはすぐになくなった。
むしろ気持ちよさに変わり、徐々に眩しさを増す西日に目を閉じれば、危うく眠りかけるほどだった。
賑やかな中庭に合流すれば、今年の締めもやっぱり胴上げをするらしく、すでに“誰だ、誰だ”という雰囲気が漂っている。
去年は土方さんのせいでまんまと餌食になったので、今年は隅でひっそりしていようと顔もあげずに下ばかり見ていれば、突然耳元で声がした。
「今年も舞うのか?」
「え、遠慮しますっ!」
驚いてつい大声で訴えれば、巡察から戻ってきたばかりという格好の斎藤さんだった。
「斎藤さん! がやったらいいじゃないですか!」
仕返しとばかりに名前の部分を若干強調してみせるも、斎藤さんは動じるどころか僅かに口の端をつり上げる。
「俺はこんな格好だから無理だな。それより、注目を集めたみたいだぞ?」
そう言われて辺りを見渡してみれば、確かにさっきまではなかったはずの視線が突き刺さっている……。
せっかく目立たないようにしていたのに!
徐々に隊士たちが取り囲み始めたので、斎藤さんの後ろに隠れようとするも、着替えてくる、とかわされてしまった。
「さ、斎藤さんっ!」
肩を揺らして立ち去るその背中を見送れば、仕方ないですね~、とケラケラと楽しそうな笑い声が隣から聞こえた。
私の代わりに舞ってくれるのかと期待を込めて見上げれば、沖田さんがぐるりとみんなを見渡して言う。
「せっかく江戸からたくさんの人が来てくれたんですから、その方たちがいいんじゃないですか~?」
それもそうかという雰囲気に変わり、自然と江戸から来た人たちに視線が集中する。中でもより注目を集めたのは、やっぱり伊東さんだった。
私はいいですよ、とにこやかに辞退を申し出るも、そんなことはお構いなしに宙を舞う。
助けてもらったことにお礼を言いつつ伊東さんを見ていれば、空高く舞っているにも関わらず、その顔はどこか嬉しそうだった。
同じように隣で見ていた沖田さんが、そんな伊東さんを見ながら笑顔で言い放つ。
「あのまま、落っこちちゃえばいいのに」
えっと、表情と台詞が全く合っていないのだけれど。
もしかして……。
「沖田さん。伊東さんのこと嫌いなんですか?」
「うん」
間髪入れず迷いのない返事をした沖田さんが、笑顔のまま私を見下ろした。
「春くんも、でしょう?」
「私は別に……」
「なら、好きなんですか?」
「いえ。好き、ではないですけ――」
「じゃあ、嫌いになっちゃえばいいですよ~」
そう言って、満面の笑みを浮かべながら私の頭をよしよしと撫でるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる