落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ

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【 花の章 】―弐―

192 初雪と手作り絵草紙

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 十一月の下旬。
 新暦に直せば、おそらくもう年も明けている頃。つまり、旧暦、新暦ともに冬真っ只中。
 朝餉を終えさっそく炬燵に潜り込めば、やや遅れて戻ってきた土方さんが、私の姿を見るなり鼻で笑った。

「まるで巣だな」
「巣でも小屋でも、この際、殻でも何でもいいです。寒さが凌げるなら」

 エアコンが当たり前だった人間にとって、暖房器具の乏しいこの時代の冬は厳しすぎる。
 今日このあとは、斎藤さん率いる三番組とともに巡察へ行くことになっているけれど、こうして隊務や稽古の時間ギリギリまで炬燵で過ごすのが日課となっている。
 全く……不逞な輩も冬の間くらいは大人しくしていればいいのに。私なら喜んで春まで冬眠する。
 思わず溜め息をつきかければ、文机の前に腰を下ろした土方さんが、珍しく肩を竦ませ両腕をさすった。

「確かに今日は一段と寒いな」
「何言ってるんですか。今日です」

 一瞬呆れたような目で見られた気がするけれど、嘘を言ったつもりはない。
 そんなことより、局長も参謀も不在の今、副長に風邪でも引かれたら困る。炬燵布団を引っ張り片足だけ掛けてあげれば、土方さんは特に突っ込みもせず火鉢をいじり出し、何やら火箸で拾い上げた物を布でくるみ始めた。

「まぁ、雪が降ってもおかしくねぇ空模様だしな。ほら、これでも持ってけ」
「何ですか、これ? ……って、わっ! 温かい!?」
「何って、温石おんじゃくも知らねぇのか?」
「おんじゃく?」

 思わず首を傾げれば、呆れながらも説明してくれる。
 温石おんじゃくとは、こうして火鉢などで温めた石を布などでくるみ、懐へ入れ暖を取るための物らしい。
 つまり、ちょっと厚みのあるカイロ?

「……ったく、寒い寒いうるせぇくせに温石も知らねぇとはな。本当にどんな生活してたんだよ。それ持ってとっとと行ってこい」

 そんないつもの台詞を吐くけれど、私の時代にだってカイロくらいあるからね?
 何ならもっと薄いし、好きなところに貼れたりもするんだから。……まぁ、“使い捨て”という部分においてはエコではないけれど。
 何はともあれ温かい。ありがたく懐に忍ばせてから炬燵にしばしの別れを告げるのだった。



 斎藤さんたちと巡察を開始するも、見上げた空は厚い雲が低く垂れ込めていて、唯一の救いである日光が届かない。
 時折吹く風も昨日より格段に冷たくて、その都度勝手に身体が縮こまる。
 けれど、温石を入れた胸元は温かかった。
 ふと隣を見れば、背中を丸めることもなく、しゃんと前を向いて歩く斎藤さんの姿が目に入った。

「……寒くないんですか?」
「寒いぞ。冬だからな」
「全然そんな風には見えませんが……」

 コツがあるなら訊きたいけれど、気合いとか根性論を語られても困る。
 ……いや、斎藤さんに限っては、“寒いなら温めてやろうか?”なんて言い出しかねない……って、私の斎藤さんに対するイメージっていったい……。
 あれやこれやと一人で考えていたら、突然、斎藤さんが片方の頬に触れてきた。

「相変わらず、表情が忙しないな」
「わっ……冷たっ!」

 思わず身をよじってその手から逃れるも、一瞬にして震えが起きる。
 そんなことをされて恥ずかしいとか思う以前に、冷た過ぎるからっ!

「伊東さんに連れて行かれそうになったらしいな」
「へ? あー……はい。危うく……」
「呑気に河豚を食べに行く、とはならなかったか」
「いくら私でも、この時期に長州へ行く勇気はないです」

 だからこそ、近藤さんや潜入しているであろう山崎さんたちのことが心配だ。
 ところで、どうしてフグが食べたかったことはバレているのか……。
 思わず隣を見上げれば、ゆっくりと私を見下ろす斎藤さんの口元が僅かに弧を描いた。

「顔に書いてあると言っただろう?」

 言うが早いか、視界の端から伸びてきた手が再び私の頬に触れ、小さな悲鳴とともに僅かに仰け反った。

「だ、だからいきなり触らないでください! 冷たいじゃないですか!」
「いきなりでなければ良いのか? ならば触れるぞ」

 へ? ……と言う間抜けな返事は、容赦なく両手で顔を挟まれたことで盛大な悲鳴へと変わった。
 すぐさま引き剥がすと同時に飛び退けば、警戒態勢のまま抗議の眼差しを送る。

「さっ、斎藤さんっ!」
「何だ?」
「何だじゃなくてっ!」

 冷たいと訴えた側から触ってくるとか……予告すればいいという問題じゃないからね!
 全く、油断も隙もあったもんじゃない!

 そんな、悪びれもせずくくっと喉を鳴らして笑う斎藤さんとの巡察も終わり、そろそろ屯所へ戻るという頃。

「琴月」
「な、何ですか?」
「そう警戒するな」
「どの口が言いますか!?」

 さぁな、と言い放つ斎藤さんの前を、何やら白いモノが落ちていった。
 揃って見上げれば、空から無数の小さな影が舞い落ちてくる。

「……雪っ!」
「降ってきたか」

 巡察隊の歩みが足早になる中、今季最初の雪に一人浮かれて歩けば斎藤さんがおかしそうに訊いてくる。

「急に元気になったな。寒いんじゃなかったのか?」
「寒いは寒いですけど、雪だけは別です」
「……ほう」

 何やら意地悪な笑みを浮かべた気がするけれど、特に何をされるでもなく、思い出したように去年の話を振ってきた。

「またあの珍妙な雪達磨を作るのか?」
「珍妙って。あっちの方が可愛いじゃないですか」
「雪達磨に可愛いも何もないだろう」
「そんなことないですよ! 重要です! 斎藤さんが作ったのは可愛くないです」

 なんせ達磨そのものだったし、リアルさも相まってむしろ怖いくらいだった。
 私の時代であんなものが家の前にでーんと鎮座していたら、幼い子供はきっと泣き出して中へ入れない。
 今度こそ木桶も被せて可愛い雪だるまを認めさせようかと考えていれば、残念だが、と私の思考を読んだように斎藤さんが言う。

「この雪は、おそらく積もらんぞ」
「えー……そうなんですか?」

 残念に思いながら雪の舞う空を見上げた僅かな隙に、斎藤さんの片手が頬に添えられた。

「安心しろ。お前の方が可愛いぞ」
「ひっ! さ、斎藤さんっ!」

 すぐさま逃れるも、冷たいと何度言えばわかるのか! 絶対に楽しんでいるだろう!
 そもそも雪だるまと可愛さ勝負なんてした覚えはない!
 
「何だ、雪だと寒くないのだろう?」
「そういうことじゃないですっ! だいたい寒いと冷たいは別です!」
「だろうな」
「なっ……斎藤さん!?」

 散々からかっておきながら、何もなかったようにさっさと先へ行くその背中は、微かに肩が上下に揺れている。
 屯所へつくまで続けた抗議は、雪の舞う静かな景色に溶けていくのだった。



 巡察から戻ると、土方さんは相変わらず文机の前にいた。
 装備を解き、報告ついでに雪がちらついていることも告げれば、やっぱり降ってきたか、と少しだけ障子を開けて外を確認し始める。
 慌てて炬燵に滑り込めば何やら紙の束が置いてあることに気づき、障子を閉めた土方さんもちらりとそれらに視線を移した。

「それな、総司がお前にって置いてったぞ」
「私に?」

 手に取ってみれば、端が紐で綴じられていて本のようになっている。
 とてつもなく手作り感が溢れているけれど、良い本があると言っていたのはこれのことだろうか。
 表にも裏にもタイトルがないのでさっそくめくってみれば、絵草紙えぞうしなのか随分と可愛らしい絵とともに、余白にはある程度読めそうなくずし字のひらがなで文章も書いてある。

 ひとまず文章は後回しにして一枚ずつめくっていけば、桃の絵と少年の他に、犬や猿、おそらく雉の絵まで描いてあり、それぞれ犬の横には“春”、猿の横には“近藤”、雉の横には“源”と書いてある。
 まだ文章は読んでいないけれど、きっと桃太郎の話だろう。そして、桃太郎であろう少年の横に書いてある名前は……。

「あれ……宗次郎そうじろう?」
「何読んでんだ?」

 思わず口に出してしまったせいか、土方さんが覗き込んできた。
 けれど、すぐさまおかしな声を上げた。

「何だこりゃ。総司が描いたのか?」
「どうなんでしょう? 手作りっぽいですけど……」
「宗次郎って、あいつの幼名だぞ。桃太郎とかけたつもりか?」

 なるほど、そういうことか。
 それならやっぱり、沖田さんの手作りかもしれない。
 興味を惹かれたのか、手にした書状そっちのけで覗き込む土方さんと一緒になって続きをめくっていけば、いよいよ鬼が登場した。

 そりゃね、もしかして……とは思っていたけれど、予想通りというか何というか。
 無駄にそっくり描かれた鬼の絵と、その横に書かれていた名前は当然――

「あの野郎……」

 隣から聞こえた呟きに思わず笑ってしまえば、速攻でデコピンが飛んでくる。

「イッタ。何するんですか!」
「うるせぇ。笑ったお前が悪い」

 なっ……横暴! まさに鬼っ!

「おい、炬燵没収してやろうか」
「そ、それだけはご勘弁を……」

 どうしてバレたのか!
 ……って、とばっちりを受けたうえに、危うく炬燵まで没収されるところだった。
 沖田さんめっ!

 とはいえ、面白そうな内容を読まずにはいられない。
 隣からの鋭い視線を宥めるように炬燵布団を片足分だけ分けてあげると、さっそく勉強がてら読書を始めるのだった。
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