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第5章 繋ぐ日々

【驚天動地】

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 もはやトークは趣味の話のみならず
日常会話や家庭の話にまで及び始めた、

本来ならこのトークルームでされることのない会話
どこまでが規定範囲でどこからがNGなのか?
その境界線も判然としないまま

ふたりのやり取りは次第に熱を帯び

俺は少しずつさりーのことを知っていける喜びと同時に
不思議な感情が芽生え始めた。

 これまではさりーに新しいお客さんが増えると
我がことのように喜んで

新規や常連が増えるよう口コミを書き
本人にも「人気が出るといいね」などと
言っていたはずなのに

いつしか彼女が書く他の客へのメッセージを読むたびに
少し胸がチクリとする感覚を覚えるようになった。

何なんだ、この感情?
もしかして…ジェラシーとか言うやつか?

それは良くない傾向だと察知した。

さりーが俺の彼女であるならその感情は当然だ

しかし1人の客と言う立場でしかない俺が
その感情を持つのはお門違いではないだろうか?

しかも人妻専門店である以上、
いくら検閲をしている運営から警告がなくとも

サービスの規定を超えかねない
トークでのプライベートなやり取りは
ある意味、不道徳行為と捉えられても致し方ない。

どっぷりと彼女の“沼”にハマるのも心地よいが
少し視野を広げた方がいいのかも知れない…

次回会った時のクイズなどのやり取りをしながら
俺は同じお店で働く他の女の子のチェックを始めた。

 さすがに人妻ヘルスだけあって少し年齢層は高めだ
しかし若いとなれば20代でもかわいい女の子が、と
幅広いキャストで形成されている。

実際にはさりーのように
少し年齢詐称している娘も実存するであろうが

画像を観る限りでは実際、
若さを全面に押し出している女の子も多い。

見聞を広めるため一度、別の女の子のところへ…

そんな思いに駆られた瞬間
ふとさりーの笑顔が脳裏をよぎった。

例えばさりーが所在なく待機している
その隣の部屋で俺が別の女の子と…などと考えた時

その事実を知っていても知らなくても
さりーはどんな思いを持って次回俺を迎える?

俺はどの面下げてさりーの前に立っている?

自由に女の子を選択出来るお店で
ひとりの女の子に束縛される必要はないのだが

ここまで親密なやり取りを続けていると
思い入れも大きくなる、

他の女の子の情報を収集するのは罪ではないと思いつつ

少なくともさりーが出勤中に
同じフロアで別の女の子と情事を交わすなど
鬼畜の所業だと自分に言い聞かせた。

 そんな複雑な感情を抱きながら
数日が過ぎたある日の休日、

お昼過ぎにさりーからトークの返信が届いた。

あんな不謹慎な思いを抱いていたことなど知らず
いつものように明るく楽しい文面に心が傷んだ。

俺は自分自身にペナルティを与えよう

こんなよこしまな心を抱いた罰として
しばらくさりーと会うのを自制して
本来の目的である制作作業に専念しよう…

でもその前に何かしてあげることは出来ないかな?
その前にこんな献身的なさりーにそのことを伝えなくては…

体が自然に動いていた、
さりーからの返信を受け取った直後、
俺はスマホを手に取ると

「沙理奈さん予約お願いします、これから行きます」

待機中のさりーに予約を入れ、例によって
コンビニに立ち寄るといつものレモンティー片手に大慌てでお店へと向かった

いわゆる“サプライズ”というやつを敢行するために…
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