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第5章 繋ぐ日々

【三釁三浴】

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俺が顔を近づけると

「んーっ!」

さりーはそれに合わせるように笑顔で唇を重ね

「もう!びっくりしたって!」

「よね?何の前触れもなく登場したから」

「ほんと!それ!まさかのサプライズ」

こんな楽しいサプライズならさりーもきっと
喜んでくれるだろう…

「ん…今日のは…なぁに?」

「多分…グレープ」

恒例の飴プレイを済ませ見つめ合う二人

「ふふっ、おいしぃ」

そしてどちらからとなく再び唇を重ねる。

サプライズ成功、思惑が当たって俺は正にご満悦だった。

しかしさりーはそんな俺に向かって

「ねえ、早く…脱がせてって」

「あ、はいはい、わかったわかった」

 さりーと向かい合わせに抱き合うとそのまま
背中に指を滑らせてファスナーを下ろす

「あー!スッキリしたー」

「え?う○こ出てないのに?」

「もう、服がキツくてね」

いつもの黒い下着を自ら外そうとするさりーに
俺は手を回してホックを外した。

「ありがと!さ、シャワー行こ」

いつものルーティンで俺たちは
申し合わせたようにシャワー室へと向かった。

どこで“あの話”を切り出そうか?

そんな思いを知らないさりーはいつもの笑顔で
シャワーの温度を調節していた。

 前回会いに行ってからもう3週間近く過ぎていたが
何故か前ほど久しぶり感がなかった、

やはりトークでのやり取りの効果は絶大だった。

その内容は訪問時の感想やプレイの話題などではなく

例の呼び名の由来となったCMや
当時開催されていた野球の世界大会の話

絵文字がNGワードとなって送信できなかったこと
これまでよく話題になった俺の楽曲制作、

それに加えて家事の話題や互いの家族についてなど
以前に比べるとその内容についても大きな変化があった。

 そう、それはまるで旧知の友人同士がする
日常的やり取りのようで
プレイのリクエストや質問などすることもない、

もはやこの時点で
規約の概念を超えたやり取りと言えるだろう。

さりー自身もまたこのように語っていた

ーこんなやり取り、他の人とは全くしてないよ
予約の確認とかプレイの質問とか…

「この前なんて“母乳出ますか?”って聞かれたんだから!」

「出なかったよね…うん、出ない出ない」

「出ないもん!知ってるでしょ?」

そんな会話で爆笑したこともある。


 更には次回会った時の楽しみのために
あらかじめクイズや罰ゲームを考えるなど

この“トーク”と言うチャット的機能を
お店でのプレイや事前予約の手段ではなく

仲良しコンビの交流の場として活用していた。

やはりこのような長文のやり取りで
日常会話や趣味の話題で盛り上がることは
他の客とはほぼ皆無なのは真実なようで

そのほとんどが事前の連絡事項や
相互フォロー後の挨拶程度らしい。

まあ、それはそうだろう
このお店に来る客人の中で楽曲制作や小説執筆、
そんなことをしている者などいないだろうし

この年齢でアニメやロックに精通している、
そんな多趣味の人間はそうはいないはずだ。

その大半は気持ち良くなることを前提に
お店に来ているわけだから…

しかもお互い文章でのやり取りが好き、

きっとこのトーク機能は
俺とさりーのためにあるのだろう、
そんな優越感に浸っても不思議ではなかった。

 そしてこんな日々のやり取りの中で
俺は何度もさりーの言葉に助けられていた

制作と向き合っていると壁にぶち当たったり
苦悩や葛藤にさらされる機会も多い

そんな時、さりーから
エールとも取れる言葉を受け取ると
そのしんどさがスッと痛みが引くように消えてゆく、

さりーは度々、無意識に
俺の琴線に触れる言葉をそっと投げ掛けてくれた。

俺はそのことについて正直に告白して
感謝の意を何度も述べたし

また、さりーも俺からのその言葉を
好意的に受け止めてくれた。

ー私の存在がモチベーションを上げる原動力なんて
ほんと!嬉しすぎる、と。

いつしか二人は
このトークに文字制限があることに気づくほどに
長文の会話を毎日のように続けていた。

そんな会えない日々を繋いでくれたトークは
客と店員の枠を少しずつ取り払いながら

大げさではなく一人の友人としての関係性を
築くに値するアイテムと化している。

想いを繋ぐ日々を過ごしながら
半月ぶりに叶ったサプライズでの再会…

正直、ふたりとも会えない時間を過熱気味に過ごしてきた
盛り上がらないはずがない。

 既にシャワータイムから二人は
その熱気でこもるほどに会話も熱を帯びていた。

やはり俺たちはプレイのみならず
トークも欠かせないオプションのひとつであり

入念に身体を洗うさりーの指遣いに
心地よさを覚えながらも

会話が途切れることは一瞬として無かった

それはまるで“この時間この場所”で綴られる
二人だけの小さな思い出たちを

物語として紡ぎ合っているようでもあった。
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