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第9章 運命の糸

【新曲披露】

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 もう共に過ごせる残された時間が
終わりに近づいてることは気付いていた

なので少し焦る気持ちを抑えながら
俺はスマホを取り出してさりーに聴かせる
自作曲のデモ音源を取り出した。

とは言え…まだ試作段階であるため
音的にも仮歌もかなり拙い内容だ

このクオリティでさりーに聴かせると
ガッカリされるのでは?そんな不安がよぎり

「あ、そうだ、まずは歌詞から見る?」

「うん!見せて見せて!」

ほぼ完成している
歌詞の方から見てもらうことにした。

 しかしここで無情にも
シャワー前、残り5分のタイマーが鳴り響く。

ここからは大急ぎで帰り支度をしなければ…

さりーは歌詞を見ながら曲を聴くことになった

「実はね…2曲あるんだよ!」

「え…2曲って前にトークで書いてた…」

俺はあるタイミングで2曲作ることを決意し
その理由をトークでさりーに尋ねてみると

―う~ん…私には全くわからない

― そう!実はね、1曲目を作り始めた時
そっちは俺目線の曲で

もう1曲をさりー目線のアンサーソングにしたら
面白いかな…って思ってね

「えー!凄いー!それで2曲同時にってこと?」


 そのヒントをくれたのは実はさりー本人だった
俺が曲作りに専念するため
しばらく会いに行けないことを伝えた時

「そうなんだ…それじゃ大作が作れるね」

その言葉がきっかけでこの2曲同時制作
アンサーソングを作ることを思い付いた。

「じゃあ流すから…歌詞を見ながら聴いて」

「うん…」

俺のスマホを手にするさりー
こんな日が来るとは…

"俺のモノ"ならいつも会う度に握ってくれるが
俺のスマホを手に持ってそれを見てもらえるなんて

むしろ俺自身を触られることより
俺のスマホを手にしてくれている

そのことの方が2人の距離がより縮まった
そう思わせてくれる…

"俺たちはもう本当の友達なんだ"

そんな勘違いすらしてしまうほどに。

 スマホから流れる俺の曲を聴きながら
真剣な表情で歌詞に目を通すさりー

俺はその様子を何とも言えない温かな感情で見守る

すると歌詞を見ながらさりーは一言

「ほんと…そうよね」

「え…どれのこと?」

さりーが指差した先の歌詞を確認する。

“今会えないことよりも
 いつか会えなくなる日のことが”

これは俺の目線から書いたタイトルもそのまま
「Sally」と言う曲の一節だった。

「うわぁ!すごくいいよ!完成が楽しみ!」

「ほんとに?まだ制作途中だからかなりショボいんだけどね」

「これが出来あがってこうなったのかぁて感じれるのもいいよね」

 最大級の賛辞だった
これまで制作過程の曲を誰かにきかせたことなど
我が家で同様に曲作りをしている
息子以外にはいなかったし

ましてや歌詞のテーマになっている本人に
曲を聴いてもらう機会など一度もなかった。

しかし時間は無情にも過ぎてゆく
続けて2曲目も大急ぎで聴いてもらう。

「これはね…さりーがこう思ってくれてたら嬉しいなって言う俺の妄想から生まれた曲」

「ふふっ、そうなんだ」

「歌詞もね、さりーが言ってくれた言葉を使ったりしてるんだよ」

「え!そうなの?何かうれしいよ」

こちらはタイトルもズバリ「女」と言う曲で
俺と“出会ってしまった”ことで生まれた感情

これがさりーの本心なら嬉しい
そんなことを考えながら書いた歌詞だった。

曲調はバラードっぽく女性目線ならではの
繊細な曲調をイメージして作っている。


ここでもさりーは前の曲同様に

「ほんと!そうだよね…」

そう口にした。

さりーが俺を見ながら示したその歌詞

"未来のことを不安に思うより 今は一緒にいて"

正に言い得て妙、と自画自賛した部分だった。

しっかりとそのポイントを指摘してくれるさりーに
俺は尊敬の眼差しを送った

きっと本人は気付いてなかっただろうが。

―わかってくれてる、俺が伝えたい本分を

 もしかしてさりーも口には出さなくとも
同じことを考えていて

それを俺の書いた歌詞を見ることで
再認識したのでは?

そんな思いで胸がいっぱいになった。

「声が…いいよね…何か聴いてて落ち着くって言うか」

「いやいやいや、そんなことないよ」

正直、自作曲のウィークポイントは
ボーカルだと思っていた

もっと声が良くて歌の上手い人に歌ってもらいたい

そんなことを考えるくらいに。

想定外の褒め言葉に俺は逃げ出したくなるくらい
照れを隠せなかった。

そして全裸のまま2人寄り添って
スマホから流れる曲を真剣な表情で聴くその姿は

周りから見れば
あまりにもシュールだったことだろう。
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