上 下
68 / 68
第10章 そしてふたりは…

【交友交情】

しおりを挟む
 俺は1ヶ月ぶりの再会、正に運命の日を
2週間後に控え準備にぬかりがない。

“風俗嬢と常連客”と言うその儚くも脆い絆

そこには愛情はおろか友情すら存在しないし
生まれることはない…

ちょっとくらい親しくなったからって
何を調子に乗っているんだ?

所詮ビジネスなんだよ、金を落として欲しいから
上手いこと言って取り入ろうとしてるだけだよ…

どこかでそんな嘲笑が聞こえようとかまわない

“私たちは親友だから”

いつかのお礼日記に書かれていた文面をふと思い出し

“親友”

俺はさりーのその言葉を決してビジネスなどではなく
偽らざる本心だと信じている

それを証明するのが次回5月29日の使命のひとつだ。

プレイ以上に沢山の企画を考えているし
“カラダの関係”抜きでも俺たちは
楽しく意味のある時間を過ごすことが出来る、

そのことを証明するために。

 そして5月も半ばを過ぎた17日の朝
俺は夜勤から帰って一息つくと近くの100均へ出掛けた。

そして車に乗り込みふとサイトを開いた瞬間
言葉を失った

え…これって

前回のナースコスよりも更に元カノ感の増した画像
そこには白衣に身を包んださりーの姿があった

29日にもさりーには
ナースのコスプレをお願いしていた

本来、有料オプションのコスプレも
さりーは全く意に介さずサービスしてくれる

基本プレイ以外の有料オプションですら
そのいくつかを、さりーは

“光々なら何でもしちゃう…”

そう言って何の躊躇もなく攻めてくれていた。

 いや、今はそんな話をしている場合ではない
さりーのコスプレはもはや元カノが
タイムリープして来たレベルの極似だった…

もはやこれは神のお告げのようにすら感じる。

俺が立ち寄っている100均からお店までは
ほんの数分の距離

“会いに行くか?”

ふとそんな思いがよぎって駐車した車の中で
さりーのプロフィールを開くと

トークの通知欄に①の表示、
いつものさりーからの返信だった。

 制作中の曲のテンポがズレていて修正したことや
再会の日に話す予定にしている
この歳で叶いそうな夢の話のこと

恒例のアニメトークに加え

数日前に怪我をした足のこと
そしてこの日夜勤明けの朝食に準備した
豚の角煮の出し汁で火傷をしたこと

そんな話題についての返信を読んでいると

“タイムリミットなのでごめんね”

そんな文末に俺は動揺を隠せなかった。
と、言うことはひと足先に来客があったのか?

 お店の目の前のコンビニに駐車したら
すぐ予約の電話を入れるつもりだった…

やられた…!

ナースコスのさりー1番乗りを
みすみす逃してしまった俺は即座に連絡を入れた。

「1番早い時間だと…」

「11時なら大丈夫ですよ」

「では11時でお願いします」

今日は早めの夜勤なのでのんびりは出来ない
断腸の思いで1番短いコースを選択した。

 約30分ほどあれこれ想いを馳せながら車を走らせる
初めて会ってからもうすぐ4ヶ月、

あの日何の心の準備もなく来店した
俺の目の前に立っていた猫目で長身の風俗嬢さりー

そのビジュアルと人柄に魅かれ
今や月に数回の逢瀬を重ねている。

そして彼女は続編を構想していた小説のモデルとなり
更に出会ってからの日々を描いた“実録小説”も書き始め

遂には彼女との出会いを歌う曲まで作り始めた。

そして毎日のように繰り広げられるトークでのやり取り

小説のネタ探しのために来店したはずなのに
その登場人物のモデルとして“選んだ”だけなのに

さりーと出会ったことで何かが変わった
この心情をどう説明すればよいのだろう?

 いつまでも未来永劫続く関係ではない
ましてや男と女、ビジネスとは言え裸の付き合い

“彼女”、“愛人”、どの言葉もふさわしく思えない

だから俺はさりーのことをこう呼ぶ、
“期間限定フレンズ”と。

いつかは来るであろう別離の日

その日に照準を合わせて関わり合うには
あまりにも先の長い話だが

その時笑顔でさよならを言えるかどうか
恐らくそれが"友か客か"の境界線だ

 退職を残念に思うか、心から祝ってあげられるか?
何度も会いに行っている俺が言うと
説得力に欠けると笑われそうだが

俺は1日でも早くさりーが
“何事もなかった頃の日常”を取り戻して
再び家族と平穏に過ごせることを心から願う。

そう、俺が通う「Dream Fantasy」は人妻専門店
その名の通りさりーもまた母であり妻である

いかなる理由があってここで働くのかは
まだ聞けていないが

さりーの人柄、接し方、プレイから察するに
ただただ己の欲求を満たすために、とは思えない。

少しずつ、少しずつ
難解に結ばれた紐の結び目をほどくように
時間をかけてわかり合えればいい。

スッキリしたい、気持ちよくなりたい
そんな一般的な客としての
概念から少し外れているのは承知の上だ

レイナの時のような“心のやり取り”が
出来ていることに奢ることなく

そしてある日突然姿を消したレイナのように

"何も言わずにいなくなったりしないから…"

そう約束してくれたさりーとの物語は
まだほんの序章に過ぎないことを感じつつ

俺は再びお店の前にあるコンビニに立ち寄った

― また喜んでくれるかな?

 こんなささやかな差し入れしか出来ないが
いつも笑顔で迎えてくれるさりー

テンションが上がると幼い子供のように
大はしゃぎしてしまう俺を見て

“かわいくて母性本能くすぐられる”

そう言って笑うさりー

そんな物語の1コマ1コマを丹念に紡いでいく
それが俺にだけ出来るさりーへの恩返し。

ふと書きかけの歌詞を思い出した…


~子供みたいにはしゃぐとこ
同じ飲み物ばっか買ってくるとこ
キライじゃないよ…


俺が渡した差し入れのドリンクたち
空のペットボトルを見る度に

俺のこと思い出してくれたりするんだろうか?
思い出してくれたら…いいな

「そうだ!今日は別のにしよう」

いつもレモンティーばかり選んでいた俺が
今日手に取ったのはピーチティー

時間を確認すると10時50分、
そろそろ向かおうか、“友”のもとへと。

ふたりはこれから何処へ向かっていくのだろう…
およそ神様ですら予測できない未来

それは俺たちが確かめる以外、他に術はないだろう。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...